13話「風よ、道を拓け」
森を焼き、地を薙ぎ払う猛攻。
いつ終わるとも知れず、巨影の攻撃は続く。
大型ギガスの砲撃の隙間を縫うように、氷の弾丸が舞い飛んだ。
レイディルは、できるだけ的にならぬよう土煙を上げ、煙幕の代わりにしたが、効果は薄い。
今の彼に、砲弾の弾切れを待つ余裕はない。
過剰な攻撃を避け続けなければならないという心理的圧迫が、じわじわと体力を奪っていく。
氷の魔術を飛んでかわすヴァルストルム。その着地を狙い、大型ギガスの拳が迫った。
ヴァルストルムは腰を落とし、前傾姿勢で間一髪、拳の下側をすり抜けた。
肩に担いだ剣を支点に、突き上げるようにギガスの拳を受け流し、その勢いを刃に乗せたまま親指を切り裂く。
(どうだ!?)
手応えあり。
レイディルは、大型ギガスの親指を見事に切り落とした。
だが、所詮は末端。
岩の化け物はすぐさま再生し、再び攻撃に転じるだろう。
そう考えたのも束の間、わずかな隙も逃さぬよう、凍結魔術が飛来する。
キィィィン──。
かん高い、凍りつくような音が空気を裂いた。
直後、氷塊がせり出す。
間一髪。
ヴァルストルムは飛び退く暇すら与えられなかった。
だがレイディルは迷わず、足元に転がっていた大型ギガスの指を剣で貫き、凍結の魔術を受け止める即席の『盾』にした。
斬り落とされた巨指が軋みを上げ、氷の奔流を正面から受け止めたのだった。
(むう……今の攻撃すら防がれるか。
だが、もはや猶予はない!)
ロデリックの胸に焦りが滲み始めていた。
ヴァルストルムが、単独でこの戦場に姿を現した今こそが好機なのだ。
(ヤツひとりに戦力を集中できる……味方との連携も、最大数で取れる状況だ。
時間をかければ、アルバンシア軍がこの要塞に辿り着く……それは避けねばならん!)
だが、ヴァルストルムの機動力は異常だった。
怒涛の砲撃も魔術の嵐も躱し凌いでくる。
このままでは、アルバンシア軍とヴァルストルムを同時に相手取る羽目になる。
ロデリックは遠隔で魔力をギガスへと魔力を送り込んだ。
遠く離れた地面が脈打ち、岩の破片が宙を舞う。
それらは導かれるように集まり、失われた指を再び形作っていく。
そしてヴァルストルムを狙って、巨影がふたたび構えを取った。
その様子を前に、レイディルは小さくつぶやいた。
「……やっぱり、修復不能になるまで壊さなきゃダメか」
だが、この巨体をそこまで破壊するのは容易ではない。
頼れるのは、腰に装備された『光の大砲』……あれしかない。
レイディルはすぐさま飛び退き、腰に手を伸ばした。
だが、その手が止まる。
ヴァルストルムは敵の要塞の目前にいる。
撃てば、背後の要塞ごと巻き込む。
……わかっている。
だが、それでも。
操縦桿を握る指がわずかに震えた。
その一瞬の迷いが、隙となる。
大型ギガスと凍結魔術が再び一斉に襲いかかってきた。
(……っ!)
レイディルは自分の甘さに奥歯を噛み締めた。
一時は止んだ砲撃音が、再び森に木霊する。
機動馬車の上部で風にさらされながら、ジルベルトは顔をしかめた。
「まずいわねぇ、こりゃ……」
「ジルベルトさん、音だけでわかるんですか?」
隣にいたアリーシアスが、目をわずかに見開いてジルベルトを見た。
「博士の話とディル坊の性格を合わせて考えればね~。
──音が一度止んだのは、隙は作れたけど……『何か』を気にして、光の大砲を撃てなかったってとこでしょ」
「……なるほど」
ジルベルトとレイディルは古い馴染みらしい、性格もよく知っているのだろう。
納得と同時にアリーシアスは懸念を口にする。
「……もしかしたら、魔術師を止めても光の大砲なしじゃ大型ギガスは倒せないかもしれません……その時は──」
神妙な面持ちを見せた少女に、ジルベルトはニッと笑ってみせた。
「その時はあたしが、最大最強の魔術でドッカ~ンとやってあげるわよ」
冗談か本気かわからなかったが、その言葉にアリーシアスはふふっと微笑む。
ちょうどその時、下の御者席から大声が響いた。
枝の音と風の唸りにかき消されぬよう、マリーが喉を振り絞って叫んでいる。
「ちょっと急ぐわよ! かなり揺れるけど、振り落とされないでね!」
戦場の異変に、マリーも気づいたのだろう。
「すっ飛んでいくくらいの勢いでお願いします!!」
アリーシアスの返答が終わるか終わらないか、その瞬間にはもう、機動馬車はグンと加速していた。
地面を削り、木々をなぎ倒しながら疾走する機動馬車。
最早、道など気にしていられない──そんな荒々しさだった。
機動馬車の上で風にさらされる二人は、飛び交う破片と迫りくる枝を必死に避けながら、しがみつくしかない。
「す、すっ飛ばすくらいの勢いとは言いましたけど、これは……」
アリーシアスは、思わず顔をしかめた。
機動馬車が爆走していると、木々のわずかな隙間に人影が見えてくる。
──魔術師だろうか?
アリーシアスはそう思った。
否、中型ギガスである。
その影を視認した瞬間、マリーは機動馬車の進路を横道にずらした。
だが、その道は今通ってきた道よりもさらに険しく、木々や茂みが生い茂る獣道だ。
「──風よ、我が前を開け──ウィンド・クレスト!」
機動馬車が進路を変えた瞬間には、すでにジルベルトが風の魔術を発動していた。
前方に放たれた竜巻が直進し、木々を蹴散らし、進路を切り拓く。
ちなみに、《風陣ウィンド・クレスト》の正式なコマンドワーズは以下の通りである。
《風よ、駆け抜けろ
大気に宿る力となりて
止まるものを押し流せ
葉を散らす如く軽やかに
嵐を呼ぶには及ばずとも
ただ一陣の力となり
疾風、我が前を開け》
本来はこの七行をすべて唱えることで術の真価が発揮されるが、ジルベルトは即時発動のために言葉を大幅に省略していた。
実行言語を短縮すれば当然威力は落ちる。
だが、強い魔力を持ち精密な術操作を行える者が使えば、それでも十分すぎるほどの効果を発揮する。
(三級魔術とはいえ、実行言語を短縮してこの威力……)
アリーシアスは、ジルベルトの放った『短縮して、なおほぼ減衰していない』魔術に、密かに驚愕し、感嘆した。
中型ギガスが爆走する機動馬車に反応し、こちらに向き直す時にはもう遅かった。
機動馬車は勢いそのままに横をすり抜け、ギガスの拳は空を切った。
しばらく進んだ先、森の合間に紛れるように数名の帝国魔術師が姿を現した。
いずれも魔力の流れを集中させ、魔術を放つ準備に入っている。
ジルベルトが即座に魔力を練り、火炎の球を六発。
アリーシアスは手を伸ばすと、拳大の氷の塊を編み出した。
二人の魔術がほぼ同時に放たれ、咄嗟に防御もできなかった敵を正確に撃ち抜いた。
魔術師たちはその場に崩れ落ちる。
だが、まだ終わりではない。
森の奥には、なお複数の魔術師が控えていた。
その残党を撃破すべく、機動馬車は左へと急カーブを切った。
だが速度が乗りすぎていた。遠心力に煽られ、車体が大きく傾ぎ、外側の車輪が宙を浮く。
すかさずアリーシアスが体の向きを横に変え、機動馬車の側面の空間に魔術による爆発を起こした。
爆発の衝撃で機動馬車は大きな音を立てながら体勢を立て直す。
ジルベルトが次々と火炎弾を展開し、目前に現れる敵を的確に撃ち抜いていく。
ようやく混乱から立ち直った帝国兵たちが慌てて魔術で反撃に転じるも、機動馬車はその刹那の隙を突き、突撃するような勢いで森を駆け抜けていく。
途中、中型や小型のギガスが点在していたが、マリーは馬車を大きく揺らしながら、それらの間をなんとかすり抜けていった。
ジルベルトの手が回らない敵はアリーシアスが撃ち、マリーが躱しきれない小型ギガスはジルベルトが撃破し、対処に時間がかかる中型ギガスはマリーが誰よりも早く気付き躱す。
機動馬車は森を駆け抜け、バランスを崩しかけるたびに、屋根の二人のどちらかが体勢を立て直しながら、魔術師たちを正確に撃ち倒していった。
「あはは、即席とはいえなんだかいい連携ね~ あたし達」
ジルベルトは爽快とばかりに笑った。
魔術師の様子がおかしいことに、監視塔にいたロデリックはすぐ気付いた。
「くっ……いずれ対策は取られると思っていたが、予想より早いな……」
森の影から、時折姿を覗かせる鉄の塊──馬車とは名ばかりの、鉄製の駆動車両が疾走していく。
「アルバンシアには天才発明家がいると聞いたが、あれがその発明か……あの速度、厄介だな」
数瞬の沈黙の後、彼は撤退の信号弾を打ち上げた。
「機械の巨人はまだ健在……魔術師の支援が得られぬのは痛いが、無駄に蹴散らされるのを眺めているわけにもいかん」
おそらく、あの鉄の馬車には只者ではない手練が乗っているのだろう。配置した護衛のギガスも、まるで役に立っていない。
そのとき、部下の一人が報告を寄せた。
「偵察の報告によれば、西と東、両側からさらにアルバンシア軍が接近中です」
「潮時か……」
ロデリックは苦虫を噛み潰したような顔で、低く命じた。
口惜しいことだが──ヴァルストルムとアルバンシア軍、両方を相手取るのは不可能だった。
「全軍撤退だ。要塞は放棄する……」
「し、しかし──」
部下の躊躇いに、ロデリックはきっぱりと応じた。
「安心しろ。殿は私が務める」
「いえ、私が心配しているのは元帥の身です……」
部下の懸念に、ロデリックはあっさりと笑って答える。
「私にはトルザがいる。囲まれても、退却くらいはなんとかなるさ」
トルザとは、ロデリックが連れているヒポグリフの名である。
もはや野生ではほとんど見られなくなった希少な魔獣だが、ロデリックとは幼少期からの付き合いだった。
高空こそ飛べないが、並外れた体力を持ち、帝都から帝国港、そして占領したエルバルト港から前線までを、わずかな日数で往復してのける。
だがさすがに酷使しすぎた。いまは羽を休めている──次なる飛翔のために。
「わかったら急げ! 直ぐにアルバンシア軍は来るぞ!!」
元帥の言葉を受け、部下は早々に退却準備をはじめた。
ロデリックの眼下には鋼鉄の巨人。
もはや打倒は叶わないだろう。
「フン……ならばせめて一矢報いてやろう……」
ロデリックの眼下には鋼鉄の巨人。
もはや打倒は叶わないだろう。
「フン……ならばせめて一矢報いてやろう……」
元帥と呼ばれた身として、意地を通す覚悟を決めた。
部下への命令に意識を割いた分、操作が鈍ったギガスに、再び力を込める。
森からの厄介な魔術が止み、目の前の大型ギガスの動きが僅かながら鈍る。
(……誰かが魔術師たちを蹴散らしてくれたのか?)
レイディルは考えようとしたが、
今は目の前のギガスを倒すことが最優先だ。
魔術が飛んでこないだけでも幾分か楽にはなるが、それでも大型ギガスの火力は依然として健在である。
そのとき、大型ギガスの全身が赤く染まり、光が波のように走った。
攻撃の前触れか、あるいは──暴走か。
レイディルの背筋を、冷たいものが這い上がった。




