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第十四話「灼動の巨影」

 砲火は止み、岩の巨躯が停止する。

 その体は徐々に赤く輝き、まるで灼熱の如く全身を染め上げた。


 その異常さにレイディルは暫し、様子見をしていた。



 大型ギガスの各所に融合していた小型ギガスが崩れ落ちていく。



「部下の退避が進んだか……自律式と言えど、そろそろ距離的に限界が来る頃だな……」


 岩石でできた小型ギガスが少しずつ砕け、土煙と共に轟音を上げて崩れ落ちるのを、ロデリックは鋭く見つめ、低く唸った。



「ならば後は──」


 途端、大型ギガスの腕が猛然とした勢いで繰り出された。


 その速度は今まで振るわれていた拳よりも圧倒的に速い。

 レイディルは咄嗟に剣の腹を盾にし、拳を防ぐ。



 だが、ふんばりが効かず、ヴァルストルムは木々をなぎ倒しながら吹き飛んだ。




「ぐっ……この力……何だ!?」


 レイディルは操縦席を揺さぶられ、苦悶の声を漏らす。



 体制を崩したヴァルストルムの隙を逃さず、大型ギガスは構えをとる。


 大型ギガスの胸部装甲が左右に開き、内蔵された大砲がせり上がる。

 その口径は一メートル。大質量の金属弾を、爆薬の力で放つ物理の暴力だった。



 重低音を響かせながら、砲身がヴァルストルムへと向けられる。



「……!」


 轟音と共に砲弾が吐き出された。


 ヴァルストルムは体勢を崩したまま、回避の余裕すらない。



 放たれた砲弾は、まるで猛獣の咆哮のように森を震わせ、容赦なく焼き尽くした。

 木々は炎に飲み込まれ、幹は黒焦げとなって崩れ落ちる。


 灰が風に舞った。



 地面は熱波に炙られ、ひび割れた土から細い煙が漂い、焦げた匂いが辺りを包む。


 衝撃は大地を抉り、幅数十メートルのクレーターを残酷に刻み込んだ。


 戦場は赤黒く変色し、荒れ果てた姿に静寂が広がる。クレーターの縁には、溶けた土がガラス質に輝き、破壊の爪痕を冷たく物語っていた。




 離れた位置にいたジルベルトは咄嗟に魔力盾を展開し、後に続きアリーシアスが更に魔力盾を展開する。


 二重の防御壁(ウォール)を形成。衝撃と熱波を辛うじて防ぎ切った。



 轟音が森を覆っていく。


 砲撃を終えたギガスはまるで爆炎を見つめるように佇んだ。



 遠く離れていたにもかかわらず、恐ろしい程の衝撃にさすがのアリーシアスも眉を寄せ、心配の表情を浮かべる。




「あの衝撃……大丈夫でしょうか……」



 アリーシアスがぽつりと呟いた瞬間、土煙を突き破りヴァルストルムが真上に飛び出した。



 鋭い剣閃が大型ギガスの岩の腕を切りつけ、

ギギギと鈍い響きが戦場にこだまする。


 しかし、剣は両断できず、岩の表面に浅い傷を刻んだだけだった。



「くっ! 効かないか……!!」


 レイディルは独りごちる。


 手元の即席の剣は、岩石のギガスを何度も切り裂いた末に刃こぼれが目立ち、軋むような音を立てている。


 おそらくあと数撃しか持たないだろう。



 機関砲では決定打にならない。

 ギガスを倒し切る前に弾が尽きるだろう。

 ならば温存すべきだ。



 残る手は──







 切り札の1メートルカノン砲を浴びせたはずのヴァルストルムは、健在であった。


 冷静に見るとヴァルストルムの装甲に傷も焦げあともない。



「間一髪躱されたか……」


 出力を上げた拳も決定打にはなっていない。


 機動力も防御力も規格外。

 ヴァルストルムはロデリックの想像を遥かに超えていた。



「化け物が……どこまで食い下がるつもりだ……!」


 ロデリックは苦虫を噛み潰したように呟く。


「だがまだだ……最大出力で叩き潰す……!」



 ロデリックはギガスマグヌス・イグニスの出力を更に上げた。


 ギガスはその巨体を更に赤く、(イグニス)の如く真紅に染め上げる。



 巨影が少しずつ崩壊をはじめる。

その巨躯を動かす魔力に岩の耐久力が持たないのだ。


 ひび割れが広がり、破片が土煙と共に大地に落ちる。


 本来なら、素材の岩が耐えきれず崩れるような無茶な出力──だがヴァルストルムに対抗する為には限界を絞り出すしかないのだ。






 レイディルは静かに唇を引き結んだまま、赤黒く染まる戦場を見つめていた。


(あのカノン砲……隙も反動もデカい。そう連発できるもんじゃないはずだ。

とはいえ──あの威力は脅威だな……)



 喰らえば、ヴァルストルムといえど無事では済まないだろう。



 そして、赤く染まった大型ギガス。

その出力は、明らかにケタ違いに上がっていた。



(アリーシアスがいれば、『魔力がどう作用しているか』なんて、きっと理路整然と説明してくれるんだろうな……)


 場違いな考えが一瞬、頭をよぎる。


 だがレイディルは、あえてそんな『余計なこと』に意識を向けた。

 張りつめた思考に、ほんの少しの余裕を持たせるために。



「やはり──解析魔術(アナライズ)を使うしかないか」


 見れば、全身の各所にある砲台は、沈黙しているようだった。

 ならば、今なら解析魔術を行う余裕が、ギリギリあるかもしれない。



 狙うは核。


 以前ギガスが創成されるところを見た。

 あの魔力球こそが恐らくはギガスの制御核──

すなわち、弱点。



「それを探し当てて潰しさえすれば──」


 手ににじむ汗を感じながら、レイディルは操縦桿を握り直した。




 大型ギガスが、その巨体に似合わぬ速度で突撃してくる。

 その勢いは、かつて戦ったアーヴィングのギガスを彷彿とさせた。



 ヴァルストルムは横に跳び、突き出された足をかろうじて躱す。



「……ぐっ!」


 凄まじい慣性に、レイディルは思わず苦悶の声を漏らす。



 足が蹴り上げられ、続けて拳が襲いかかる。四肢の連撃が止まらない。

 一撃でももらえば、吹き飛ばされ、致命的な隙を生むだろう。



「そうなったら……今度こそ、餌食だ……な!」


 怒涛の攻撃を紙一重でかわし、ヴァルストルムの加速に押し潰されそうになりながらも、レイディルは解析魔術(アナライズ)を行使した。


 脳が余計な情報でパンクしないよう、冷静に、そして必要な情報だけを素早く抽出する。




 だが、しかし……



 解析魔術(アナライズ)の魔力は、大型ギガスの全身を巡る凄まじい魔力の奔流によってかき消されてしまった。






 ヴァルストルムと大型ギガスが激しい戦闘を繰り広げるさなか、遠く離れて見守っていたジルベルトは眉をひそめた。


 ギガスの巨躯に流れる魔力は、もはや制御されたものではなく、まるで暴走する炎のように脈動している。



「んんー……こりゃまずいわねぇ……

限界超えてんじゃん……」


 つまり──


「臨界ですか!?」


 アリーシアスが叫んだ。



 彼女の声は、戦場の轟音にかき消されそうになりながらも、ジルベルトとマリーに届いた。


 アリーシアスが目を大きく見開き、続ける。



「まさか、あの出力が限界を超えると……」


「そう! 森ごと、ドッカーンと吹き飛ぶ規模の爆発が起きるわ!」



 こちらに向かっているアルバンシア軍全てを巻き込むことにもなる。


 ジルベルトは、咥えていた飴を噛み砕く。



「あのギガス作ったヤツ、おそらく承知の上でギガスをブン回してるわねぇ。

捨て身の覚悟ってやつかしら……」


 アリーシアスは一瞬息を呑んだが、すぐに冷静さを取り戻した。


 彼女は戦場の情報を高速で整理し、次の行動を導き出す。



「マリーさん機動馬車をヴァルストルムに近づけてください! レイディルにこのことを伝えなきゃ!」



「今はかなり激しい戦いよ。

巻き込まれない保証はないわ」


 マリーの声が御者席から響く。



 機動馬車は巻き添えを喰らわないギリギリの位置にいた。

 これ以上は危険だ。



「お願いします! できる限りで良いので!」


「うーん、どちらにしろアレを何とかできるのはヴァルストルムだけだし……やるしかないみたいね」



 マリーは気を引き締め直し、手網を強く握る。


 車体が軋み、地面を削る音が戦場に木霊する。

機動馬車は荒れ果てた大地を進んだ。



「いざとなったら、防御お願いね!」


 マリーの操縦は荒々しく跳ねた石の破片が車体を叩き、アリーシアスとジルベルトは必死に手すりにしがみつく。



「シアちゃん!前から岩!」


 ヴァルストルムと大型ギガスの戦闘の余波で生み出され、飛来する岩を確認したマリーが叫ぶ。

 その声に答えるかのようにアリーシアスは即座に氷の魔術を編み出す。


 拳大の氷塊が岩を正確に撃ち抜き、はじき飛ばした。



「ナイス、お嬢様!」


 ジルベルトがそう言いつつ、巨岩が轟音と共に多数飛来するのを涼しい顔で迎え撃つ。

 火炎弾の連射が炸裂し、炎に飲み込まれた複数の大岩は一瞬で粉砕した。


 彼女たちの連携は、戦場の混乱を切り裂く鋭さを持っていた。






 一方、レイディルはヴァルストルムの操縦席で息を整えていた。


 大型ギガスの猛攻は止まない。


 赤く輝く巨躯は、異常な速度で襲いかかってくる。


 剣はすでに限界に近く、機関砲では決定打にならない。

 解析魔術(アナライズ)もギガスの魔力奔流に阻まれ、核の位置を特定できない。



 しかし、ギガスも徐々にではあるが、その身体は崩壊へと向かっている。



(無茶な運用で限界か? だとしたらこのまま耐えていれば──)


 レイディルは自分が力尽きるのが先か、大型ギガスが崩れるのが先かの持久戦に望む覚悟をしようとした。




 そのとき、レイディルの耳に聞き慣れた駆動音が届いた。


 遠方から土煙を割って現れた機動馬車が、クレーターを越え、戦場の余波すら届きかねない向こう側へと滑り込んでくる。



 ヴァルストルムの操縦席内部の壁面に映し出された外の様子が機動馬車の映像部分を拡大し、レイディルに伝える。


 機動馬車の出現にレイディルは一瞬目を疑ったが、馬車に搭乗する三人を確認し、彼女達が魔術師を倒してくれたのだと理解した。



「ここが最も近づける限界! でも安全とは言い難いわ!」


 マリーが叫ぶ。

 なおも戦闘の余波で岩などが飛んできているのだ。



 機動馬車の屋根で、アリーシアスが大声で叫んだ。


「レイディル! あの大型ギガス、臨界寸前です! このままじゃこの森ごと吹き飛びます!」



 戦闘の轟音、そして距離があろうとも、ヴァルストルムの集音機能は確実に彼女達の声を拾った。



「臨界!?」


 レイディルの背筋に冷たいものが走った。



『それって……魔力の暴走か!?』


 拡声機能を通し、レイディルの声が響く。



「そう! 出力を上げる為に! 時間がないわよ!」


 ジルベルトが補足する。

 彼女の声は冷静だが、切迫感に満ちていた。




 レイディルは一瞬言葉を詰まらせた。


(地図で見た森は20km四方だったか……それが丸ごと吹き飛ぶ……!?)



 レイディルはその脅威を感じ取り、次の瞬間にはするべきことを悟った。



「あの大型ギガスの内包する魔力ごと消し飛ばずしかないか……」


 レイディルはヴァルストルムの腰に備え付けられた大砲に意識を向けた。




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