第十二話「憧れのあの人」
激しい爆撃が地を揺らす。
幾度も繰り返される攻撃によって森の一部は、ただの荒野へと変わろうとしていた。
大型ギガスの全身に備え付けられた大砲は、口径10センチほど、ギガスの体躯に比べれば小さいものだが、それが絶え間なく降り注ぐ。
さらに砲撃の合間、隙を付くように巨腕がヴァルストルムに襲い来る。
決して速くは無いが、腕にも備え付けられた大砲が砲撃をしながら迫る。
その腕に厄介さを覚えながらレイディルは、なおも躱し続けるのだった。
一度距離を取り、体勢を立て直そうと後方へ飛び抜いた瞬間。
「術砲! 撃て!」
ロデリックの号令と共に、左右背後から魔術による氷の礫が襲ってきた。
おそらくは食らっても大したダメージはないだろう、だが食らう訳にはいかない。
(おそらくあれは凍結魔術……!)
アリーシアスが以前見せたような『足止めのための魔術』とレイディルは予測した。
ヴァルストルムの足に向かう氷塊はなんとか躱したものの、肩に数発食らってしまう。
内部までは凍結しなかったが装甲表面が凍った。
その様をロデリックは目ざとく気付く。
凍結はあの機械の巨人に有効だ、と。
レイディルもまたそれに気付いた。
(凍結は不味い!)
ヴァルストルムの肩を凍てつかせた魔術を見て、ロデリックは即座に指示を飛ばす。
「いいぞ、続けろ! 凍結魔術で動きを封じろ! イグニスの砲撃は止めん、このまま圧し潰すッ!」
氷の礫が次々と飛来する。狙いはレイディルではなく、その機体の足、肩、関節部──
動きを鈍らせることに特化した、魔術の集中砲火だった。
「……クソ、しつこい……!」
レイディルはヴァルストルムの可動を保つべく、礫を躱す。
しかし、氷の弾幕全ては避けられず、胴体部や腰に被弾をし始めた。
(このままじゃ、まずいな……!)
レイディルの焦りが募る中──
「ヴァルストルム、敵要塞の正面で大型ギガスと交戦中。
大型ギガスの全身には多数の大砲あり。
さらに四方からの氷属性による凍結魔術を確認」
先行させた斥候の報告を受け取り、バーグレイ将軍は足を止め、険しい面持ちで現状を整理する。
森の中ほどまで進軍してはいるが、要塞まではなお距離がある。
深い樹々に視界を阻まれつつも、絶え間なく響く轟音が、目前に迫る戦場を告げていた。
「さすがにあの巨人と言えど要塞には手を焼いているようだな。
凍結には抗えんか……」
「動きを封じられるのは、良くありませんねえ……」
隣にいたクラウス博士がぼそりと呟いた。
バーグレイは不意に視線を向け、口を開く。
「なぜ小僧は、あの光の大砲を撃たんのだ?
以前は一撃で大型ギガスを吹き飛ばしておったぞ?」
クラウスは一瞬だけ沈黙し、目を細める。
大型ギガスは要塞前に陣取っており、撃てば間違いなく要塞をも巻き込むだろう。
だとすれば──
「……苛烈な敵の攻撃に、撃つ隙が無いのでしょう。
一撃必殺とはいえ、構えれば狙われる。今はまだ、その時ではない……そう判断しているのでは?」
その声音は平静だったが、どこか含みを帯びていた。
本当の理由は、レイディル自身の覚悟にある。
だが、それを言うべきではないと、彼は判断した。
その言葉を聞き、リオルドは眉をひそめた。
そしてバーグレイがその含みに気づいたかどうか確かめるため顔を見やる。
しかし将軍は表情一つ変えず低く言い放った。
「……過信は禁物だが、ヴァルストルムにはこのまま正面を任せる」
バーグレイが命じる。
「その間に当初の予定通り部隊を二つに分け要塞の左右から攻めるぞ。
あとは──」
バーグレイ将軍の言葉を遮りジルベルトが声を上げる。
「あとはあたしがディル坊の周りの魔術師を黙らせて来るわ。
ヴァルストルムが壊れちゃったら困るもんね」
ジルベルトの提案に対しグレオールが反論する。
「いやぁ、でもジルさんみたいな切り札を、魔術師狩りなんかに使うのは惜しいですよ?
そのくらい、ちゃんと掃討部隊組みますんで、任せてもらえません?」
ジルベルトは口元に指を当て、目を上に向けて軽く唸った。
「んー……魔術師周りを無防備にしてる訳じゃないと思うのよねぇ。
多分だけど護衛のギガスくらいはいる気がするのよ。
いちいち相手するのも、ねぇ」
ジルベルトは手を横にパタパタと振り言葉を続ける。
「と、いうわけで……」
ジルベルトは長い髪を揺らしつつ、迷いのない足取りでクラウス博士の方へ向き直った。
「あー……ヒットアンドアウェイで行こうと言うことですか」
「さっすが、物分りが早くて助かるわ~」
ジルベルトはそう言うと、軽やかな足取りで機動馬車へと駆け出した。
その背に、将軍がひと言だけ声をかける。
「好きにするのは構わんが……一応無茶はするなよ」
はたして、ジルベルトがその言葉を聞くか否か。
王国最強の魔術師は片手をぶらぶらと振り上げ、背中で答えるのみだった。
「ありゃあ、無茶するな」
様子を見ていたリオルドがケタケタと笑い、
将軍は低く唸りながら目を伏せた。
将軍たちから離れた位置で止まっている機動馬車には、今、マリーが御者席に座り手網を握っている。
怪我人がいないかと周囲をキョロキョロと見回していたマリーの視界に、元気いっぱいと言わんばかりの人物が飛び込んできた。
周りの兵士たちがにわかに騒ぎ出す。
「あら、貴女は確か……ルルさんだったかしら?」
マリーは自身の記憶を掘り起こし、目の前に現れた女性に声をかけた。
「わぁ……は、はじめて呼ばれたわ……その呼び方……」
ルルと呼ばれた事に感動し、ちょっと涙ぐむ。
「と、まぁそれは置いといて……マリーさん。
機動馬車使わせて欲しいんです」
マリーの方が若干年上な為か、ジルベルトは珍しく敬語を使った。
「私の事知ってるのかしら?
貴女と違ってそんなに有名なつもりは無いのだけれど……」
マリーは名前を呼ばれた事を不思議に思う。
「あ~一応、遊撃部隊の面々の事は聞いてるんですよ~、将軍から……」
何かを誤魔化すような言葉ではあったが、マリーは深く聞かないことにした。
「それで、この馬車でなにをするの?」
「すっっごく速いんですよね? その機械馬。
その速さでディル坊にちょ~っと助け舟出そうかと思いまして──」
マリーにもレイディルが大型ギガスと凍結魔術師に手を焼いているという情報は伝わっている。
断る理由は無いだろう。
そう考えていると馬車の扉が開き、バタバタと中から背の低い少女が現れた。
「は、はじめまして……ジルベルトさん……」
馬車から降りたアリーシアスは珍しく緊張した面持ちでジルベルトに挨拶をする。
「えっと~、ダイレル執務官のお嬢さんだっけ……
若いのに二級魔術師なんて優秀ね~。
ちょっと感心しちゃうわ」
「わ、わたしのことを存じていただいておりますこと、大変……えぇと、ありがたき光栄の至りに……あの、恐縮ですので、あの、はい……!」
頬を赤く染めながら、目がうろうろと泳いぎ、手はスカートをギュッと握りしめている。
緊張の為か自分がもはやなにを言っているかもわからない状態であった。
「そ、そんなに、緊張しなくても……」
さすがのジルベルトもこれにはタジタジである。
「ほらシアちゃん、深呼吸して……」
いつの間にか御者席から降りてきたマリーが、アリーシアスの隣に立って声をかける。
アリーシアスは深呼吸しようとするも、息を吐くのを忘れて咳き込み、
そんな彼女の背中をマリーがそっとさすった。
「なんだか、個性的で楽しそうな部隊ねぇ……」
ジルベルトがぽつりと感想をもらす。
アリーシアスが落ち着くまでは、しばらくそっとしておくことにした。
「……お恥ずかしいところを見せてしまいました」
やっと落ち着いたアリーシアスは顔を赤くし咳払いを一つ。
「しかし、無理もありません……
ジルベルト・ルルアノークといえば、我が国の全魔術師憧れの的ですから」
アリーシアスは木々の間から見える空を見上げ遠い目をした。
「かく言うわたしもジルベルトさんは目標であり、尊敬の人なのです。
……言うなればスーパースター」
(んんんー……?)
一度は落ち着いたように見えたアリーシアスの様子に、マリーは少し違和感を覚え始めた。
「魔術の才能に恵まれ、瞬く間に王国有数の魔術師へと駆け上がり、数々の実績を打ち立ててきた実力派……」
一拍置き、うっとりとした声音で続ける。
「魔力量、魔術の操作、使用魔術の多彩さ──
そのすべてが、超一流。
そして、他の追随を許さぬ圧倒的な破壊力!」
目を閉じ、陶酔したようにツラツラと語り始めた。
どうやらノッてきたようだ。
「ひとたび魔術を放てば、辺り一面が焦土と化し、生きとし生けるものは息絶える……
まさに破壊の権化……」
身振り手振りを加え、大袈裟に言う。
その様は最早、褒めているのか呪っているのか分からない様相を呈してきたことに、ジルベルトは若干引き気味になったが、少女は意にも介さず続ける。
「バランスの取れた魅惑のボディとスリットから覗くおみ足は戦場の男性の目を釘付けにする……
『王都アルディアス、ぶっちゃけ密かにエロいランキング一位』と聞き及んでおります」
「え……なにそれ……そんな事になってんの……?」
ジルベルトは思わず素の声を漏らした。
「おっと……言わなくてもいいことを、つい言ってしまいましたね」
少女はまるで自分のことかのように、自慢げにふふんと笑った。
「服、変えようかしら……」
ジルベルトのぼやきは置いておいて、マリーが声をかける。
「あのー……なるべく早くディル君助けに行った方が……」
「あっ、そうでした! 浮かれている場合じゃありませんでした!」
その言葉にアリーシアスは、ハッと目を見開き正気に戻ると、勢いよくくるりと踵を返し、そそくさと馬車に乗り込んだ。
「……なんだか置いていかれそうな気がしたので……」
少女は馬車の扉からひょいと顔をのぞかせ、そう言った。
ジルベルトは馬車を操るマリーはともかく、このお嬢様はおいていくつもりだったが……
「う~ん……まぁいっか」
ここで無理に降ろすのも時間のムダだ。
それに、二級魔術師ならば自分の身は自分で守れるだろう。
(あたしも、あのくらいの頃には無茶したもんねぇ……それもまた良しか)
懐かしげに目を細めると、ジルベルトは小さく苦笑しつつ、馬車へ乗り込んだ。
「それじゃあ気を取り直して……ディル君を助けに向かいましょ」
マリーは御者席に腰を下ろし、手綱をしっかり握った。
馬車は三人を乗せ、軽やかに走り出す。
「やっぱり博士じゃないと中々上手く行かないものね……」
マリーは独りごちながら、森の中を馬車で突き進む。
時折、避けきれず木をなぎ倒しながら。
「これじゃ森林破壊ね……」
困った顔をしつつも、速度を緩める気配はなかった。
「先程は……随分失礼なことを……」
キャビンの中では、アリーシアスが青ざめた顔で俯き、膝に置いた手をぎゅっと握りしめていた。目は落ち着きなく泳いでいる。
『自分の行いで父の顔に泥を塗ることはあってはならない』
常にそう心がけていたが、憧れの人を前にテンションが上がり、つい調子に乗ってしまったのだ。
「ん~、気にしてないけどね。
むしろ、あの執政官の娘さんって、お堅いお嬢様かと思ってたから──面白かった、かな?」
「……そう言っていただけると、幸いです……」
アリーシアスはバツの悪そうに、そっと目を閉じた。
「さて、それじゃあ作戦ですけど──」
気を取り直し、ジルベルトはキャビン前の小窓を開け、御者席のマリーにも聞こえるように大きな声で話しはじめた。
「魔術師の周りに、中型ギガスが何体かいると思うんで、そいつらは無視して、お嬢様とあたしで魔術師を狙います。
マリーさんはそのまま速度を落とさず、横をすり抜ける感じで馬車を走らせてください」
「了解。でも森の中だし、あまり速くは走れないかもしれないけど……なんとかやってみるわね」
「頼もしい言葉です」
慣れていないとはいえ、この馬車は従来のものよりも遥かに速い。
ジルベルトにとっては、その返答だけで十分だった。
(……本当に速いわねぇ。馬が全力疾走するくらいは出てるし、しかも頑丈。
もし、これを量産できたらすっごく便利ね~)
この馬車があれば人員の移動も補給も遥かに早くなるだろう。
速度はそのまま戦力へと繋がる。
ジルベルトはそう心の中でつぶやき、アリーシアスの方を向いた。
「それじゃあ、あたし達は外に出て準備しましょか」
ジルベルトの言葉に、アリーシアスの頬がゆるむ。
すぐに気づいて表情を引き締め直し、咳払いひとつ。
「──では、行きましょう。」
と、努めて平静を装いながら歩き出す。
その背中には、抑えきれない高揚がほんのり滲んでいた。
「……リラックスしてこ、別に食べたりしないからさ~?」
ジルベルトは冗談めかしながら、アリーシアスの頭にぽんと軽く手を乗せる。
「ひゃっ……!」
変な声を小さく漏らして固まるアリーシアス。
その反応にジルベルトはますます楽しそうに笑った。
「なんか、すっごく初々しくておもしろいわ~。
いやぁ、いいわねぇ、こういう反応」
「そ、そうですか?」
極めて冷静でいようとした態度で答えるアリーシアスに、マリーが苦笑する。
「……なんだか、乙女みたいね~」
「一応……乙女です……」
アリーシアスは小声で答え、けれどその表情には緊張だけでなく、ほんの少し期待の色も混じっていた。
ジルベルトはそんな少女の様子に満足げにうなずき言い放った。
「んじゃ、早いとこ配置付きましょ!
ディル坊が凍っちゃう前にね!」
マリーは即座に手網を取り、機動馬車に魔力を流し込む。 低く唸るような音が響き、馬車は地を蹴るように滑り出す。
戦場の中心に向かって、三人の奇妙な連携が今、始まった──




