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第十一話「砦を駆ける嵐」

 遠くの北の砦から煙が上がる。

 詳細はわからないが、何者かの襲撃を受けているようだ。



「ほう、あのギガス共を突破してくるとはな」


 ドレアドが感心するように言う。



「こ、これはヤツか! あの機械の巨人が来たというのか!」


 ロデリックの脳裏をよぎった予感は、過去の敗北の記憶となって鮮明に蘇る。


 狼狽(うろた)えるロデリックにアーヴィングが訂正を挟む。



「ヴァルストルムですよ、ロデリック殿」


 いたって冷静なその言葉はロデリックの神経を逆撫でした。



「えぇい名前などどうでもいい! 北砦にギガスを集め迎撃させろ! 私も今すぐに北砦に向かう!」


 ロデリックはアーヴィングの助言も忘れ、伝令を飛ばすや否や、自ら馬を駆った。



「やれやれ……あの様子では冷静になるのは少し時間がかかりそうじゃのう」


 ロデリックの動転ぶりに苦笑しながらドレアドは部屋を出て行った。


 ドアが閉まると、アーヴィングはしばし黙って立ち尽くした。



(それではロデリック殿、ご武運を)


 一度敗北した彼は更なる力を求め、本国に戻るつもりであった。

 心の中でそう呟き、無言で扉を開けた。




 ロデリックが馬で森を駆ける。

 蹄が土を叩き、乾いた音が木々の間に響き渡る。

 北の砦へ着くには、まだもう少しかかる。



(今度は前回のようには行かんぞっ!)


 ドゥルム砦での一瞬の敗北。

 その影を振り切るように、木々の間を駆け抜けた。





 しばらく森を進むと、木々の切れ間に砦の姿が見えた。

 ほどなくして、兵士たちの叫び声が耳に届く。

 砦内は混乱しているようだ。


 だがしかし、それだけであった。




(先程までの戦闘音がしない?  何が……)


 ロデリックが思考すると同時に北砦へと着いた。

 辺りには岩の残骸と燃えるテントや物資が散乱していた。




 周りを見ると所々損傷した中型ギガスが何体かが立っていた。

 小型ギガスは破壊されているものや中破しているもの、さまざまだったが、大砲を優先的に破壊されているようだった。



「何があった!? 説明しろ!」


 ロデリックが叫ぶと、北砦の防衛隊長がやってきた。



「それが急に機械の巨人が現れまして……

砦とギガスをある程度破壊すると、あっという間に去っていきました……」


 まるで嵐と言わんばかりだ。

 ロデリックが何か言いかけた次の瞬間、今度は南の砦から大きな音が響いてきた。



「なっ!?」


 あっという間の進軍速度。巨人は既に南にいるのだ。




『この要塞の防御を優先して固めた方が良い』


 アーヴィングが言った事を思い出した。



「今から南に向かっても間に合わん……

そうか、そういう事かアーヴィングッ……!」



 機械の巨人、ヴァルストルムの速度は馬などより圧倒的に速かった。

 そして砦付近に配備されている中型ギガスでは、太刀打ち出来ない。




(砦は捨て要塞に戦力を集めろと言うことか……)


 アーヴィングの言葉の真意を見抜けなかった。

 そして、ヴァルストルムの速度も見誤った。

 ロデリックは、その二重の失策を深く悔いた。




「だが、まだまだ……全員残ったギガスを連れ、 要塞へ集まれ! 前衛砦と南砦にも伝令を!」


 総力を集め、あの機械の巨人に対抗するほかなかった。







 ──時は少し戻り、レイディルが馬車から発進する直前。


 レイディル達は荷台の上で作戦の最終確認を行っていた。



「斥候が出せず、敵の具体的な数や位置はわからない。

そして徘徊するギガスは大砲を持っていて、何体かで固まっているそうだ」


「さらに小型を守る盾持ちの中型、ですね」



 クラウス博士は本隊からの伝書を読み返す。



「砦はいくつかあるはずだけど、正確な位置は不明だ」


 博士の言葉に、レイディルは少し思案した。

 森の中にあるとはいえ砦と呼ばれるものだ。

 小さくはないだろうと考えに至った。



「多分、それ相応の規模なら移動していれば見つけられると思います」


 博士は軽く頷き続けた。



「レイディル君には敵の大砲を無力化して欲しいという事だよ」



 博士の言葉に続き横にいたマリーが後を付け足す。


「後は速やかに次の砦へ移動。

敵の対応が追いつかなくなるようにする作戦ね」



 マリーが言い終わると、アリーシアスが呟いた。


「いっそ、光の大砲で砦ごと……」


 そう言いレイディルの顔をちらりと見た。



「確かにそれが一番楽でしょうね」


 マリーもレイディルの様子を伺う。



「…………」


 レイディルは口を閉ざした。

 その表情はどこか浮かないものだった。





 『砦ごと吹き飛ばす』それは確かに手っ取り早い。

 だが、そこにいるのはただの建物ではない。兵士たちだ。



 圧倒的な火力で、一瞬で消し去る。

……それは通常の戦ではない、蹂躙ではないか。



(オレは……本当に、撃てるのか?)



 知らない誰かとはいえ、血の通った人間だ。

 この手で撃てば、間違いなく命を奪うことになる。

 戦争だ、時には必要なことだと頭ではわかっている。


 拳に力がこもるのを感じ、レイディルは静かに息をついた。


 森の奥で鳥の鳴き声が一瞬だけ木霊し、消えた。




「ふむ……遊撃なら光の大砲を使う必要はまだないかな。切り札は取っておこう」


 博士の提案が、沈黙を破った。



 レイディルの様子を見たマリーとアリーシアスも何かを察するかのように視線を外す。




「なんだか余計な事を言ってしまいました……」


 少し影を落としたアリーシアスの肩を軽く叩き、

レイディルは答えた。



「いや、大丈夫だ。すまないな」


 アリーシアスを安心させるため笑顔で返した。




「さて、それじゃあそろそろ行きます」


 三人にそう告げ、レイディルはヴァルストルムへと乗り込んだ。







 時は戻る──アルバンシア本陣。


 遠くから、戦の轟きがかすかに聞こえていた。

 森を見やると、先ほどまで徘徊していたギガスの姿は、すでに消えている。



 直後、司令部に報告が飛び込んだ。


「──どうやら、間に合ったようだな……」


 さすがの将軍も、その表情にわずかな安堵をにじませる。

 そして間を置かず、全軍に向けて命じた。



「これより我々は森の奥を目指し進軍する!」




 アルバンシア軍は慎重に、しかし素早く森の奥へと進軍していく。

 かつて森を徘徊していたギガスの姿は、もはやどこにも見えない。

 残されていたのは、大砲の残骸と、砕けた岩の亡骸のみ。



 あれほど手強かった群れが、影も形もなく消えていた事実に、兵たちは言葉を失った。


 だが同時に、これを打ち倒した存在が味方にいるという圧倒的な安心感が、彼らの胸を満たしていた。

 その存在への畏怖と信頼が、兵の士気を静かに、しかし確かに押し上げていく。



「いやはや……これは見事な……」


 さすがのグレオールも軽口を封じ、ただ息を呑んだ。


 本隊が森の入り口にある砦へと到達する。

 そこに残されていたのは、やはり瓦礫の山と焼け落ちた構造物──ただの残骸だった。


 念のため、数班を周囲に展開させて哨戒に当たらせる。


「帝国兵の姿は見当たりませんね……撤退したと見るべきでしょうか」


 エリオスが部下の報告を受け、静かに判断を下す。



「おそらくは砦を捨て、本陣の守りを固めたのだろう。」


 隣にいた将軍が、重く落ち着いた声で言った。


 その時、不意に何かの駆動音が聞こえてきた。


 低く唸るようなその音は、森の木々の間を器用にすり抜け、アルバンシア軍の前へと近づいてくる。

 兵たちがとっさに武器を構えるが、バーグレイ将軍が片手を上げ、それを制止させた。



 それは、見たことのない乗り物だった──だが、報告は受けている。

 クラウス博士が開発した、例の機動馬車である。



「クレナウの街を出て、もう到着とはな」


 ヴァルストルムの速度も速かったが、

 機動馬車の速さにも、将軍は驚かされた。


 やがて馬車は将軍の前で止まり、御者席からクラウス博士が軽やかに降りてくる。



「やぁやぁ、将軍。お待たせしました。

さて、状況はどうです?」


「うむ、ご苦労。

他の砦と敵本陣の動向を探るべく、本隊の到着に先駆けて斥候を展開させておいた。

報告によれば、ヴァルストルムの活躍により森のギガスは無力化され、砦もすでに機能を失っているようだ」


 将軍は髭を撫でながら、「後は敵本陣の位置か」と呟いた。

 その言葉を遮るように、森の奥深くから、地を揺るがすような轟音が響き渡った。







 いつもなら静寂が支配していたであろう森の最奥──

 その静けさは、爆炎と岩を砕く轟音によって粉々に打ち破られていた。



 要塞の前には大型ギガスがそびえ立っていた。

 折れた木々。焼け焦げた幹。爆炎により森はすでに焦土と化している。


「フハハハ! 見たか! 全身五十門の大砲を装備した我が『ギガスマグヌス・イグニス』をッ!」


 要塞の監視塔の上から大型を操作するロデリックが高らかに笑う。


 大型のギガスの全身から放たれる大砲が大地を穿つ。


 絶え間なく飛び交う砲弾を、ヴァルストルムは跳ねながら、かろうじて避けていた。


 焦げた風が機体をかすめ、爆風が背中を押し飛ばす。



 その様子をもう一つの塔から単眼鏡片手に見ていたドレアドが感心していた。


大型(マグヌス)の装備する大砲各所に部下の自律式小型(パルヴス)を融合させ弾を自動装填させる仕組みか……なるほど、考えおったわい」


 更に、それぞれの小型には十分すぎるほどの砲弾を持たせているらしい。

 長期戦も視野に入れているようだった。



「弾幕を絶やさぬ構成……さしものメタフローの異物といえど、あれだけの火力を正面から受けきらんか」



 地鳴りのような連続砲撃。

 森の跡地を駆け抜けるヴァルストルムは、その巨体を想像もつかぬほどの機動で捻じ曲げる。


 爆炎の中を紙一重で潜り抜ける動きに、操縦席のレイディルは歯を食いしばった。



「クソッ……あの砲、もろに食らったらどうなるか……さすがに試す勇気はないな……!」


 ヴァルストルム──それがどこまで耐えうるのか、自分にもまだわからない。


 だからこそ、レイディルは『壊さないため』に避けるしかなかった。



 それに先の戦いで、攻撃を喰らいすぎた事もある。

 出来るのならば余計な攻撃は受けたくない、レイディルはそう思った。




 ギガスマグヌス・イグニスの砲撃はまさに地獄そのものだった。

 あらゆる角度から迫る爆砕の嵐を前に、接近する事も出来ずにいた。



 戦況は明らかに傾いていた。

 このままでは、やがて追い詰められる。



 だが、何かがあるはずだ。

 この巨影に、打ち込む一手が。

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