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第十話「使うは如何にして」

 機動馬車は走る。

 当初の予定であったガルダ平原の北部を東に抜ける為ではなく、南東に向けて。


 レイディルはすぐに出撃できるようヴァルストルムに乗り込んでいた。



「結構殴られたな……」


 先程の決闘を思い出す。

 せめてもう少し避けられたら良かったんだけど……と呟いた。



 しょげていても仕方がない。

 新たな戦場へ出撃する前に、もう一度機体のチェックをしておくことにした。



「ん……?」


 ヴァルストルムの情報を一つ一つ慎重に拾っていくと、戦闘中には気付かなかった事が見えてきた。


 レイディルは操縦席から荷台に降り、キャビンを通って馬車の前へ移動する。

 備え付けられたスライド式の小窓を開ける。



「博士」


「どうしたんだい、何か問題でもあったかい?」


 要のヴァルストルムに異常があっては一大事だ、とばかりに博士は即座に反応する。



「今、調べて気付いたんですけど、

火砲……『30mm近接機関砲』というらしいですけど、それがもうあまり残弾がないみたいで……」


「だとすると、ここぞという時にしか使えないな。

弾……僕達でも作れるといいんだけど、今は難しいだろうね。

取り出して一度調べてみたいものだね」


 つまり無駄撃ちは出来ない。



「いっそ魔術を撃ち出せたらいいんですけどね」


 キャビンのベンチに座って本を読んでいたアリーシアスが本からは目を逸らさず口を開く。



「確かに魔力はこの弾より補給しやすいだろうけど……」


 もしそれが出来たとしても、魔術が苦手なレイディルにとっては相性が悪く、安定した使用が難しいだろう。

 そもそも魔術を弾の代わりにする方法が可能かどうかもわからない。



「噂の光の大砲は、大丈夫なのかしら?」


 マリーがふと疑問を口にする。

 強大な力も肝心な時に使えないのでは意味が無い。



「あっちはヴァルストルムの動力源を使って撃つみたいなので、大丈夫みたいです。ただ、一度の戦闘で二発くらいが限界みたいですね」


「二発か……聞いた話の通りの威力なら、それでも十分かもしれないね。」


 博士は手綱を握りしめ、少し考え込む。



「しかしヴァルストルムは何を動力源にして動いているんだろう? 補給の必要はないのかな?」 


「えーっと、補給は……必要ないみたいです」


 レイディルは解析結果を思い出しながら答える。詳しくはまだわからないが、時間が経つと自然に回復していくようだった。



「駆動装置については、落ち着いたら改めて調べてみます」


「当面の心配はない、か。

補給のいらない機械……ぜひとも詳しく知りたいものだね」



 博士は未知の技術に思いを馳せるように呟くと、手綱を軽やかに操り、馬車の揺れに合わせて進路を調整した。



「それで次の作戦は? なんでも本隊が苦戦しているとか」


「実はね……」







 ガルダ平原から東、風がさざめく静かな森の中。

 その縁に本隊は陣を構え、進軍の機をうかがっていた。



 一見穏やかに広がる森だが、その奥には敵の影が色濃く潜んでいる。

 この森を抜ければトレルムの街が目と鼻の先だというのに、道を阻む帝国の防衛線は、あまりにも厳重だった。



 森の入口にはゴーレム創成術の応用で作り出された威圧的な岩の砦が立ちはだかる。



 そして森全体を巡回する中型ギガスたち。

 重い足音とともに、巨大な影が近づく度に周囲の空気が張り詰めていく。


 さらに、背の高い木々がその巨体をも覆い隠し、森の奥から響く足音だけが存在を知らせていた。




 司令部のテントには将軍他数名が集まり、作戦会議をしている。


 バーグレイは腕を組んだまま、深く息を吐いた。




「森入口の砦を突破出来たとしても、敵はすぐに迎撃態勢を整えるだろう。

それに、おそらく後方には本陣がある。

そこから増援が次々と押し寄せるだろうな」


 入口にそびえ立つ砦は門番に過ぎないと彼は言う。

 その目は鋭く戦略図に注がれていた。



「森の中の様子もわからんようではな……」



 将軍は深いため息を吐いた。

 斥候を送って偵察を試みたが、想像以上にギガスの探知範囲が広いため、あっさりと察知されてしまった。


 さらに、各中型ギガスの周りには複数の小型ギガスが配置されており、その動きは絶妙な連携を見せている。


 そして、その小型ギガスが手に持つもの──



 それは巨大な、威圧的な大砲であった。



「確かに人型だもんねぇ…… そりゃあ持つわって感じね」


 将軍の向かい側に立つジルベルトが呟き、戦略図を見ながら眉をひそめる。



「森の中に入り込めば、四方八方からの砲撃とギガスにタコ殴りですね。

いやぁこんな状況で戦うなんて正気の沙汰じゃあないですね」


 バーグレイの隣に立つ補佐官グレオール・ランケル。彼はふざけて軽口を叩く。


 バーグレイは無言で視線を戦略図に戻し、静かに答える。



「正気だろうが無かろうが、それが仕事だ」


 グレオールは肩をすくめる。



「確かに、死にたくなければ戦わなきゃならんのはお決まりですからね」


 その一言に、テント内の空気が一瞬だけ和らぐ。

 グレオールは戦略図をちらりと一瞥する。



「でも、進軍すれば確実に死者が出る」


 戦う限り、戦死者は出るものだ、だが。



「出来るだけ戦力は減らしたくねぇな。

とすると、オレがギガスをとりあえず引きつけるか。

んで本隊で中央突破しかねぇか?」



「う~ん……その場合でも全部引き付けておくのは無理だし、相応の犠牲はでるかもしれないかな~。

ギガスの反応は早いし、油断も隙もないわよ?」


 ジルベルトは腕を組み、考え込む。



「遠距離魔術はもう試しましたしね」


 同じく作戦会議に参加している魔術師の魔術騎士大隊長のエリオス・アレステンが口を挟む。


 まずは小型ギガスを排除するため、魔術師達による遠距離の魔術を試行した。



「見事に防せがれてたな」


 リオルドは感心するように頷き思い出す。

 配置された中型ギガスは攻撃や迎撃の為ではなく、砲撃担当の小型を守るための防御担当だった。


 中型が壁となり魔術を防ぐ。



「た、盾を持っていましたね……今までのギガスと違う感じです……しかも盾には防御結界(プロテクション)まで……」


 その声を上げたのは、騎士大隊長のレイラ・フィオランテだった。

 レイラは金の髪を揺らし、少し小さめの声で発言した。


 彼女の態度にはどこか不安げなものが見え隠れし、決して強気な様子ではない。しばらくの沈黙の後、彼女はおどおどしつつ言葉を続けた。


「今まで何かを持つなんてこと、なかったのに……」


 その言葉にジルベルトが声を上げる。


「あっ、これアレだわアレ! マネっこ!」


 思い出したように言うが、肝心なところが要領を得ていない。



「ジルベルトさん、もう少し分かりやすくお願いします……」


 エリオスがその整った顔を困らせながら言う。



「機械の巨人! え~と、報告ではヴァルストルムだっけ?

アレのマネじゃない?」


 ジルベルトが軽く手を振りながら、しっかりとその方向性を伝えようと試みる。



「巨人に大砲……なるほどな。意趣返しか」


 大砲を携えた機械の巨人を思い出し将軍が呟いた。



「ふーむ……件の巨人ですか……

まぁ、何のマネをしてるかわかったところで、こちらが有利になる訳でもないですけどね」


 グレオールはしれっと言い捨てた。


 そうしている間にも、ギガスはアルバンシアの前線拠点へと進む。

  防衛線はじりじりと押し込まれていた。


 交代で対処に当たっているとはいえ、最前線にいる兵たちには疲労が少しづつ蓄積されている。



「だが、こんな悠長に作戦会議してるってことは、だ。

一応なんかの手は打ってあるんだろ?」


 リオルドが質問をする。

 その顔は聞かなくてもわかるといった表情だ。

 バーグレイはグレオールの方を向き、顎をクイッと上げた。



「僕が数時間前にグレナウへ『鳥』を飛ばしました。

将軍の予想通りなら、今ごろ解放されているはずでしょう」



「簡潔な作戦概要を記した伝書を送った。

あとは、こちらの前線が突破される前に間に合うかどうかだ」


 バーグレイは冷静に続けた。



「なるほど……遊撃ですか」


 エリオスは納得したかのように答えた。



「えっと……それじゃあ、援軍が到着する前に、私たちができることを決めておきましょう……」


 レイラがオドオドしつつ提案する。



「そうね。なんでもかんでもあの子に任せるわけにはいかないしねぇ」


 ジルベルトは口にくわえた飴の棒をゆらゆらと揺らしながら(くう)を見つめ、レイディルの事を思い浮かべた。



「援軍が来ても、それはあくまで戦況を有利にするための手段にすぎん。

それにヴァルストルムが間に合わん場合もあるからな……我々だけでも戦える態勢を整えておくぞ」


 様々な可能性を考慮しておく必要があると、

バーグレイ将軍が言う。

 その言葉に一同の表情は引き締まった。







 腕を組み、要塞の高台から遠くを見渡す三元帥の一人、ロデリック・ダンテル。

 彼は、満足げに笑みを浮かべていた。


 帝国が本陣とするこの要塞は、他の防衛陣とは一線を画し、盤石な構えを誇っていた。



「ギガスに大砲を持たせる、面白い事を考えたものじゃな」


 同じく三元帥のドレアドが背後から声をかけた。


「援軍として来てみたが、これはワシの力は必要ないとみえる」



「おお、援軍としてお越しいただいたとは、さすがドレアド殿!

しかしここは、どうやら私の力だけで十分です。

せっかくですから、ドレアド殿にはこの勝利の様をごゆるりとお楽しみいただければ幸いです」


 ロデリックは口髭を撫でながら、どこか誇らしげに、実に上機嫌な様子でこう言い放った。



「いやはや、これほどの策は我ながら見事なものです!」



(──最後まで上手くいくといいがのお……)



 そう内心で呟きつつも、ドレアドはあえてその言葉を飲み込んだ。



「まあ、この場はお任せしておくとしよう」


 と、静かにロデリックを見守るに留めた。



 その時、突然ドアが開き、一人の男が部屋に入ってきた。


「失礼します」


 その男はアーヴィングであった。

 彼は疲れた様子はなく満足気な顔をしていた。


「おぉ、アーヴィングか! よく来たな!」


ロデリックはその声に反応し、両手を広げて歓迎の意を示した。



「ロデリック殿、首尾は上々と言ったところですね。

ギガスに武器や盾を持たせる所が特に良い。」


 アーヴィングは、素直に賛辞を送る。


 その言葉にロデリックの顔には更に笑みが広がり、嬉しそうに反応する。



「そうだろう、そうだろう。

前回の戦いでは機械の巨人にはしてやられたからな。こちらもギガスを強力にしなくてはな!」


 ロデリックの声は、自信に満ちていた。


 しかしその裏には、前回の敗北への悔しさも見え隠れしている。



「機械の巨人……名はヴァルストルムというらしいですよ」


 アーヴィングが言葉を続け笑った。



「フフッ……私も先程挑み、惨敗しました」


 アーヴィングは、敗北を微塵も悔いなく楽しんだ様子で言った。

 その言葉には、余裕とともに相手の強さに対する認識と満足感が混じっていた。



「ほぉ、アーヴィングともあろう者が惨敗か?

一矢報いるくらいは、と思ったが……」


 ドレアドは冷ややかな目を向けて、アーヴィングをじっと見つめる。


 戦う相手の力を予測していた彼には、アーヴィングが敗北したとしても驚きはなかった。

ただ、その反応を楽しむように問いかけた。


 アーヴィングはしばらく目を閉じ、戦闘の余韻に浸りながら言葉を続ける。



「いえ……想像以上でしたね。

我が必殺の技も通用しなかった」


 その語り口は、敗北そのものを悔いているわけではなく、ただ圧倒的な力を持った相手を評価している様子だった。



 アーヴィングには、敗北を乗り越える(すべ)も、次の戦いへの準備も感じさせる静かな強さがあった。



「おっと、申し上げ忘れておりました。

この決闘、私の敗北に終わった以上──今後グレナウには手出し無用とお願いしたく存じます」



「なっ……!?」


 唐突なアーヴィングの言葉に、ロデリックは息を詰まらせた。



「そのような約束で、決闘をお受けいただきましたので」


「勝手な約束を!」


 ロデリックが思わず語気を強める。


「そんなもの、反故にしてしまえばよかろう?」


 ドレアドが淡々と言い放つ。



「いえ、敵とはいえ交わした誓いを(たが)えるわけにはまいりません。

御二方がどうしてもグレナウへ手を出されるというのであれば……私がその行いをお止めいたしましょう。

例え力ずくでも」



 目の前の男がここまで言うのならば、本気で立ちはだかるつもりなのだろう。


 アーヴィングの頑固さは、二人にとって嫌というほど知るところだった。



 ロデリックは深く溜息をつき、静かに目を閉じる。

 ドレアドはやれやれと肩をすくめた。



「仕方ない、貴殿の顔を立てるとしよう」


 ロデリックは諦めがちに言葉を漏らした。

 アーヴィングは満足げに頷き、少し肩の力を抜く。



「感謝します」


 アーヴィングは短く言葉を述べ、まるで思い出したかのように続けた。



「ところで、ロデリック殿。

ここから各砦へは如何程の距離で?」


 アーヴィングが突然話題を変えると、ロデリックは眉をひそめ、一瞬目を細めた。



「どうしたのだ急に……北と南の砦へは約六キロ程度だ。

森入口の砦は更に離れているが……」


 何故今距離を聞かれたのかわからないが、とりあえず答える。


 アーヴィングは顎に手を当てしばらく考え込む。



「だとすると……無駄か……」


 なにやらブツブツ言っている。



「何が無駄なのだ……?」


 彼はアーヴィングの考えが、どうにも理解できずにいた。



 アーヴィングは腕を組みながら、机の上の時計をちらりと見やった。



「恐らくそろそろでしょう」


 アーヴィングが告げると、室内に静寂が落ちた。


 ロデリックがその言葉の意味を探るように、息を呑み、周囲の空気が張り詰めていく。



「一応助言をしておきますが、この要塞の防御を優先して固めた方が良いと思われます」



「な、なにを……」


 ロデリックは思わず聞き返したが、アーヴィングは答えずに外を一瞥するだけだった。



(防御を固めろ、だと?

この要塞は十分な防備を誇る。

各砦にも相当な戦力が配備されているはずだ。

それに、今のところ敵の動きは……)



 ロデリックはそう思いつつ、何かを忘れている気がした。



 遠くで風がざわめき、木々が微かに軋む音だけが耳に届く。

 少ししてから、ロデリックの表情が少し硬くなる。


 何かが彼の脳裏をよぎった。




 ──その時。


 北砦から轟音が響き渡った。


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