第九話「決闘」
朝焼けの空が辺りをオレンジ色に染め、静けさが街を包み込んでいた。
レイディルはふと目を覚まし、再度眠ることができなかったため、少しヴァルストルムを見てきた後、静かな街を歩いていた。
まだ早朝で、人々はほとんど街に出ておらず、道行く者もまばらだった。
歩いているうちに、昨日見た広場に出た。
街の広場は、木々が立ち並び、ベンチや石の柱が点在するその空間は、住民たちが休息を取る場所として長年親しまれてきたのだろう。
広場の隣、少し離れた場所には、市場用のスペースが設けられている。
広場から舗装された道を歩くと、すぐにその場所に着く。
「あら、ディル君もお散歩?」
不意に背後から声をかけられた。
声の主、マリーはレイディルの横に並ぶ。
「折角の大市場が見られないのは残念ね」
グレナウが解放されたのは、つい昨日のことだ。
かつて賑わっていた大市場も、今ではボロボロになったテントや壊れた木箱が無造作に転がっているだけ。
再開には、しばらく時間がかかるだろう。
「朝、早いんですね」
「なんとなく目が覚めちゃって、街を少し見回ってたの」
マリーは荒れた市場を見ながら続けた。
いつもの優しい表情が、少し曇る。
「ここはまだマシね。
私がよく通っていたお店なんかは瓦礫になってしまったわ。
きっとギガスに踏み荒らされてしまったのね。
お店の人たちは無事だったけれど……」
レイディルは戦いで崩してしまった建物を思い出し、気まずそうに顔をそむけた。
「マリーさんは以前ここに住んでいたんですか?」
「住んでいた、と言うよりは滞在していたという方が正しいかしら」
気がつくと、市場の再建に向けた人々が、徐々に集まり始めていた。
「あら、いけない。朝食の時間過ぎちゃったわね。戻りましょうか」
朝の静けさは、少しずつ活気に押し流されていく。
レイディルは市場をもう一度見渡し、マリーとともに宿へと歩き出した。
兵士達に挨拶を済ませ、本隊への補給等について話し合った後、市長にも挨拶をするため街の中心部にある市庁舎へ向かう。
途中、なにやら慌てふためき馬を走らせる兵の姿があった。
よく見ると街の入口を警備をしている兵だ。
彼はレイディル達に気付くと、馬をこちらに近づけてきた。
「ば、馬上から申し訳ありません!
あなた方はあの巨人に乗っていた方達ですよね!?」
馬を下りるのも手間なのだろう。
一体何が起こったのか。
「えぇ、そうですが……何かあったのですか?」
マリーが代表して聞き返した。
「それが、信じられない事なのですが……」
兵は口ごもったが、起こったままの事を伝えた。
「帝国の元帥アーヴィングと名乗る者が、
『巨人と一対一の果し合いを望む』と街の入口に……」
彼はそれを市長に伝えるべく、馬を走らせていた。
「元帥──帝国の最大戦力だね。
大型ギガスを作り出せるって話だよ」
博士が神妙な面持ちで説明する。
あの砦よりも巨大なギガスを作り出せる術者が、決闘を望んでいる。
「なにか狙いでもあるんでしょうか……そんな偉い人がわざわざ決闘を?」
アリーシアスの疑問も最もだった。
しばらくして、街の入口にレイディル達と兵士、そして市長が駆けつけた。
そこには一人の男が剣地面に突き立て両手を置き堂々と立っていた。
男は静かに佇み考えていた。
(ここには中型ギガスが四体と多数の小型ギガスがいたはずだ。
街が奪還されたということはその部隊を超える強大な戦力があるということ……
だが、アルバンシアの大部隊がいるような気配もない。
だとすれば当たり、だろうな)
アーヴィングは口元が少し綻ぶ。
そして駆けつけた市長やレイディルの姿を見つめた。
「き、君の目的はなんだ!」
市長が恐る恐る問いかける。
「何度も申したように、私は機械の巨人と決闘を所望する。
ここにいるのだろう?」
一切の揺らぎもない、自信に溢れた申し出だった。
「……たぶん、あの人の言っていることは本当ね。罠とかそういうのじゃないみたい」
マリーがアーヴィングの瞳を見つめて言う。
その目の光は一つの曇りもなかった。
ただ戦いへの渇望だけが宿る目だった。
「ギガスの力を振るい無意味に民を巻き込むようなことはしない。
ただ、純粋に戦いたいのだ。
巨人の真の力、その全貌を、私は知りたい」
あまりにも愚直な言葉だった。
「でも、こっちにメリットが無さすぎるわね」
マリーの言葉にアーヴィングは、一瞬考え込む。
「確かにその通りだな。
ならば、もし貴公らがこの決闘に勝利した場合、帝国は今後一切、グレナウに手出ししないことを私の権限で約束しよう」
レイディルは間を置き、アーヴィングの瞳を見据えた。
「……良いだろう、決闘を受ける。
ただし、もっと街から離れてだ」
その言葉を聞き満足そうにアーヴィングは笑った。
場所を街から離れた平原に移す。
所々高くなっている崖はあるが、見晴らしの良い場所だ。
決闘を見届けるため市長や護衛の兵も着いてきた。
「いいんですか、レイディル?
わざわざ決闘なんて……」
「そうだね、一人で来てるみたいだし、ギガスを出される前に囲って捕まえちゃえばいいと思うけど」
アリーシアスと博士は反対していた。
「多分、力づくでこっちが捕まえようとするより速く逃げられちゃうわねぇ」
犠牲者も多数出るだろうとマリーは見定めた。
あの元帥は生身でも強いと。
「なんにせよ、オレが勝てばグレナウの人達に平穏が訪れる。」
レイディル達が街を離れたとしても、安全が保証される。
この約束によって、グレナウの住民たちは安心して日常を取り戻すことができるだろう。
今までの戦いで傷つき疲れた人々にとって、平和な日々を取り戻すことが何よりも重要だとレイディルは考えた。
「あと、単純に元帥ってやつの実力も気になるしな」
「興味……あるんですか?」
アリーシアスはレイディルの目を見つめて聞いた。
「ん? ……あぁ。」
問いかけにレイディルは、間のある答えを返した。
(……照れ隠しってやつですか。)
馬鹿正直に街のためと言ってしまったからだろう。
と、少女は考えた。
レイディルはヴァルストルムに乗り込み、静かに待機し、アーヴィングと対峙する。
周囲の者たちは離れた場所からその様子を見守っている。
「それが巨人か。なるほど威圧感があるな。
それに乗り込むのか、中々面白いものだ。
……では、私のギガスも披露することにしよう!」
アーヴィングは手を胸の前で合わせ、魔力球を作り出した。
そして手を地面に向け、魔力で作られた球をゆっくりと降ろしていく。
更なる魔力が大地に注がれ、躍動する。
アーヴィングの前に、瞬く間にギガスが生み出された。
その姿は従来の物よりも細身で無骨さを感じなかった。
「中型のギガスよりも少し小さいか……」
「貴公の巨人と大きさを揃えた。
ギガスマグヌス……貴公等の言い方では大型か。
大型は破壊力はあるが、小回りが効かないからな。
その巨人と戦うならばこの方がやりやすい」
レイディルの呟きにも、真面目に答える。
余裕かはたまた持って生まれた性格か。
「おっと、私のギガスは貴公のように乗るものでは無い。
離れさせて貰うぞ」
レイディルとて踏み潰したい訳では無い。
アーヴィングが言わずとも、レイディルはそのつもりであった。
ギガスから離れ、見晴らしの良い高い崖に移動したアーヴィングはよく通る声で叫ぶ。
「戦う前に、決闘の流儀に則り名乗らせてもらおう!」
一呼吸置き。
「我は帝国三元帥が一人、アーヴィング……アーヴィング・アルマディス!
そして我が操るはギガス、フォルティス・ティタンだ!」
男の名乗りを聞いたならばこちらも名乗らねばならないだろう。
『レイディル・フォードウェル……
そしてコイツがヴァルストルムだ』
拡声機能の声が響き渡る。
互いに名乗り合い、決闘の幕が開けた。
先手必勝とばかりに、ヴァルストルムが真っ先に動いた。
猛烈な突進でフォルティス・ティタンを剣の射程に捉え、一瞬の隙をついて縦に一閃した。
しかし、フォルティス・ティタンは体をすばやく半身を逸らし、ギリギリのところで剣をかわした。
その動きは岩の巨人とは思えないほどの敏捷さを誇っていた。
「ほう……速いな!」
アーヴィングはヴァルストルムの速さに驚きつつも、正確にギガスを操った。
ヴァルストルムの速さは凄まじかったが、離れた崖からギガスを操作していた事が幸いし、動きはよく見えた。
従来のギガスとは違う身軽さを見せつけるフォルティス・ティタンの動きに、レイディルもまた驚きを隠せなかった。
剣を躱され体制を崩したヴァルストルムに、
岩の拳が叩きつけられ、鈍い音が響く。
「並の中型ギガスならばこれで砕けるが……まるでダメージにならんか」
ヴァルストルムは反撃とばかりに剣を横凪に振るうが、一歩下がり避けられる。
すかさず踏み込み、左の手刀がフォルティス・ティタンに襲いかかる。すんでのところで回避された。
しかし、手刀はフォルティス・ティタンの顔半分を削り取る。
「カスっただけの手刀がこの威力とは……!
しかし、操縦者の彼の太刀筋は素直だ。
動きが読みやすい!」
次々に繰り出される剣戟を躱しながら、アーヴィングは思考をめぐらせる。
「だが、このままではただやられるのみだな。
だとすれば、出し惜しみは無しだ!」
フォルティス・ティタンが距離をとり、高々と右腕を上げた。
そしてその腕を振りかぶり──
「さぁ! これが受け切れるか!?
イクトゥスウォランス!!」
アーヴィングの叫びと共に、フォルティス・ティタンは腕を前に突き出し発射した。
発射された腕は炎を推進力とし、凄まじいスピードでヴァルストルムに迫る。
意外な攻撃方法に虚を突かれたレイディルは、一瞬の判断を誤った。
その刹那、拳が視界を埋め、飛翔する打撃を正面から受けてしまった。
拳が着弾すると同時に、大地を揺るがす爆発が轟いた。
強烈な炎が立ち上り、爆風が周囲の塵を巻き上げ、辺りは瞬く間にもうもうとした煙に包まれた。
「あのギガスの腕、ただの射出機構じゃないね。なにか特別な術でも仕込んでるのかな?」
「おそらく、着弾時に仕込まれた火術が起動し、蓄えていた魔力が爆発を引き起こす構造になって、これで破壊力を何倍にも高めているんだと思います」
クラウス博士とアリーシアスは冷静に分析をするが、その頬には汗が流れていた。
やがて煙が晴れると……
そこには膝をつくヴァルストルムの姿があった。
「……恐ろしき化け物よ」
その身体には焦げひとつすらなかった。
レイディルはヴァルストルムをゆっくりと立ち上がらせ、再び目の前のギガスを見据えた。
歯を食いしばり、その場に視線を固定した。
(操作技術ではヤツの方が上だ……ヴァルストルムのおかげで何とかなっているけど……)
アーヴィングは遠隔で魔力を大地に込める。
地面から岩が立ち上りフォルティス・ティタンの腕を再生する。
行動不能にするか完全破壊をしない限り、この岩の兵は止まらない。
しかし、今のレイディルの腕では一撃で倒すのは難しいだろう。
「だったら!」
ヴァルストルムが再びフォルティス・ティタンに正面から突っ込む。
「また正面か、愚直!」
ヴァルストルムの渾身の一撃は空を切り、凄まじい衝撃と共に地面を抉り、辺りに土砂と土煙を撒き散らした。
「むっ!?」
土煙は二体の巨人を覆い隠す。
アーヴィングからは見えなくなってしまった。
ここが好機とばかりにヴァルストルムは剣を振り下ろす。
しかし、アーヴィングはその神がかり的な操作で、見事剣を白刃取りして見せた。
「だから剣が素直だと言った──」
アーヴィングが言い終わるよりも早く、ヴァルストルムの肩の火砲が放たれた。
フォルティス・ティタンは避ける間もなく、苛烈な攻撃に身を裂かれ崩れ落ちた。
「なんと……」
アーヴィングは驚愕し、崩れた己のギガスを見やる。
「これは潔く負けを認めねばならんな。」
その顔はどこか楽しそうだった。
決闘が終わり、レイディルとアーヴィングが再び顔を合わせる。
他の者が固唾を飲んで見守る中、先に口を開いたのはレイディルだった。
「……オレの剣が素直すぎるっていうのは、アドバイスとして受け取っておきますよ」
戦闘中、互いは離れた位置にいたがヴァルストルムの集音機能はしっかりとアーヴィングの言葉を拾っていた。
皮肉混じりの無礼なモノの言い方だったがアーヴィングは意に介さないようだった。
「フッ……そういう事にしておこう。
もっと精進して貰えると私としても有難いがね」
敵に強くなって貰いたいという、この男の言動はレイディルには理解しかねた。
「さて、約束通り今後一切、グレナウには手を出さない。
他の者達にもそう通達しよう」
アーヴィングはそう告げると馬に乗り、颯爽と走り去るのだった。
その後ろ姿には、まるで敗北感など存在しないかのように。
グレナウの兵士たちはしばし呆然とその光景を見送っていたが、やがて誰かが声を上げた。
「勝った……! 本当に、勝ったんだ!」
「俺たちの街は守られたんだ!」
歓声は瞬く間に広がり、そこかしこで武器を掲げる者、肩を叩き合う者が現れた。
そんな中、市長が兵士を掻き分けるようにして駆け寄ってくる。
顔は涙に濡れながらも、目には晴れやかな光が宿っていた。
「やりましたな! 本当にやりましたぞ!」
市長は両手を広げ、まるで旧友にでも会ったかのような勢いでレイディルの手をがっしりと握った。
「これで……これでグレナウは、もう戦いに怯えずに済むのですな!?」
市長は満面の笑みを浮かべている。
レイディルは微かに息を吐き、低くつぶやいた。
「あの人が約束を守れば、ですけどね」
市長は一瞬きょとんとしたが、すぐに力強く頷いた。
「ははは、大丈夫! 大丈夫ですとも!
あの青年、なんだか信用できる気がするのです!」
満面の笑みを浮かべ、勢いよく続けた。
「ともかく、ぜひお礼がしたい! もうしばらく我が街に滞在していただけませんか!?」
市長が喜び勇んで滞在を求める最中、 一人の兵士が博士の元に近づいてきた。
その手には、一通の手紙が握られている。
どうやら将軍の副官が伝書を運ぶ鳥を使いグレナウに届けたようだ。
博士は紙を読み、神妙な顔をする。
「どうも、のんびりはしていられないみたいだよ」
喜びも束の間、紙に記されていたのは、本隊が敵陣を攻めあぐねているという応援要請だった。
「申し訳ありませんが市長、僕達は準備を終えたらこのまま出発しなければならないようです」
丁寧な口調の博士の様子からも事態の逼迫さが伝わってきた。
「うーむ、仕方ありませんな……
ならばせめて、我が街自慢の食料をたんとご用意いたしましょう」
一同は礼を述べると、市長や衛兵と共に街へ引き返すべく踵を返した。
幸いにも陽はまだ高く、急げば日暮れ前には出発の準備を整えられるだろう。
「さて、疲れているところ悪いけれど、遊撃隊として本領を発揮しようか」
博士のメガネが光った。




