第六章 灰色熊
スタスタと商店街を歩くルイに置いていかれまいと、千影は勇気を振り絞ってルイについて行く。入り口には人っ子一人いなさそうだった商店街だが、奥に進むにつれて怪しげな気配が漂い始めた。
「くそっ、行き止まりかよ…。」
千影とルイの前には潰れた建物の残骸が立ち塞がり、奥に進むことができなくなっていた。
「いや」
「見ろ後輩。あそこ、人が崩れた店の下敷きになってる」
「…ほんとだ。助けないと!」千影が焦って走り出そうとするのを手を前に出して制止した。
「待て。あの店まで行くのに邪魔なもんが多すぎる。真っ直ぐ突っ走ったら怪我は避けられねぇ」
「じゃあどうしたら…。早くしないと手遅れになるかもしれないんだぞ!」
「…大丈夫。俺がいるから問題ない」
そう言ってルイはルイは開いた手を交差させ、親指を重ね翼の様な形を作った。
「小鳥遊」
ルイの背中から彼の背丈よりも大きな鴇色の翼が生える。彼はその翼をバサリと羽ばたかせ宙に舞い上がると、いつの間にか変形した鉤爪の様な足で千影の上着を掴んだ。
「わっ…!」
驚く千影をよそに、ルイは千影をぶら下げたまま大きく羽ばたいた。
二人の体が風を切り裂く。数秒もしないうちに障害物をひょいと飛び越え、千影が次に目を開けた時には崩れた店のそばに立っていた。
「「大丈夫ですか!?」」
二人は店の下敷きになっている人物の元へと駆け寄った。人物店の下で呻きながら倒れていたのは年老いた女性だった。落ちている店の看板には「おはぎ」と書いてある。きっとこの女性が店の主人なのだろう。
少しずつ丁寧に店の残骸をどかし、何とか老女を引きずり出すことに成功した。
「とりあえず…これ。お水です」
そう言ってルイは背負っていたリュックからペットボトルを出し、老女に渡した。
「ありがとうねぇ、ありがとうねぇ」としきりにいう老女の背中をさするルイを見て、千影はルイが用意周到で手慣れてる事に驚いた。
「まぁ、こう言う有事の際の救助も俺らの仕事だよ」とルイは千影の考えていることを見透かしたように言い、老女が落ち着いてきたところで彼女に向き直った。
「どうしてこんなことになったのか、分かる範囲でいいので教えていただけますか」
老女は少し俯き、それから話し始めた。
「ここは私がやっている甘味処でね、今日もいつものように店を開けていたんだけど、最近ここを取り仕切っている…ぐりずりー、だっけ?今日はそこのお偉いさんが来るからってあたしに店を閉めろって言ったんだよ。急に言われてもってあたしは言ったんだけど、そしたらあいつらが…店を…。」
そこまで言って、老女は顔を覆って泣き崩れてしまった。
「酷い…」千影はそう呟いて拳をきつく握りしめた。「おばあさん、俺たちがお店も、この商店街の日常も取り返します。…だからっ、店を見捨てたくない気持ちは分かりますが、今は逃げてください」
初めは不安そうな顔をしていたが、やがて老女は笑って「ありがとう」と言った。
「道は崩れてしまって危険です、一緒に避難しましょうか?」とルイが尋ねたが、「この辺りの道は熟知しているの。心配いらないわ」と返された。彼女も昔はヤンチャしていたらしく、根性と度胸は今も健在とのことだ。
「貴方達も気をつけて」そう言って老女は手を振り、千影達が来た道を進んでいった。
「あの人の話で分かったことは2つだな」とルイが呟いた。「2つ?店を壊してんのがやっぱグリズリーの奴らだってことは分かったけど、もう1つは?」千影は思わず聞き返した。
「今日、グリズリーの幹部級がここにいるかもしれない。あの人もそう言ってたろ。」
そうだった。千影はすっかりその話を頭の中に入れるのを忘れていたが、確かそんなことを言っていた気がする。
「ああいうちょっとした情報もヒントになる。生き抜くために、情報を落とすな。コレ、文清さんとトーマさんがいっつも口うるさく言ってることな」
トーマ。またその名前だ。文清について玄斗に尋ねたときも出てきた、文清の機嫌を左右できる人物。
「なぁタカナシ」「ルイでいいよ」「ルイ、そのトーマって一体…」
どかぁん。
「伏せろ、千影!」
大きな爆発音がして、砂埃が辺りに舞った。
体制を整えて、咄嗟にルイは手を交差させて鳥の姿へと変わり、千影は愛用する武器である斧を取り出し構えた。
砂埃をかき分けて数人の輩が千影達の目の前に現れる。彼らのジャンパーには牙を剥き出しにした灰色熊の刺繍が施されており、彼らがどの組に所属しているのかをはっきりと示していた。
「灰色熊…!」
先頭に立つすらりとした長身の男は、優雅に目を細めた。
「小五月蝿い鼠が忍び込んでいると思ったが、蝶々さん達じゃないか。
…如何して此処に居るんだい?お花畑へお帰り。」
両者を隔てるように、砂埃が一層強く舞い上がった。