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第五章 しゃーしい奴等

翌日。千影は1人で二番隊の隊長室前に背筋をピンと伸ばして立っていた。

ドア前にかけられた時計の秒針は16時を知らせるために12の文字盤へと滑っていく。

「集合時間は16時。瓦礫広場での二番隊の集会の後、巡回警護(パトロール)を行う、って流れだったはず。」

…はず、なのだが。

文清が隊長室前にいるのは分かっているのだが、ルイをまだ見ていないのだ。5分前に文清が隊長室から顔を出した時には、「ルイはまだ来ていない」と言っていた。そしてもうすぐ約束の16時なのだが、一向に来る気配がない。

これでもしルイが遅刻なら自分も一緒に怒られるのではないかという千影の不安を他所に、時計の針はかちりと音を立てて16時を知らせたのだった。

「お待たせしましたね、千影君。行きましょうか」

隊長室から出てきた文清が千影にいった。16時ぴったりに出てくる文清も、1秒のズレもない時計も恐ろしい。これが二番隊の日常なのだろうか。

口元に笑みこそ浮かべているものの、細い瞳から相変わらず感情を読み取ることはできなかった。いつもハーネスベルトをつけたシャツの上から、隊長服を羽織っている。身長も相まってどこか硬い印象を感じる。

「あ、あの…副隊長は…」

柄にもなくおどおどしながら千影がそう言うと、文清はスッと真顔になって「あぁ、ルイ君の事ですか」といった。声色が少し冷たくなってまた千影は冷や汗をかいた。

「彼の遅刻は日常茶飯事です。最初の頃は注意してていましたが、遅刻癖は治る気配がありません。最早学校の様な遅刻をカウントして罰則でも設けようかと思いましたが、遅刻した回数より遅刻していない回数を数えた方が早いと気づいてやめました。」

二番隊にはしゃーしい(面倒くせぇ)奴等の集まりなのか、と千影は思った。規律正しすぎる文清も十分恐ろしいが、一番怖いのはその文清を前にして堂々と遅刻できるルイの方だと千影も気付いたようだ。

カツカツ、と冷たい靴の音だけが廊下に響き渡る。会話のない時間にだんだんと千影もむず痒くなってきた。日常生活でもコイツはこんな人間なのだろうか。今日も学校があって朝に千影は玄斗に会ったので、文清という人物について尋ねてみた。玄斗曰く、「真面目でちょっと硬いけど、頭が凄く切れるし有能だな。俺を除けば隊長の中では一応最年少だけど、ちゃんと実力はあるし。」と、多分…高評価だった。文清の自分に対する態度についてぼやくと、玄斗は笑って「それはお前の第一印象が悪いからだろ。鬼の様なやつじゃないし、礼儀正しくていつもはにこやかだ。何を考えているのか分かりにくい時もあるけど、仲間思いだから怒っててもなんだかんだ愛はあるよ。」と言った。「後は…()()()がいないからかな。アイツがいるかいないかで文清の機嫌だいぶ変わるから、まあしょうがないよ。」

その文清の機嫌を左右してしまうという()()()とやらが誰なのかは聞けなかったが、まあ良いだろう。隊長クラスのお手並み拝見といこうじゃないか、と千影は根拠のない自信でそう思った。

今日も3階、瓦礫広場へと足を踏み入れた。

ざっと20名程だろうか、二番隊の隊員が瓦礫広場の手前側で待っていた。

文清は千影を手前にいた隊員に受け渡し、隊員の群れの前に立った。


「こんにちは、皆さん揃っていますか?

では、二番隊定例集会を始めるとしましょう。」


ざっと内容は今日やる事の確認、注意事項などだったので、集会はほんの数分で終わってそれぞれが自分の担当すべき場所へと散り散りになった。特に注意しておくべきと文清が念を押していたのは幹部会議でも耳にした愚裏厨離(グリズリー)。文清は出会ったら騒ぎにせず、向こうから何かしてくるまでなるべく手は出さずにその場から離れろと言っていた。まるで本物の熊の対処法じゃないか、と思ったが真剣そうな雰囲気だったので千影は笑いを堪えた。二番隊は文清の圧政(自分だけに厳しい可能性もあるが)に耐えられるだけあって、真面目そうな人が多く、話を聞いている際の表情がきりっとしている。こんなきっちりした隊になぜ小鳥遊ルイという遅刻魔でチャラチャラした人間が在籍しているのか、そしてなぜ副隊長にまで選ばれるのかが千影の疑問だった。

「千影君は()()()()()()()()ルイ君と一緒に鳴猫商店街周辺の見回りをお願いします。何かあれば、…最悪の場合僕も出ますので、こまめな連絡をお願いしますね。」

明らかに引き攣った顔のルイを無視して、千影は文清の指示を聞いた。自業自得だろう。後で散々怒られろ、と千影は視界からルイを消した。

千影達が向かう鳴猫商店街は「商店街」と名がつくもののほとんどの店は閉まり、今は悪い噂の絶えない地域だ。悪い連中がたむろし、時にはこの世のものではない様な噂まで立つ不気味な寂れた商店街。千影も普段ならあまり行きたいとは思えない場所だった。


「…ごめんって、ごめんってばぁ!…千影、聞いてる?」

そう言って情け無い顔で手を合わせて安い謝罪の言葉を繰り返すのはかの二番隊副隊長、小鳥遊ルイだ。自分からあれだけ遅刻しといて何故こんな風にいられるのか、自分のことを棚に上げつつ千影は声を荒げた。

「分かった、分かったから!馴れ馴れしく話しかけてくるな!反省しろ!」

「ごめんってぇ。あと先輩には敬語な」

少年の様に大きな瞳をすぼめてルイは言った。また千影はイライラして、少し歩幅を広げた。

「…なんで二番隊預かりの話、止めなかったんだよ。副隊長だろ! あんな怖い人のとこ行くなんて聞いてないんだが!?」

声を荒げる千影に、ルイは早歩きになりながら、ムッとして言い返した。

「じゃあ逆に聞くけどよー、俺があの人に言って何とかなると思うか?先輩には敬語な」

「ハイハイ、そんなことハナから思ってねぇよ。ほら、とっとと鳴猫商店街いくぞ。」

「だから先輩には敬…うぁあっ!?」

千影はジタバタするルイの首根っこを掴んで持ち上げた。もともと150cm程しかない身長だが、思っていた以上に軽く千景も思わず「軽っ…」と声を漏らした。キレたルイが千影の脇腹に一発打ち込み、顔を歪めた千影を見てほくそ笑みながら「まぁ歩くのもだりぃし、今日はこれで頼むわ。サンキュー後輩」と言った。千影は、こんな奴が二番隊副隊長を務めるのだから、他の隊員や文清も大して強くはないのではないか、と思った。確かに隊長の威圧感は強いし怖いと思っているが、それは口先だけの話。実力は思っていたよりない可能性だって十分にある。自分を捕らえた時だって副隊長2人がかりだったではないか。自分は思ったより鳳蝶を買い被っていたのかもしれない。そう思い、千影は慢心していた。


「ほら、着いたぞー。…鳴猫商店街。」

千影とルイは、目の前にぶら下がった禍々しい雰囲気の溢れ出る汚れた看板を見上げた。

「マジで入んの、ここ」

ルイも苦い顔をする。この場所は無法地帯と化していて、流石の鳳蝶も一年ほど前から七番隊隊員である一般のダークサイド達に立ち入り禁止命令を出して見回りを休止していたらしい。では今回見回りに来たのは何故かというと、ここを新参者である愚裏厨離の連中が占拠してしまい、今まではなんだかんだいって大切にされ商店街の悪漢の間で「不可侵」とされていた地元住民が被害を受けたからだった。

地元住民の中には鳳蝶の保護下にあるものも多く、この一年は見回りこそ無かったものの、フクオカで影響力のある鳳蝶の加護は大きかったらしい。

…つまり、今から千影とルイが乗り込むのは敵である愚裏厨離の拠点の一つということ。

散々喧嘩はするなと言っておいてここで俺たちを愚裏厨離のアジトに派遣するのかと、千影は文清の思惑が分からずにいた。


「行こうぜ。はぐれんなよ、後輩」

ルイはそう言って千影の前を進み始めた。千影は置いていかれてはまずいと必死にルイについて行ったのだった。



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