第三章 鳳蝶一番隊
放課後。千影は玄斗の待つ校舎裏へと急いだ。そこでは待ちくたびれた後行った様子で壁にもたれかかり腕を組む玄斗と、玄斗の肩あたりでふよふよと浮いているあげはがいた。
「あら、玄斗と待ち合わせしていたのって、貴方だったの?」
こちらに気づいて驚くあげはに、玄斗が「知り合いだったのか?」と聞いた。
「ええ、同級生よ。」とあげはは答えた。「ちょっとドジっ子さんのね」
向こうのペースに乗せられては行けないと思い、千影も負けじと言い返す。「ドジっ子じゃねぇ。…そもそもそんな上から目線のくせに見た目は小学生じゃねぇか!お前今いくつなんだ?」
あげはがショックを受けたといった様な顔で目を見開き、頬をぷくーっと膨らませて怒った。「私はぴちぴちの17歳よ!…あ、貴方誕生日いつ?」
「え、誕生日?8月…」
「じゃあ私の方が年上ね。これからは姐さんと呼びなさい。」
「え、はぁ!?」
千影は完全にあげはのペースに乗せられていた。兄貴そっくりで人を揶揄うのが好きなのか、と段々腹が立ってきた。
「…はいはい、おふたりさん。
会議に遅れる。そろそろ行こうか。」
らちのあかない喧嘩を諌めて、玄斗が先導し歩き出した。
しばらく歩いて、例の商業施設跡地へとついた。
前に来た時とは別の入り口から入ったのだろうか、この前の瓦礫の山とは打って変わってショッピングモール本来の姿をとどめていて、テナントの区画もそのまま残っている。
ただ一つ違うのは、幾つかのテナントにはシャッターが下ろされており、それぞれに看板と呼び鈴の様なものが備え付けられていた。
「会議まではまだ時間があるし、先にあの人に挨拶しとくか」
玄斗はそういって赤く塗られたシャッターのテナント跡、いや、正確には一室というべき空間を指さした。
シャッターにかかった看板には「一番隊 隊長室」と書かれている。
さっき通ってきたところは床に赤いラインが引かれていて、赤いシャッターの部屋が多かった。きっと1番隊の管轄である事を表しているのだろう。
千影がキョロキョロしていたので何を考えていたのか察したように玄斗は答えた。
「一番隊の色は赤。二番隊は青で三番隊は桃色。
四番隊は紫で五番隊は黄色、六番隊は緑。
…七番隊の色は、強いて言うなら白だな。」
「隊の振り分けって、どうやって決めるんだ?」
ふと気になって千影が聞いた。
「そうだな、まず、一から五番は戦闘と護衛が主な仕事だが、六番隊と七番隊はわかりやすくやる事が違う。六番隊は研究や作戦などの頭脳分野を担当する。七番隊には仕事はなくて、加入するのは戦闘能力のないダークサイド達。鳳蝶のバッジさえ持っていれば何かあった時に他のメンバーにSOSが届いて助けてもらえる仕組みなんだ。」
「じゃあ、一番から五番隊は?」
玄斗はうーん、と額に指を当てた。
「基本的には性格とか隊の雰囲気と合うかとか、そういうのでなんとなく決めて、それに沿った仕事を振ることも多い。…例えば二番隊は冷徹で知的な奴が多いから会談の場に出すとか、四番隊は荒くれ者で戦闘好きな奴が多いから抗争終結の仕事とか。三番隊は女性しかいない隊で七番隊から来た人が多くて、五番隊は温厚で人当たりの良い奴が多いから護衛の仕事を任せがちだな。」
「え、じゃあ一番隊は?」
「血の気が多くて負けん気な奴らが集まる特攻隊。」
「何だよそれ!!」
目を見開いて怒る千影の背中を押して、一番隊隊長室のシャッター横にあるドアを開けた。
「お兄ちゃん、良かったの?
あんな事言って、ほんとは勇気と信念があるとこを気に入ってタカさんにあの子を任せたんでしょ?」
部屋に入った千影を横目に、あげはが玄斗に耳打ちした。
「…別に。」
そういって目を逸らす兄を見て、あげはは素直じゃないな、と溜息をついたのだった。
「お前か、玄斗の連れてきた血の気の多いガキは」
机に足を乗せた大男の低い声。一番隊隊長というだけあって強いのかと、千影は身震いする。
葉巻の煙が部屋中に充満し、男は目線を千影に向けたかと思うと、堪え切れなくなったという様に笑い出した。
「ふふっ、あははははははは!」
「え…」
困惑する千影の前に、見たことのある青年が現れた。
「貴臣さん、新入りの子困らせちゃだめでしょ。
…千影君、ようこそ鳳蝶一番隊へ。」
「あ、お前、あの時の…!」
前にいる青年はまさしく、千影を捕らえて玄斗の元へと連れて行った張本人、一番隊副隊長の鵺野裕貴だった。
夜と夕方の間を想起させる幻想的な髪と瞳を持った裕貴は微笑んで、「貴臣さーん」と大男の名を呼んだ。
「そろそろちゃんと自己紹介してくださいよ」
貴臣と呼ばれた男は目尻に浮かんだ雫を拭って、笑いを堪え喋り出した。
「あぁ、そうだったな。
俺は一番隊隊長、道明寺貴臣だ。お前は?」
「俺は、切尾、千影…です」
千影の顔を見つめたあと、貴臣はぽんぽんと千影の頭を叩いた。
「いやァ、千影、そんなに緊張するなって。何も怖い事なんかしないさ。これからよろしくな」
どんな怒鳴られ方をするのか内心怖がっていた千影だが、年齢的に見ても父親の様な雰囲気の貴臣に、少し安心していた。
「もうそろそろ幹部会議が始まるから行こうか。」
見守っていた裕貴も、何もなかった事を安堵しながら2人に声を掛けた。
「…そういえば、俺新入りなのに幹部会議行っていいんですか?」
千影は恐る恐る気になっていた事を聞いた。
裕貴は優しく微笑んで答えた。
「玄斗がえらく君のことを気に入ったみたいでさ、特別に見に来ていいよってことらしいよ?」
玄斗は俺の事をどう思っているのか、千影はますます疑問が深まった気がした。
「この建物、正確に言うとサウザンスクエア福岡跡地鳳蝶本部は地下2階から4階まであって、地下1階は駐車場と道場。地下2階はシェルター。1階には隊長室とかがある一番隊エリア、二番隊エリア、三番隊エリア、四番隊エリアがある。2階も同じ様に五番隊エリア、六番隊エリア、七番隊エリアがある。2階には非戦闘員の研究や事務、医療のためのエリアが多いから、護衛として五番隊がついているんだ。
前に君が来た3階はフロア一帯が瓦礫広場で、集会や、それがない時には実践練習が行われる。4階は幹部の許可が無いと立ち入り禁止だから、気をつけてね」
裕貴は階段の先を指さして、「着いたよ」と言った。
「3階、瓦礫広場のフロアだ。」
すでに到着している幹部達が瓦礫山の側でお喋りをしている様だった。
「あっ、裕貴!そっちのはこの前の新入り?」
千影達を見るなり走ってやってきたのは、千影を捕らえたもう1人の人物、二番隊副隊長の小鳥遊ルイだった。
鷹の翼の様な色をした少し長い髪を後ろでまとめ、首にチェーンのネックレスをつけた150cm程の背丈の青年は、オレンジ色の瞳を爛々と輝かせて裕貴の元へと駆け寄った。
「やっほー、裕貴!」
ルイは千影の顔を見るなり、ニヤニヤと笑って「この前とは打って変わって、すっかり大人しいじゃん」と煽った。
「普段散々年下扱いされてるからって、あんまり年下に意地悪しないの。」と裕貴がルイを諌めると、ルイも負けじと「なっ、少なくともお前は俺と同い年じゃん!!他人事みたいに言いやがってぇ…!」
そんなルイなど気にも留めないといった態度でルイを軽くあしらいながら、裕貴は言った。
「あ、そうそう。千影君、華乱高校だから俺らの後輩だね」
どうやらこの2人は華乱高校の出身であるらしい。
「まぁ、玄斗と仲良くしてやれよ。
…アイツも年上ばっかの鳳蝶じゃ楽しくないだろ」
ルイがそういって、千影の頭をポンと叩いた。
「そろそろ会議だね、行こっか」
裕貴の一言で、中心部にある瓦礫山に向けて歩き出した。