第一章 蜥蜴
「クソッ、放せ!放せったら!」
瓦礫が無造作に積み上がってできた山が、元はショッピングモールの様な大型施設であっただろう場所を埋め尽くしている。
割れた窓ガラスから夕焼けが差し込み、辺りを茜色に染めている。
そんな退廃的で美しいとすら見える風景に似つかわしくない怒鳴り声で、瓦礫の山の麓の様なところで1人の少年が暴れていた。
両手を後ろ手に縛られ、身動きをなんとか取ろうとジタバタして、瓦礫の頂上に腰掛ける男を睨みつける。
「俺をどうする気だ!
…鳳蝶スワローテイルズの、高蝶玄斗!!」
玄斗と呼ばれた男は、瓦礫の頂上に佇み、縛られた少年を見つめ暫くの間何かを考えていた。
「…玄斗、どうする?」
少年の後ろで見張る様に立っていた、優しそうな顔立ちの青年が見かねた様に口を開いた。
「コイツ、放っとくと他の隊員にも手を出しかねないぞ」
その隣にいる一際小柄な男、いや少年だろうか?
彼も、さぞ呆れたといった面持ちで玄斗を見たあと、縛られていた少年を睨みつけた。
「…いや」
玄斗が口を開く。
「こいつを、鳳蝶一番隊に歓迎しよう」
「…はぁあああああ!?」
縛られていた少年、切尾千影の叫び声が、瓦礫の山に虚しく響き渡った。
切尾千影は、平凡なヒーローサイドの少年だった。
九州に生まれ、両親と妹の4人家族で仲良く暮らし、隣に住む1つ年上の幼馴染である天神奏恵と親しくしていた。
そんな平穏は、彼が8歳の時に突然壊された。
奏恵がダークサイドの過激派集団に誘拐されてしまったのだ。千影が目を離した僅か一瞬の出来事だった。最早警察機能が意味をなさなくなった九州において、誘拐されたということは、彼女がもう戻ってこないことを意味していた。
しかし幸運なことに数日経ってあっさり彼女は千影の元に戻ってきた。
彼女の元あった人格、記憶を全て消された状態で。
人格を新たに植え付け、元の自我を完全に消し、別の新たな自我を上書きして乗っ取る。彼女は実験体として利用され、残ったのは彼女の体と、別の少女の人格だった。穏やかで優しかった彼女はもう見る影もなく、気性の荒い冷徹で残虐な少女と化していた。
奏恵の両親は彼女を気味悪がり、彼女を置いて九州を去ってしまった。九州に残っているの危険と判断した千影の母と妹も、九州を離れてしまった。
千影は、変わりはててしまった少女に「殺女」という名前をつけ、殺女曰く今はまだ眠っているという奏恵の人格がいつか目覚めるかもしれない、そんな微かな希望に縋って生きることにした。
千影は高校一年生になった今は、千影と彼の父、そして殺女の3人で暮らし、千影はダークサイドへの恨みを募らせたまま、得意な喧嘩で日々ダークサイドに挑み続けていた。
ただ、今回の喧嘩は流石に分が悪かった。福岡のダークサイドを統率し近年勢いを増して九州を支配した愚連隊、「鳳蝶」の隊員10人相手に1人で挑みに行って、その10人を斧でボコボコにしたところまでは良かったのだが、たまたま居合わせた鳳蝶一番隊と二番隊の副隊長に呆気なく取り押さえられてしまったという訳だ。
そうして連れてこられたのはまさかの鳳蝶のアジト。
そうして、切尾千影は何故か、鳳蝶の総長、高蝶玄斗直々に一番隊へと勧誘されてしまい、彼の鳳蝶での生活が幕を開けたのだった。




