幻獣密猟撲滅!
数年前から幻獣を主に密猟する『幻獣密猟』が裏世界で動いている。
幻獣というのは空想世界だが、その世界に実際に存在している生物の事…。
有名なのが、人魚、龍、ペガサス、ユニコーン、ノーム、ヤマタノオロチ、エンゼル……といった感じの種族を云う。
幻獣は高く売れる為、裏世界に潜んでいる密猟者たちにはかっこうの獲物だ。
鱗、爪、角等は宝石や鞄の材料になり、鬣や羽根等はドレスやコートを制作するのに使用される。
かつては数多く存在していた幻獣だが、年々減りつつあり今では絶滅寸前の危機を迎えていた。
その状況を変える為に『幻獣保護官!』たちは『幻獣密猟者』の取り締まりを厳しく行っている。
だがどんなに彼らが目を光らせてもそれを掻い潜り行動を続ける『幻獣密猟者』が後を絶たない。
『幻獣保護官』のリーダーを努めるロトリアは、過去のデータ記録から裏世界での動きをパソコンで調べている。
『幻獣密猟者』の動きは何故か、こちらの範囲活動についてを知り尽くしているような感じがする。
「先読みされてるようだ。
我々が調査を行うテリトリーが、まるで筒抜けだな」
データによると『幻獣保護官』が動くタイミングを見計らい、『幻獣密猟者』が警備が緩んだテリトリーへと侵入している。
計算して動いている筈が、逆に誘導されているとも思える動きだ。
「奴らがまるで監視カメラでこちらの行動を読んでるかのように、軽々と幻獣に接触出来てるんだ」
保存したデータ記録を仲間のジェスに見せ、現状を伝えるロトリア。
彼の表情からは、焦りがはっきりと露になっている。
幻獣に保護しているつもりがかえって幻獣たちを苦しめる事になり、頗る心苦しいばかりである。
「確かに妙ですよね。
まるで仲間内に内通者でもいるみたいです」
「内通者……鋭い考えだが……だけど、考えたくはない……」
『幻獣保護官』の中に裏の世界の者がいるとしたら、非常に悲しく、悔しい事実だ。
いたいけな幻獣を守る職業に就いている者にそんな類いの者など存在しないと思いたい。
ロトリアが感情を震わせていると、思い出したようにジェスが云った。
このタイミングを読んで、云うのかと云った感じの事をだ。
「僕も同じ『幻獣保護官』にそんな人がいるとは思いたくないですけど、ちょっ
と気になる人がいるんですよね」
「え?
気になる……人?」
やけに関心を引き付けるジェスの言い回しに、ロトリアの気持ちは彼に向けられた。
ジェスが声を潜めて人物の名を口にした。
「クルトルですよ」
「クルトル⁉
何故そう思う?」
クルトルというのは、数年前に彼らの部署に異動してきた凄腕の『幻獣保護官』である。
彼が呼ぶと警戒心を解いた幻獣たちがたちまち近付いてなつく。
仲間たちは皆、クルトルを『幻獣のターザン』と呼んでいる。
「クルトルが異動してきた頃と、『幻獣密猟者』の動きが鋭くなってきたタイミングが同じ時期です」
ロトリアの心臓が激しく波打ち、嫌な予感がザワザワし始めた。
思いたくないが、ジェスの云う通りだ。
ある日別のチームからこちらのチームへ異動が決まったクルトルから、幻獣のにおいが伝わってきた。
クルトルは幼い頃から幻獣たちを相手に遊ぶ毎日を過ごしてきた……と話していた。
クルトルは仲間といる時は寡黙な人物だが、一度幻獣と交われば無邪気な姿を見せ、仲間たちを楽しませていた。
そんなクルトルが『幻獣密猟者』の仲間だなんて、絶対思いたくない。
「ジェス、滅多な事を云うものじゃない!
異動のタイミングなんて、偶然の事だ。
仲間を疑うなんて、もってのほかだ」
「ああ……そうですよね、口が過ぎました」
ロトリアの叱責を受け、ジェスはバツが悪そうに頭を下げた。
ジェスは頭脳明晰な人物だが、時おり軽はずみな言葉を口にする時がある。
信頼はまあまあ在るが、どこか飄々としており掴み所がない。
「兎に角だ……今後も幻獣の保護を固めながら、『幻獣密猟者』の動きを追って行く。
くれぐれも裏の者に読まれないように」
「承知しました」
その日の任務は終了した。
ロトリアの足は幻獣たちを保護している牧場、『幻獣フィールド』へと向かっていた。
そこには親を亡くした幻獣の子供や、怪我をした幻獣たちが『幻獣保護官』によって守られている。
そこに『幻獣医療』の免許を持つクルトルがいる。
クルトルは『幻獣フィールド』で、ユニコーンの子供の様子を診ているところだった。
「クルトル、幻獣たちの様子はどうだ?」
「あ……リーダー。
今のところ、どの幻獣も順調に回復しています。
ただ、親を亡くしてしまったこの子たちを育てるのが至難の技です」
ユニコーンの子供を撫でるクルトルの手は優しく、仔ユニコーンも彼になついている。
そんな彼を見て、ロトリアの脳裏に帰り際のジェスが放った言葉が蘇る。
〈クルトルの幻獣を見る目……金を見る目のように思えて仕方ないんですよね〉
仔ユニコーンに接するクルトルの視線が、角に向いているような気にもしてきた。
そんな気持ちを持つ自身を恥じ、まとわりつく気持ちを振り払う。
ここを訪れたのは、ある仮説をしょうめいさせる為だ。
「これほどの数の幻獣をなつかせるとは、流石は『幻獣のターザン』だな。
そんな君に、ちょっとしたお願いをしたくて来たんだ」
「なんでしょう?」
「まあ……簡単な事だよ」
周囲に細心の注意をはらいながら、ロトリアはクルトルに抱いている考えを持ちかけた。
「最近の動きを知りたいんだ」
その翌日の事。
ロトリアが真相を掴んだような顔付きで、ジェスへある報告を告げた。
「ジェス、君の云う通りだった。
クルトルが内通者だったよ」
「え……っ⁉
なん……」
ロトリアの言葉を耳にした瞬間、ジェスの表情に驚きの色が見えた。
ことばを詰まらせ、ロトリアを見詰めている。
「クルトルは警官のもとおくられたよ」
少し間を開け、ジェスは苦笑いで返答する。
「そ……そうですか……クルトル……が……」
困惑するジェスの様子を瞳に映し、ロトリアは自信たっぷりに言葉を吐いた。
「後はクルトルが他の『幻獣密猟者』についてを自白してくれれば、裏の組織は壊滅していくぞ」
安心した空気を漂わせ、ロトリアはデスクに着いた。
「テクだ。
新たな情報だと、『幻獣保護官』の一人がどうやら逮捕されたらしい。
あいつら、その男が『幻獣密猟者』の一味だと読んだようだ」
「そうか……向こうの人間が一人でも消えてくれれば、こっちが無制限に動けるってもんよ」
「あいつは動きが俊敏な分、邪魔な存在だったから、風通しが良くなったよ」
「そうかい……じゃあ、お前さんも今この場から姿を消してくれないか……テク。
いや……ジェス‼」
「「な……っ⁉」」
内通者とその仲間が密会している所へ、ロトリアが現れた。
しかも内通者はジェス、彼こそ『幻獣密猟者』の一味だったのだ。
ロトリアがジェスと彼の仲間に詰め寄る。
「私は今、本当に悲しいよ。
信頼していた仲間が……実は敵……『幻獣密猟者』だったなんてな‼」
「チイッ!」
ジェスと仲間が身を交わそうとした先に、クルトルがいた。
「ジェス先輩……信じたくはありませんでした。
昨日ー」
話は一日前に遡る。
〈最近の動きを知りたいんだ。
ジェスの……〉
〈ジェス先輩の動きを……?
何か感じる事がありますでしょうか?
まさかと思いますが、『幻獣密猟者』に関する事では?〉
〈勘が良いな……。
疑いたくはないんだが、ジェスからはー〉
〈お気付きでしたか。
同じ『幻獣保護官』どうし、通じ合う物があるんでしょうか〉
ジェスには何か良からぬ物が漂っているのを、ロトリアもクルトルも感じていた。
気のせいであって欲しいと彼らは願い、気付かぬふりをしてジェスと仕事をしていたのだ。
ロトリアはジェスを真っ直ぐ見詰め、辛さを押さえながら声を震わせる。
「君は初勤務の日こう云ったよな。
『自らを守る力の無い無力な幻獣たちを、守り続ける一生を送りたい』……と」
ロトリアの気持ちを知ってか知らずか、ジェスはかん高い声で云い放った。
「へっ!
その通りさ!
金になる幻獣どもを傷ひとつ付けずに、綺麗な状態で捕獲するのさ!
嘘は云ってねえ!」
「……っ!」
瞬間、ロトリアの右ストレートがジェスの頬をぶち抜いた。
クルトルの方も、もう一人の『幻獣密猟者』を押さえ込んでいた。
ロトリアの偽情報の吹き込みとクルトルのジェスについての報告のおかげで、『幻獣密猟者』は一気に壊滅していった。
犠牲となった幻獣たちは、傷を残しながらも保護されている。
最近では、仔ユニコーンが同じように親を亡くした大人のユニコーンになつき始め、二頭に絆が生まれつつある。
幻獣たちを眺め、クルトルは以前から感じていた事をロトリアに聞いてみた。
「ジェス先輩の事、いつ頃から気付いていました?」
「ん、君も同じだと思うが……あえて答えよう」
彼らは今、考えが一致している。
「ジェスが初めて任務を開始した日だよ」
「……やはり、ですね。
何故なら、ジェス先輩からは……」
「ああ、ジェスからは、していたんだ」
ロトリアとクルトルが分かり切ったように真相を述べてみせた。
「「お金のにおいが……」」