第9話〇リボン
世知君の回答は、全く狙ってなく
天然で宇都宮さんに答えています ……。
『意識的に~』というのも、彼なりにコミュニケーションを取ろうとしているだけなのです。
本当に罪な奴です。
本格的に授業が始まって、1週間が過ぎた。
始まって思ったのが、上手く表現出来ないがやはり中学とは違うって事だ。
公立とは言えそれなりの進学校だし、周りの生徒も皆同程度の学力を持っているわけだし、自然と教室内の学力最低ラインが中学より格段に引き上げられているのが感じられた。
その流れに乗れなかった者が、しっかり乗れた者から次第に引き離されて行くのだろう。
とは言っても、しっかりと予習復習を怠らなければ、そんな憂き目に逢う場面はなかなか起こらないのではないだろうか。
少なくとも自分はそう思う。
特に自分は身体を動かすことが得意ではなかったから、やる事の選択肢が他の子より多くなかった。
結果、勉学に多少なりとも時間を割くことが可能だったので、中学の時はそれなりの学力はあったと思う。
自宅から近いという理由だけで、進学もさっさと推薦で健陽に決めてしまったが、担任の教師からはもっと上の学校を目指せたのに、と何回か言われた。
しかしそう言われても、高校生になるビジョンが当時見えなかったし、高校を卒業するまで元気でいられる未来が想像出来なかったのだ。
そのような理由でかなり適当にここに入学したのだが、由美は少し無理をしてここに合格したと言っていた。
たまに図書室や家で受験に向けて勉強を教えたりしていたのだが、自身で言うほど由美の出来は悪くなかったように感じていた。
きっと、地頭が良いのだろう。
隣の席の菱浦さんも、受験勉強は相当頑張ったと言っていた。
なんでも、健陽は女子バレーボールがそこそこ強いらしく、中学時代バレーボールをやっていた彼女は、どうせ入るなら強い学校に入りたいという意志をモチベーションに変えて日々努力したと話していた。
自分はどうだろう。
今まで諦めていた色んなものが、自分が頑張れば、手を伸ばせば届くようになったのだ。
ただ漫然と過ごすのではなく、上の進学先を視野に入れてこれからの3年間を過ごすのは、自分にとって非常に有意義なのではないだろうか。
最近はそんなことを考えている。
そんな思考を頭の中で広げながら授業を受けていたのだが、それでも目と手は動きを止めず、自分なりに真剣に机に向かっていた。
帰ったらこのノートをどう清書しようかと目算していたその時、チャイムが鳴った。
日直が号令をかける。
さて、昼休みが始まった。
* * *
最初は昼食を一緒に取っていた由美も、新しく出来た友人と机を並べて食べる日が増えてきた。
自分も新しい友人を作る努力を少しはするべきなんだろうがーーー
「ひ、緋月君、良かったら
今日も一緒にいいだろうか。」
「うん。構わないよ。
今日はどこかほかで食べてみる?」
同じ学級委員ということで、色々打ち合わせたり意見交換したりする必要があるからなのだろうが、最近は宇都宮さんから良く昼食を誘われるようになった。
会話も始めは次のホームルームの段取りや、どの程度まで日直の補佐をするべきかなど、そういった内容の会話が中心だったが、そのうち学校のことや授業の内容、そしてそれらと関係ない雑談なども交わすようになってきた。
しかし、宇都宮さんは他にも友人がいるはずだが、俺なんかと一緒にいて大丈夫なのだろうか。
とは言っても、そこまで詮索するのも無粋な気がするので、深くは聞かないことにしている。
また、昼食を取る場所も教室内が多かったりはするが、いつもでは他の目を引くだろうということで、たまに移動して食べるようにしていたりする。
「き、今日は中庭に行ってみないか?」
「うん。天気もいいし、そうしてみようか。」
俺達は連れ立って、中庭へ行く事にした。
* * *
中庭の遊歩道に空いたベンチを見つけたので、そこに腰を落ち着けることにした。
「あっ、少しだけ待って。」
ベンチに軽く土埃がかかっていることに気付いたので、さっとハンカチで汚れを払った。
「さ、座ろう。」
「………………あ、ありがとう。」
宇都宮さんはうつむいてしまった。
大袈裟過ぎたのだろうか。
軽く反省しながら俺は気を取り直し、今日も静流姉が作ってくれた弁当を開いた。
本日はサンドイッチだった。
白パンにハムチーズとレタスがはさまれたものと
ブラウン食パンにたまごサラダをはさんだものの
2種類。
それが2切れずつ、互い違いに弁当箱に納められており、意図的にはみ出されていたレタスの緑と、横に添えられたミニトマトの赤が、ひときわ目を引いた。
元々、食がそれほど太くない俺の事を思ってのことか、毎回静流姉が作ってくれる昼食は軽めの軽食メニューが多かった。
「今日も緋月君のお弁当は、
カラフルで美味しそうだな。」
宇都宮さんもお弁当を開く。
まじまじと見るのは失礼な気がしたので、さっと目を通す程度に見てみた。
ごはんがいり卵と鶏そぼろときぬさやで彩られた、三色弁当だった。
「いや、宇都宮さんのお弁当だって
負けてないよ。」
俺達は軽く笑い合い、食べながら談笑し始めた。
「ひっ、緋月くん、今日は、メガネなんだな…。」
そう。昨夜はそういうことを終えたあと、うっかりコンタクトをしたまま眠ってしまったため、今朝の眼球のコンディションはかなり劣悪だったのだ。
「あぁ。普段はコンタクトなんだけど、
朝起きたら目の調子が悪くてさ。
あっもう平気なんだけどね。」
「いっ、いや! その、すっ、すごく…
似合ってる……。」
「そう? ありがとう。
宇都宮さんも、今日はリボン、赤なんだね。
すごく可愛いと思う。」
意識的に明るく笑顔で返してみた。
また宇都宮さんはうつむいてしまった。
気を遣わせてしまったのだろうか。
ちょっとだけ沈黙が続いてしまったので、俺は次の話題を振ってみることにした。
俺自身は沈黙など気にしないが、宇都宮さんが居心地が悪かったら申し訳ない。
「そう言えば、今日の6限は
ロングホームルームだけど、なにか
決めなきゃいけない議題とかあったっけ?」
俺の言葉に宇都宮さんは「そうだった」と小さく呟いたのち、顔を上げた。
「あっ、いや、とっ、特になにもなかったと
思うんだけど、どうしよう…。」
そうなのだ。
特に急いで話すべき事案はないのだ。
5月後半になればなんか遠足があるので班決めとかしなければいけなくなるだろうけど、それにはさすがにまだ早い。
席替えをするという手もあるが、それは6月頃で良いのではないかと個人的に思っている。
先日の学級委員総会で隣に座った他のクラスの学級委員は、自習時間にしたり、軽くレクやったりしてるって聞いた。
「まぁ、いくつか考えてはいるんだけどね。
とりあえず今日も宇都宮さん、
なんかあったらフォローよろしくね。」
「えっ?う、うん! いやでも
私なんかで役に立つのか
よ、よくわからないけど…。」
「え、そばにいてくれるだけで
こんなに頼もしいのに。」
再び意識して笑顔をつくり、宇都宮さんに向けて返答すると、またまた彼女はうつむいてしまった。
それでも彼女は自身のお弁当をしっかり完食していたので、体育会系女子ってすごいなぁ、と
語彙力の乏しい感嘆が脳裏をよぎった。
* * *
6限始業のチャイムが鳴り、担任の基藤先生が教室に入って来た。
「んじゃ、緋月と宇都宮よろしく~」
前に出てきた俺達にそう伝えるなり、先生は窓際の椅子に腰を下ろしパソコンを開いた。
いったい何をやっているのか詳しくはわからないが、こういう隙間時間に自身の業務を進める効率的な姿勢は、少なくとも俺は好感が持てた。
さて、気を取り直し、俺はみんなのほうを向いた。
「えーっと、みなさんお疲れさまです。
この金曜日の6限が終われば今週も終わりです。
あともうちょっとの辛抱なので、もう少しだけ
お付き合いください。」
「緋月先生もお疲れ!!ww」
後ろのほうの席の女子からの声に教室が湧いた。
俺はまったく意味の無いラフなジェスチャーでそれに応えた。
「は?」
ん? 空耳かな。
「新しく高校が始まって10日くらい経ちましたけど
みなさんはどうですか? 友達は出来ましたか?
ちなみに、そういう俺は、ちと厳しいです。
ハハ…。」
たまにかます自虐ネタは、掴みとしてはなかなか効果がある。しかしやり過ぎたら逆効果だから注意が必要だ。
定められた用法・用量は厳守して下さい。
さて、狙い通りまたまた教室が笑いに包まれたが、左隣からぼそっと
「……わたしがいるだろうに……。」
と、小声で聞こえた気がした。
「えーっと、入学2日目くらいにみんなお互いに
自己紹介したと思うけど、みんな知ってる通り
俺は3日目からの登校だったから、なんかまだ
いまいちしっくり来ていないというか。
あと、みんなのなかでもあれから少し時間が
経ったわけだし、もっと皆クラスメイト同士
仲良くなれたらいいなーとか
思ってる人もいるのでは?と思うんだよね。
と言ってもまた自己紹介するのは
さすがにだるいだろうし時間も勿体ないなぁと
思うわけで。
だからいい案ないかなーって思いまして。
なんかアイデアある人いたら
提案して欲しいんだけど、なにかあるかな。」
偉そうに言ったが、クラスメイトに丸投げに近い形になった。
しかしながら参加者による提案&議論からの承認否認という形式は会議の基本であり定石だ。
特に何も決まらなくても時間は潰せる。
……ただし、なにかしら提案が提起されれば、の話だが。
俺の心配を他所に、窓際のひとりの女子が挙手してくれた。
ショートボブの明るい髪色を、外からの陽光でより一層際立たせている菱浦さんだ。
「はい、菱浦さんお願いします。」
菱浦さんはニコっと笑顔で発言し始めた。
「この1組のみんなで親睦会がやりたいでーす!」
ざわつく教室の中、彼女は続けた。
「やっぱりさ!1組全員!みんなで!
心をひとつに団結する決起集会っていうの?
そういうのが必要だと思うんだよね!!
ね?ね?いいと思わない???」
ふと、廊下側の席の和泉君が頭を抱える仕草が目に入った。理由はよくわからない。
「ここで、そう来たか……。」
左隣の宇都宮さんの呟きも耳に入ってきた。
いやでもそれ、悪くない提案かもしれない。
クラス全員の親密度が上がれば、各行事もスムーズに進行可能になり学級委員冥利に尽きるし、
風通しが良くなれば、いじめなどなかなか生まれづらくなるのではないだろうか。
俺は正面を向いた。
「えっと、まず菱浦さんの提案に
個人的な俺の意見を言わせてもらうなら
とても賛成です。
ただ単に同じ学校を受けただけで無作為に
同じ教室に集められた俺達だけど、
せっかくこうして同じクラスになったわけだから
どうせなら仲良くしたほうが楽しいんじゃないか
って思うんだよね。
えー、他になにか意見とかあったら
手を挙げて教えてください。」
まず提起された問題に自論で肉付けしたあとで、みんなに議論してもらう。父さんがよく使っていた手法だ。
「部活あっから、19時とか少し遅い時間希望~」
「バイトやり始めたから厳しいんですが。」
「そもそも強制じゃないよね?」
「他のクラスの友達は呼んじゃダメ?」
「教室でやるの? それともどっかお店?」
「会費いくらくらいなるかな。」
次々出てくる意見を、宇都宮さんがひとつひとつ黒板に書き出して、それなりの形に落ち着くまでそれに付いても意見を出し合って、話し合いは進んで行った。
気付けば、6限終了時間まで残り5分を残すのみとなった。
ここいらで、締めに入るか。
「えー、ではみんなの意見や提案を俺なりに纏めると
・参加は自由参加だけど1組の生徒のみで、
希望者は後ろに貼り出す紙に記名する。
・場所は学校最寄りの駅前か、
ひとつ隣の駅前の貸切出来るお店。
・日時は、希望が多い日に決める。
・会費は高校生らしく、2000円以内にする。
こんなところだと思うんだけど、
最後に決を取ります。
親睦会開催に反対の人は
手を挙げて下さい。」
敢えて反対意見の者に挙手させるようにする。
提起された事案を承認させる確率が格段にアップする、父さんの手法のひとつだ。
手を挙げれば、自分が反対していると周囲に認識されてしまうだろうし、陽キャから目を付けられてしまうかもしれない。
いや、いじめとかは論外だけれども。
更にどちらかと言えば反対だけど、手を挙げるほどでもないか、というやや反対派の封じ込めにも使える。
そもそも自由参加なのだから、気が進まなければもっともらしい理由を用意して不参加にすればいいのだ。
俺は教室内を見渡し、言葉を続けた。
「反対の方はゼロ名。
これで1年1組親睦会の開催が決定しました。
詳細は後ろに貼り出す予定の要項に
みなさんで記入していただいて、
あとはみんなの多数決の意見と
学級委員及びその他有志で決めていきます。
連休前までには開催したいと思うので
よろしくお願いします。」
具体的なリミットを明確にしてから、会議を締める。
うん。今回も上手く出来た気がする。
「はい、お疲れ~。
楽しそうなことやるんだな。
先生も呼んでくれよな~w
よし、帰りのHRだ。軽く連絡事項な~。」
いつの間にか横に立っていた基藤先生に主導権を渡し、俺は宇都宮さんと頷きあって席に戻った。
ちょっとカッコつけてウインクしてみたけど、なんだか間抜けっぽかったかもしれないと反省してしまった。
しかし席に着いた宇都宮さんがその後、先生の話そっちのけで机に突っ伏してしまったのは、さすがに少し心配になった。
作者は『メギ〇72』というソシャゲが好きなのですが、
メインキャラはそのソシャゲのキャラを当てはめてイメージして書いてました。
世知:フォルネウス(金髪イケメン)
聖夜:フォカロル(地味にソフトマッチョだから)
由美:ブエル(少しロリすぎるかも)
亜里紗:ムルムル(グラマラスポニテ)
藍:ストラス(健康元気娘)
立夏:ネルガル(猫系ツインテ)
静流:マナナンガル(少しケバすぎかも)
まぁ、参考程度に……。