第8話●とっておきの唄
お口直しに、脳天気な聖夜くんをお届けします。
晩飯を終えて、鼻歌混じりでオレは自分の部屋に戻ってきた。
美味かった。非常に満足だ。
母ちゃんの作る回鍋肉は味が濃い。
だが、それがいい。
飯が何杯でも進む。
いやいやマジで。
自分でも機嫌がいいのがわかる。
このいい気分のまま、またランニングに行きたい衝動にさっきから襲われているが、食ったばかりで何kmも走るのはさすがにどうなんだ?って自分でも思う。
そしてもうひとりのオレが、オレに問いかけてくる。
ーーーあんな目に合ったのに、よくまた夜のランニングに行く気になるな。
うん。自分でもそう思う。
でもあれは、たまたまだ。
あんな不幸なことがそう何回もあってたまるか。
それにあんな目に合ったお陰で、今こんなに楽しい気持ちで日々送れることに気付いたわけで。
そんな気持ちで居られるなら、それは薔薇色の日々じゃないですか?
薔薇色の日々って言葉で思いついた。
そうだ! 腹がこなれるまでギターでも弾こう!
なんか更に楽しくなってきたオレは、押し入れからギターを取り出した。
なけなしのお年玉から購入した、
YAMAHA PACIFICA!
オレはヘッドホンをギターに差し込んだ。
え? バスケしか頭になかったんじゃないかって?
なんだろ、衝動買いだったんだよね。
突然ギター弾きたくなった!みたいな。
普段ほんとバスケか走るかしかやってなかったから、正直ギターの腕前なんて素人から毛が抜けたレベルだと思う。
初見でもオレより上手い奴なんて、吐いて捨ててリサイクルするほど居ると思う。
哀しいけど。
まぁたまにかき鳴らすとすんごくストレス解消になるし、気分いい時に弾き散らかすとこれまた更に気分が良くなる魔法のアイテム。それが!
YAMAHA PACIFICA!! (無駄に2回目)
お気に入りのアーティストの楽曲を口ずさみながら、オレはじゃんがじゃんがヤマハパシフィカをかき鳴らした。
ヘッドホン付けてるから近所迷惑にもならんだろ。
ーーーと、思っていたら、勢いよくふすまが開いた。
「お兄ちゃん、うるさい!!!」
めっちゃめちゃ怒り狂いながら、妹の立夏が怒鳴り込んできた。
オレが12月24日生まれで『聖夜』なら
妹は5月5日生まれで『立夏』である。
だから我々は、親父のネーミングセンスと行事の日にピンポイントで出産した母ちゃんが生んだ、奇跡の兄妹である。
いや、知らんけど。
「え? ヘッドホンしてるから
音漏れとかしてないだろ?」
「ち!が!う! お兄ちゃんのヘッタクソな歌が
私の部屋まで聴こえるの!!
ったく、声でかすぎだっつーの!
このクサレオンチが!!!」
立夏が可愛い顔を歪ませてまくし立てて来た。
いくら何でも、クサレオンチとか言い過ぎじゃね?
誰に似たのか、顔に似合わずほとばしる口の悪さだ。
「え?え? でも立夏、
いつもそんなに怒らないじゃん。。。」
いつもの立夏ならイヤミを言うことはあるものの、ここまで怒ることは記憶になかった。
「いま翔ちゃん来てんだから恥ずかしいんだよ!
いっつもわたしに恥かかせんなバカ!!」
立夏の後ろから、ひょこっと翔平君が顔を出した。
「あ、聖兄お邪魔してます~」
あぁー、彼氏来てたのね。
いやでもうち、さっき晩飯だったよね?
いつ来たの?
オレがヘッドホンで自分の世界に浸ってた時?
でもそんなデカい声、出してたかなぁ。
「ごめんね翔くん、恥ずかしいとこ見せて。」
「いえ! すごく楽しそうだな……
とは、思いました…」
なんか目をそらされた。
「ま、まぁ、ゆっくりしていってよ……。」
オレはギターを丁寧に仕舞って立ち上がった。
腹もだいぶこなれたし、ギターの気分も削がれたので走りに行くことにした。
「え、お兄ちゃん出かけるの?
アイス買ってきて! ヨーロピアンの!」
立夏はヨーロピアンのシュガーのコーンのアレ、好きだもんな。
「はいはい。気が向いたらな。
じゃ、お兄ちゃん着替えるから出てってくれな。
翔くん、立夏をよろしくね。」
「えっちょっと!なにそれ!
むしろわたしが翔ちゃんを…」
まだ立夏が話していたが、オレはふすまを閉めた。
くっそ。怒っていても、妹は可愛い。
はいはい、シスコンで悪いか馬鹿野郎。
オレは苦笑しながらインナーを機能性シャツに着替えて、ナイロンパーカーを羽織った。
1階に降りて、親父と母ちゃんに声をかける。
「ちょっと走ってくるわー。」
どたどたと親父が玄関まで見送りに来てくれた。
「聖夜、気をつけるんだぞ!」
ランニングシューズを履きながら返答する。
「ん。ありがと。なんかあったら連絡する。」
オレは家を出た。
Bluetoothのイヤホンを耳にはめて、スマホを操作する。
「っし。」
軽いストレッチのあと、目の前の階段を登り始めた。
我が家は土手沿いにあるので、玄関を出るとほぼ目の前に土手の斜面がある。
オレは階段を登りきり、土手の上に続いている遊歩道へ出た。
軽くぴょんぴょん真上に何回か跳ねたあと、さっきの曲の続きを口ずさみながら走り出した。
今日は月が出ている。
雨の心配はなさそうだ。
やがて軽快なリズムを刻む両足とシンクロし始め、心地よい埋没感が身体全体を包み込みはじめる。
ーーーやっぱ、走るのは気持ちがいい!
規則的に息を吐き出しながら、オレは真正面を見据えて走り続けた。
イヤホンからは、よく星とか宇宙とかの歌を唄うお気に入りのバンドの楽曲が流れている。
ああー、この曲やっぱ好きだなぁ。
さっきギターを弾きながら歌った曲だ。
妹の彼氏に聴かれてしまったけれども…………。
立夏と翔くんは、小中と同じ学校だったが一度も同じクラスにはなったことがないと聞いてる。
しかし立夏が中一の時、昨年の夏休みに塾の夏期講習でふたり一緒になったことがきっかけで、今年の始めあたりから付き合い始めたらしい。
まだ2人が付き合う前から、ちょいちょい我が家に来ていて、オレも混じって某ブラとか一緒にゲームして遊んだりしていたので、今ではすっかりオレも翔くんとは仲良しさんだ。
いやでも、中1で付き合うとか、早くね?
いや、早くないか。
オレのクラスにもいたよな。リア充が。
去年とかなんとも思わなかったのになぁー!
今では結構なレベルで彼女が欲しい。
これからは楽しく生きたい!と思ったら、彼女の存在は当然、その道の延長線上にある。
きっと彼女がいたら、毎日がもっと楽しくなる!
これは太陽が東から昇ることが当たり前のように、永久不変で当然の摂理なのだ。
だから彼女を作って、いろんなことをしてみたい。
放課後に制服デートとかしてみたいし、
RAINで寝落ち通話とかもしてみたい。
休みの日は映画とか一緒に見てみたいし、
クリスマスとかにはプレゼントを贈りあったりとかすごくしてみたい!
「ーーーー。」
自分の空想てか妄想に軽く引いた。
でも、立夏とか見てたら、我が妹ながら、正直、恋人がいる事が、、
ーーーすごくうらやましい!!!
オレはワークアウトするために、遊歩道沿いにたまにあるベンチを見つけて腰掛けた。
まだ4月の少しひんやりした風が心地よかった。
そう、まだ4月。
今から彼女を作れば、オレの高校生ライフは薔薇色になる!
そこでふと気付いた。
自分の人見知りの性格を!
まだ同じクラスの女子とは、ほとんど挨拶くらいしか話したことがない……。
「んんーー。」
思わず息が漏れてしまったが、やはりオレが女子と親密になるのはなかなかハードルが高いように思えてきた。
ではもうすでにある程度会話出来る女子と……
「まだ3人しかいなかったわ。」
まず真っ先に頭に浮かんだのは、藍だ。
明るく健康的で親しみやすく、いつも笑顔ではしゃいでいて、落ち込んだり泣いたりしていたところを見た記憶がない。一見大雑把に見えても気配りや気遣いがこまめに出来ていて、人間としても尊敬している。
170cmと背が高いことを気にしてるみたいだが、180cmあるオレとならバランス取れるし、バレーボールで鍛え上げられたスタイルと、モデルみたいなルックスは中学の頃から校内外で男女問わず人気だった。
藍と一緒に過ごしていると、とにかく気を遣わない。下手な男友達よりリラックス出来るし、ふざけあったりじゃれあったり、軽口叩きあったりムキになって言い合いしたり、どちらかと言えばノリは小中学生に近いかもしれない。
中坊の頃からお互い部活動一辺倒だったし、お互い熱血なところがある点もウマが合った。
確かに2人でいるところを冷やかされたり噂されたりしたこともあったと思う。忘れたけど。
でも、そういうのに当時興味なかったのもあるが、なんていうかほんと『友達』だったので、全然そんな気持ちにならなかったし、それは今も変わらない。
いざ高校生になったからといって、中学時代とはまた違う男女の仲として隣に居られるのか、と自問自答してみたが、やはり前回と結果は同じく、そんな自分の姿が想像出来なかった。
「見た目は、悪くないんだがなーーー」
何様目線なのか不明だが、オレの中で『藍』の選択肢が消えた。
次に思いついたのが、亜里紗だった。
彼女も藍と同じく中学からの仲だが、1年の頃からすでに亜里紗のキャラは確立していた。
腰まで伸びた美しい黒髪をポニーテールで結わえた端正なルックスはもとより、合気道の有段者独特の風格と他を寄せ付けない凛としたオーラが、クールビューティな雰囲気を醸造し、彼女に憧れる男子が後を絶たなかった。
少々、家の事情が複雑なせいもあるかもしれないが、モラル面、マナー面においても周りのみんなと比較して抜きん出ており、まさに歩く常識家というべきその人間性はこれまた尊敬に値するものだった。
しかし、口調からしてわかる通り、頭が固く融通の効かない頑固な性格と、自他に厳しく妥協を許さないストイックな内面は、助かることもあり、息苦しさを感じることもあった。
もっと噛み砕いて言うと、彼女と一緒にいると、普段気にかけていないことや忘れていたことも、ちゃんとしないといけないというか、そのしっかりした内面に頼ってしまうこともあれば、なんとも言えない圧迫感を感じることもそれなりにあったということだ。
「うん。ないな。」
もし亜里紗と付き合ったならば、いい加減なオレは指摘注意ダメ出しコンボで息が詰まって、きっと窒息死してしまうだろう。
意味不明の上から目線で、『亜里紗』の選択肢も消えた。
そして、オレが1組で、会話出来る3人の女子の最後の1人……
辻倉さんを思い浮かべた。
藍や亜里紗のように、自分の足でしっかり立って横に並ぶようなタイプとはまた一線を画した、我が道を往くのではなくこちらに歩幅を合わせてくれるような。
自分が前に出るのではなく、一歩引いて男子の庇護欲を掻き立てるような。
こちらを決して馬鹿にしたりたしなめたりせずに、同じ目線に立って一緒に笑ってくれるような。
飽くまでも勝手なイメージなのだが、辻倉さんにはそんな印象を持っている。
そこ、童貞キモっ! とか言わないでね。泣くから。
しかも見た目とか、たぶん150cmちょいくらいしかないんじゃね? 高タッパの女子としかつるんだことなかったから、ほんと会話してて目線の高低差が新鮮だった!
てか、あの髪型、セミショートっていうの?
耳が隠れてあごまでの長さのやつ!
清楚ギャル!て感じで、正直自分でもビックリするくらいストライクだった!!
目もパッチリでちょい垂れててぐりぐり動いて、もう、とにかく可愛い!!てのが第一印象だった。
繰り返すけど本音言ってマジで可愛い!って最初思ったけど、まぁ思っただけだったんだよね。
緋月いるし。
とか思ってたら付き合い長いだけで付き合ってるわけじゃないとか!
いや、文面にするとすげえ矛盾感じるけど。
あぁ~
辻倉さんと付き合えたらいいな~
付き合えたら楽しいだろうなぁ~
いやまず仲良くなることから始めないと、なんですよね……。
会話出来る3人の中にカウントしちゃったけど、同中の藍や亜里紗と違って出会ったばっかだしほんとはまだ全然普通に会話出来ないしなんならオレ挙動不審になるし!
明日頑張って挨拶から始めてみようかな。
いやでもな~
ーーなんだか無限ループにはまりそうな気がしたので、オレは思考を中断して再び走り始めた。
あ。帰りにヨーロピアンのやつ、買って帰らないとだった。
オレはコンビニに寄るために、遊歩道から外れて土手を降りていった。
全16話構成予定なので、今回でちょうど折り返しました。