幕間⑥-1:正しいかどうかなんて事よりも、あなたのいる世界が笑ってほしい
幕間ラストはやはりというかなんと言うか
こちらも墓参りの回で端折ってしまった心情とか
他にもどうしても外せない色々があって
世知くんのメイン回になります。
「またか」とかお思いかもしれませんが申し訳ない。
作者は"せし×あり"が大好きなんですよw
ここまで自分の癖を詰め込めたカップルって
なかなかなかったんですもんw
高校生になって、視界が拡がって、
世界の見え方が変わった。
好きなこと。嫌いなこと。
得意なもの。苦手なもの。
かつて病弱だった頃は
目に映るものすべてがどうでも良かったし
他人が何を考えてどうしてるかとかも
まったく興味なかった。
でも今では、
自分が食べ物ではきのこピザや味噌ラーメン、あとオムライスが好きだということに気づけたし、
ギターを奏でたり歌ったりする楽しさというものを知ることが出来た。
いまだに体力はなかなか付かないものの、健康になった自分は思ったよりも身体を動かすことが大好きだということを自覚出来た。
それだけでなく、
わさびみたいにツンと辛いものが思ったより苦手だったり、
色的には黒や赤といった色があまり好かなかったり(白や青のような寒色系が好き)、
自分と接点があまりない人物のことなんか死ぬほどどうでもいいって思ってしまうのはやっぱり変わらなかったり、
自分のことなのに日々新しい発見があって本当に毎日が新鮮で楽しい。
しかしながらいくら健康になったからとはいえ、ただ無条件に能天気に楽しい楽しい思える訳でもなく。
俺にとってこの世界で色々な感情や体験を、共に分かち合える、心から大事で大切で大好きな存在がいるから。
だから俺にとっては毎日が素晴らしく感じるのだろうって強く思っている。
「――――――っ!!???」
突然、背後から誰かの手によって視界が塞がれ、真っ暗な世界に放り出された。
「―――だーれだ「亜里紗。」
問いかけが終わる前に答えながら、俺は目を塞いでいた手を優しく外し、大好きな彼女に振り向いた。
すると亜里紗が弾けんばかりの笑顔で俺の両手を握り返してきた。
「世知おはようっ! ふふっ。待ったか?」
「えっとね、30分くらい?」
「……は? わ、私、これでも約束の時間より
早く着いたはずだぞ??」
「ははっ、うそうそごめんね(笑)」
からかった事を謝りながら俺は彼女の手に引かれて駅構内へ歩み始めた。
「と言うか、出かけるのに待ち合わせとか
珍しいよね? 新鮮でたまにはいいけど。」
「いや、ちょっと知り合い、が、待ち合わせが
ときめくとか楽しいとか
言ってたのを思い出して……。」
だいたい2人で出かける時は、俺がかなり早く家を出て、宇都宮家まで亜里紗を迎えに行くパターンだ。
と、言うのは、学校に行く時は毎朝、亜里紗が自身の家から学校よりも遠い俺の家まで、朝が弱い俺を迎えに来てくれて一緒に登校するパターンになっていたので、せめてオフのデートの時くらいは、と、俺が勝手にそう決めていた。
それなのに今日に限って「駅前で待ち合わせたい!」と切り出された時は本当に何事かと思った。
最初は俺の誕生日がからんでるからかなとか思っていた。
でも今、他の誰かがそうしてたとか聞いたりした影響って言っていたけど、、、、
―――俺たちの他にクラスで付き合ってる男女なんていたっけか?
(他人に興味なさすぎてまったく把握していない←)
「よしっ! では行くか!!」
男前な彼女に思い切り手を引かれて、俺たちは改札を通った。
「ははっ。今日はどこに
連れてってくれるつもりなの?」
「それは着いてからのお楽しみだ!
と言うか世知、Suikaの残金は大丈夫か?」
「あ、俺だいたい5000円切らないようにしてる。」
「なら問題ないな!
あ、交通費以外は私持ちだから!」
「えっいやっ、そんなわけには「ダメだ!」
「いかな「世知の誕生日を祝わせてくれっ!!」
「…………。うーん、、、
実際、誕生日は明日なんだけどなぁ。
でも、うん。わかった。素直に甘えるね。」
「ふふっ!ありがとう世知っ!!」
今日はいつもよりもRAINみたく会話でも「!」が多いな、とか思っていたら、1番線に水色ラインの電車が来たので、俺たちは手を繋いでそれに乗り込んだ。
2人うとうとしつつ もたれあいながら、電車に揺られて1時間半。
都内をそのまま突っ切って、更に南の神奈川県に突入した。
遠足の鎌倉だったり、海水浴の逗子だったり、地味に遠出の行先は神奈川県内が多いかもしれない。
「着いた!この駅だ! よし世知、降りよう!」
「あっ、うん。」
彼女に言われるまま、手を引かれて電車を降りる。
「……石川町?」
「そうだ、横浜だぞ!」
横浜かぁ。初めて来た。
でも、横浜駅ではなくて、その先のここから1個前や2個前の駅とかの桜木町とか関内とかは聞いた事あるんだけどそこでもなくて、石川町って意識した事ないからだろうけど、初めて聞いた気がするな。
いったいなにがあるんだろう。
そんなことをぼんやりと思っていたけれど、俺の手を引いてぐいぐい進んでいく彼女の水色のノースリーブのワンピースが風に揺れて、だんだんどうでも良くなって来た。
「いい天気で良かった。」
「うん! 風も気持ちいいな!」
「ちょっと海の匂いする気がする。近いのかな?」
「なんだ世知、本当に知らないんだなっ!」
そんな他愛のない会話をしたり、2人であいにょんを歌ってたりしながら歩いていると、どうやら目的地に着いたらしい。
「……わあっ!」
そこは海辺がのぞめる高台になっていて、向こうに海と港と、そしてとても大きな大きな橋が見えた。
「ここが、港が見える丘公園だ!」
「へぇ! すごい! 本当に見えるね!!」
眩しい緑の向こう側に大きなベイブリッジがそびえており、その先に水平線が見えて、俺はその景色の良さに目を細めた。
「……ここのバラ園が綺麗らしくて、
少し興味あったんだ。
と言うか、世知の誕生日デートだと言うのに、
私の来たかった場所で申し訳ない……。」
「そんなことないよ。」
「えっ?」
ちょっと申し訳なさそうになった彼女に笑顔を返す。
「素敵な贈り物だと思うよ?
大好きな彼女が喜んでる顔が見れて、
俺はとても嬉しいからね「ばかっ!」
今日も俺の彼女の照れながらの肘打ちが脇腹に炸裂したが、いつものように痛くないふりをした。
そんなこんなで公園内を軽く散策したり、手を繋いでバラ園を回ったりした後、俺たちは北に向い中華街へと入った。
待ち合わせが俺たちにしては早い8時だったので、石川町に着いた時は9時半頃だったのだが、気付くと今の時刻はもうお昼前になっていた。
「えっ……!! この門、かっこいい……。」
「私も中華街は初めて来たが、なんというか、
テンション上がるなっ!!」
楽しそうにはしゃぐ亜里紗が可愛い。
近場や地元で普通に2人で過ごすのもとても楽しいのだが、こうして遠出して少し特別なデートというのもとても感慨深い。
きっと、横にいるのが他の人じゃ、こうは思えないんだろうな。
「えっと、どこかお店入るの?」
何となしに亜里紗に尋ねてみる。
「いやっ、色んなものをちょっとずつ買い食いして
食べ歩きしてみたいと思ってて!」
「それいいね! 俺、食細いから、
食べたいものを食べれるだけ食べたい!」
「ふふっ。決まりだな!」
そう言い終わる前に彼女はくるっと後ろを向いたかと思うと、背後のお店に並び始めた。
―――決め打ちしてたんだ……。
俺もにこにこしながら亜里紗に続いて、一緒に列に並ぶ。
「まずはここの"ちまき"をいただくって
決めてたんだ!」
「へぇ。なんか中華街っぽい。旨そう。」
「ふふっ! 調べたらとても美味らしくてな!」
彼女と楽しく雑談しつつ数分ほど並んで、俺たちは"ちまき"をそれぞれ1個ずつ購入した。(お代は亜里紗が払うって聞かなかった)
「ほら、世知も。」
「うん、ありがとう。」
マナー違反な"歩き食べ"にならないように、道の端に寄って、2人同時に包みを剥がしてかぶりついてみた。
「…………えっ! うまっっ!!」
「ふふふふっ! 世知でもそんな大きな声が
出るんだな。」
笹の葉に覆われた三角の包みを丁寧に外し、中にくるまれていた豚の角煮や椎茸がまぶされたおこわを口に運ぶと、得も言われぬジューシーさが口いっぱいに広がった。
「これは、ホント美味しいよ……!」
「うん! 出来たてなのがまた格別だなっ!」
もともとそんなに食に執着しているほうではないのだが、一気に食欲が加速し始めた。
ちまきだけじゃなくて他にも事前に軽くリサーチしていたんだろうな。
亜里紗が次々と選ぶ、小籠包や豚まん、北京ダックの巻いたやつなど、どれも非常に満足度の高い、素晴らしい味だった。
「…………いや、どれも本当に美味しかった……。
俺、中華街も初めてだけど、こんなふうに
花火の屋台以外で食べ歩きするのも初めてでさ。」
「今日も世知の"初めて"を頂けたな!
ふふっ、ご馳走様!」
そう言いながら、亜里紗は俺の食べ終わった包みを手に取って、お店の横のゴミ入れへと片付けてくれた。
「ほどよくお腹もふくれたところで、次に行こう!」
「OK!」
再び彼女に手を引かれて、俺たちはデートを再開した。
「またちょっと歩くんだが、疲れたら言ってくれ。
腹ごなしにはちょうどいいとは思うんだが……。」
亜里紗が俺を気遣ってくれる。
「大丈夫だよ。亜里紗に言われた通り
歩きやすいスニーカー履いて来たからね。」
言いながら俺は自身の足元に視線を落とした。
「ナイクは履いててほとんど疲れないもんな!
それだけじゃなくて、今日も暑いから、
しっかり暑さ対策しながら行こう!」
そう言って亜里紗は日傘を取り出した。
そして傘を開いて俺もその中に入れてくれた。
「ははっ。相合傘だね。」
「……!! そ、そうだな……。
そういえば、初相合傘、だな………………。」
「……うん。言われてみればそうだね。」
今更ながら少し照れて、ほんのり赤くなっている彼女に、俺は笑顔で言葉を返した。
その後も山下公園のマリーナタワーに昇ったり、赤レンガ倉庫の中をウインドウショッピングしたりと、亜里紗が考えてくれたデートコースは、充分過ぎるほど満足出来るものだった。
特にこの赤レンガ倉庫は、本当に知らなかったんだけど、初めはなんか文化財建築物みたいなもんかと思っていたら、中にお店がいっぱい入った商業施設だったことにびっくりした。
明日から9月とは言え、まだまだ真夏のような外気の中を歩いていたので、この赤レンガ倉庫内のお店で軽くお茶を飲みながら小休止を取ることになった。
「世知、今日はずっとにこにこしてる!
楽しんでくれてるみたいで、私も嬉しい!」
「いや、本当の本当に楽しい……。
夏休みの最後にこんな楽しい気持ちにさせてくれて
本当にありがとうね、亜里紗。」
「ふふっ。まだ私のプランは
半分以上残っているぞ!?」
「ホント? んじゃ、俺めっちゃ期待しちゃう!」
「もちろん! ぜひぜひ乞うご期待だっ!!
……あっ、ごめん世知。
ちょっと、お色直しさせてくれ……。」
「ん。ごゆっくり。」
楽しく談笑してお茶を飲み終えた俺たちだったが、次の目的地に向かう前に、亜里紗がお花をつみに席を外した。
今回は飲食店の中なので、さすがに待っている間にレイクシティの時みたく、よくわからない奴に絡まれたりとかはないだろう。
「………………。」
窓際の席だったので、お店の外を行き交う人になんとなく目をやる。
すると、何人かの通行人と目が合ったりする。
その殆どは女性からなのだが。
目が合う合わないに関わらず、俺は女性からの視線を集めやすいらしい。
鈍いというか、他人に無関心な俺でもさすがにそれくらいはわかってしまう。
自分の容姿が優れているとかそう思っている訳ではないのだが、どうやらそういった女性が好む外見という点では、他の男性よりもほんの少しだけ恵まれているのかもしれない。
とは言っても、そもそも自分ではそれがよくわからないし、自覚もまったくないのだが。
仮に。仮に俺がそれなりに女性から比較的好まれる容姿だとしよう。
しかしだからと言って、自分に好意を向けられたからといって、よく知りもしない異性とお近付きになりたいなど微塵にも思えない。
何の意味もないし何の興味もない。
俺には亜里紗がいればそれでいい。
他の女性なんてまったく目に入らない。
そうは言っても、由美や藍さんが相手ならば、異性でも友人として楽しく過ごしたり仲良く絡んだりしたい気持ちは持っている。
異性の前に、俺の大事な友人だし。
他にも、進藤会長や藤田先輩みたいに、友人というよりも、生徒会や音楽といった共通のもので繋がっている"仲間"であれば、例え異性だろうが同性だろうが俺にとっては大切な人たちだったりするし、一緒に過ごしたいって思える。
(要は、自分の中のカテゴリー分け、なのかな?)
今、なんとなくそう思った。
異性だけでなく、俺には同性でも"親友"と呼びたいくらい大事な友人がいる。
いや、簡単に"友人"と呼んでいいものかどうか。
俺は、彼からとても返しきれないくらいの大きな恩がある。
彼がいたから今の自分がいるわけだし、彼のお陰で俺はこうして日々幸せに過ごすことが出来ていると思っている。
だからいつか、もし聖夜が何かで困っていて、俺が彼のために出来ることがあるとすれば、どんなことだってやるつもりだ。
そう思うくらい、俺にとっては聖夜の事を大事な友人だと思っている、のだけれど、、、
「―――コーヒーのお代わりはいかがですか?」
「えっ」
頬杖をついて、ぼーっと窓の外を眺めながら物思いに耽っていたところを、ウェイトレスさんに声をかけられた。
振り向くと、ポットを手にした少し落ち着いた雰囲気のお姉さんが小首をかしげてはにかみながら立っていた。
―――またか。
「……いえ。大丈夫です。」
ここの喫茶店、お代わり自由のサービスは実施していないはずなのだが……。
無表情でにべもなく答えて、俺は再び窓の外へ視線を戻した。
「…………ごゆっくりどうぞ。」
少しだけしゅんとした空気をまとわせながら、ウェイトレスが席から離れて行った。
俺の自意識過剰なだけならまだいい。俺が痛い奴って思われて済むだけだから他に被害はない。
とは言っても、異性から好意を向けられることに対して、正直悪い気はしない。俺だって人間だし。
そういったことに感謝して、表面だけでも取り繕って応対するのが礼儀だと、この間まで思っていた。
しかし夏休み前、俺が他クラスの女子に声をかけられた時に、愛想良く相手をしていたら、それを見た亜里紗が烈火のごとく激怒した。
『おい世知! いま話してた女たちは誰だ?!
私の知らないところで、仲の良い女が
何人かいるのか?』
あまりの亜里紗の剣幕に、俺に挨拶してきた隣のクラスと思われる女子数人は逃げ出してしまった。
別に男女関係なく、表面上は誰とでも仲良くしてれば何事も上手く行くのではないか。
普段からそんなことを思っていた俺は、彼女のご立腹な様子にちょっと面食らってしまった。
『いや、名前とかわからないけど、
挨拶されたから。』
『世知がなんとも思っていなくても、
あいつらは私の彼氏を狙ってた!
きっとそうだ!!
世知も世知だ! よく知らない奴にまで
愛想良くすることないだろう!!!』
俺はたいして気にしてなかったけど、俺に話しかけてきた女子がそんなにそういう空気を出していたのだろうか。
まぁそれは置いといても、受け身だった俺まで責められるのはどうなんだろう。
さすがにカチンと来てしまった。
『だからさ! ただ挨拶されただけだし
俺もそれに返事しただけだし
そんなに怒ることないでしょ!』
『いやっ! 目が違う!向こうの目が違った!
向こうが絶対に特別な感情を!
好意を持ってる目だったっ!!』
お互い頭に血が上って口論になってしまったが、藍さんの仲介のお陰で事なきを得た。
もともと亜里紗は嫉妬深いところがあると認識していたのだが、俺が亜里紗以外の女性とどうにかなるはずがない。
まさかとは思うが、俺が他の女性になびくとでも亜里紗は思っているのだろうか。
その時はそんなことを思っていたのを覚えている。
「―――お待たせ世知!
時間がかかってしまってすまない……。」
亜里紗が戻ってきた。
「いや、それは大丈夫だけど。」
「ちょっとおばあさんから赤レンガ内の行きたい
お店がみつからなくて困っていると
声をかけられてな。
案内していたら遅くなってしまった。
本当に申し訳ない……。」
ふふっ。
取っ付きにくそうな雰囲気で少し損してても、本当に心優しい亜里紗らしくて、思わず微笑んでしまった。
「いやホント大丈夫。お陰でゆっくり休めたし。」
「ありがとう世知! そう言って貰えると助かる…。
ではそろそろ行こうか!」
「うん。」
俺は席から立ち上がって伝票を探した。
「あ、お会計はもう済んでるから。」
「……………………。」
愛らしいドヤ顔で亜里紗が俺の手を引いて店を出た。
―――本当に、こういうとこ男前だよな。
どっちが彼氏かわかりゃしない……。
「ちょっと海沿いを歩こう。」
外に出てからも、引き続き亜里紗が俺の手を引く。
俺はそんな彼女の横顔をちらりと見た。
控えめに言って、大好きだ。
俺のすべて、と言ってもいい。
今ならわかる。
自分の1番大事な存在に、異性が無秩序に近づくことがどれほど不快なことか。
あの怒られて口論になった日の夜、俺なりに考えてみた。
逆の立場だったらどうだったのだろう、と。
亜里紗の周りによく知らない男が何人も近づいて下心ありありで話しかけてきたら。
そして、亜里紗自身もそんな奴らに愛想笑いで対応していたら。
軽く想像しただけで、自分の血が沸騰するかと思った。
亜里紗は自身の内面における"内"と"外"がはっきりしており、親しくない者に対しては男女関係なく非常に塩対応に徹していて、先に想像したような俺が不快な思いをする状況はまず起こらなかった。
ところが俺のほうはと言うと、より良い人間関係とかいうおためごかしで、有象無象に愛想を振りまいていた訳だ。
誰よりも愛する亜里紗に不快な思いをさせてまで。
先ほど自分の言葉で"カテゴリー分け"という言葉が出てきたが、俺に欠けていたのは正にそれだったのだろう。
彼女を不快にさせてまで構築する薄っぺらい人間関係に、いったいどれほどの価値があるのか。そういう思考に至った。
人間社会を生きる上では、正解ではないのだろう。
それでも、俺は亜里紗とは"対等"でいたい。
亜里紗が俺に対して、誠実に全力で愛を注いでくれるならば、俺も彼女と同様に亜里紗に対してだけに誠実であるべきなのだろう。
それが、"対等"なのではないだろうか。
自分は周りからは『王子』なんて呼ばれていたが、どうでもいい人間からどう思われようが問題ないのではないか。
その結論に至って、非常に楽になった気がした。
聖夜が所属している風紀委員の委員長だという東堂先輩が、俺に好意を向けているのではないだろうかと、HEATHでのライブの後になんとなく思い始めた。
勘違いだったらだったで別に構わない。
さすがに聖夜の先輩ということで、あからさまにぞんざいに扱うわけには行かなかったが、それでも俺にとってはどうでもいい存在だった。
なにより先輩に愛想を振り撒くことで、亜里紗に誠実で居られなくなるのは、俺としては避けたい事態であった。
これが正に"カテゴリー分け"というやつなのかもしれない。
逗子海岸での海水浴の時など、俺は徹底して先輩を視界に入れずにひたすら思うままに亜里紗を優先していたのだが……。
―――どうやら、
事態はそんなに単純ではなかったらしい。
由美と藍さんが、聖夜に好意を持ってるのは知っている。
その聖夜が、東堂先輩と男女的に仲良くならない為の防波堤的な意味で、由美や藍さんだけでなく、なんと亜里紗まで先輩の俺に対する好意を許容していたのは正直驚いた。
しかし女性陣全員の思惑もわからなくもないが、俺には俺の気持ちがあり、想いがある。
亜里紗まで巻き込んでいたのは正直ムッとしたが、俺は俺で好きにするし、変わらず亜里紗最優先で行くから何も問題ないだろう。
そんな風に割り切ってここ最近過ごしていたが、どうやら俺たちが思っているより事態は深刻で複雑なようだ。
まだ確証はないのだが、俺としては由美や藍さんには本当に申し訳なく思っているが、"親友"である聖夜の気持ちを最優先に考えていきたいと思っている―――
「……えっ、ゆ、遊園地もあるの??」
海沿いを道なりに亜里紗に連れられてたどり着いた場所に、俺はびっくりしてしまった。
デジタル時計のついた大きな観覧車は遠くから見えていたが、まさかそのふもとに沢山のアトラクションまであるとは思わなかったのだ。
「確かにこの観覧車は有名だものな。
でもジェットコースターもあるんだぞ。」
「え、あ、ほんとだ……。って、わっ!!?」
と、俺が言い終わる前に、大きなデジタル時計が付いた観覧車に絡みつくように走っていたジェットコースターが、一気に池の中に飛び込み、大きな水しぶきをあげた。
「ふふふっ。私もこれには乗ったことないんだが、
とても楽しそうだな。」
俺の手を握りながら彼女がとても楽しそうに微笑んだ。
正直、俺は遊園地とかディズリーくらいしか行ったことなくて、コースター系も〇〇マウンテンとかしか乗ったことがない。
特にあの頂上から滝に乗って一気に滑り降りる奴は個人的に少し怖かったし、知らない間に写真をサービスで撮られていたことにもびっくりした。(今もその写真は部屋に飾ってある)
機関車の奴とか宇宙の奴とかは割と平気だったけど、これはきっとそれらとは比べ物にならないだろう。
「まぁとりあえず、観覧車やコースターは
後に回すとして、日が暮れ始めて混む前に
ランドマーキングタワーに登ろうって思ってる。」
「!!!!」
ランドマーキングタワー……!
横浜に着いてからはどこにいても目に入るあの超高層ビルか!
さきほどマリーナタワーに2人で登ったけれども、その展望台から見ても、ランドマーキングタワーのほうが遥かに高かった。
検索して調べてみると、マリーナタワーは高さ100m程度なのに対して、ランドマーキングタワーは300m近い高さらしい…………。
「少し屋内で涼みたいのもあるしな。
もう4時とは言え、まだまだ外は暑いものな。」
「なるほど……。亜里紗のプランは完璧だね。」
「えっちょっ、いやっ、そんなことはない……。
と言うか、世知は高いとこ平気だよな?」
俺の返答に少し照れた彼女が、照れ隠しに話題をちょっとだけずらしてきた。
「あっ、うん。たぶん平気……かな?
俺、高い建物ってさっきのマリーナタワーくらいしか
登ったことなかったけど怖くなかったし。」
「それなら良かった! 今日は天気も良いし、
きっと遠くまで見えるぞ!!」
そう言って彼女は俺の手を引いて、青になった横断歩道を渡った。
ペンギンみたいな外観のアウターコンチネンタルホテルの横から、3段階のフォルムが美しいクイーンズスクエアの中を抜けて、俺たちはランドマーキングタワーの屋内にたどり着いた。
「はい。世知、チケット!」
「あっ、ありがとう……。
なんか、ほんとありがとう。」
亜里紗から展望台のチケットを渡されて、俺たちはエレベーターの順番待ちの列に並び始めた。
しかし、いくら誕生日デートとは言え、ここまで彼女にすべて払ってもらうのはどうなんだろう……。
(電車代は別として、だが。)
―――ま、亜里紗の誕生日に俺が頑張ればいいか。
そんなことを思ったその時―――
「あっ、あのっ! ……世知君、ですよね?」
「……!?」
声をかけられて振り向くと、俺に呼びかけてきたのはどうやら後ろに並んでいた女性2人組のどちらかのようだった。
ちなみに、どちらもまったく初めて見る顔で、頭の中が『?』で埋め尽くされて、思わず戸惑ってしまった。
「……えっと??」
「あっ!! 亜里紗ちゃんだ!!
ねぇちょっと!亜里紗ちゃんもいる!!」
俺に落ち度は1mmもないと思うのだが、亜里紗にどう説明すれば……と悩み始めたところで、2人組のもう1人が今度は彼女の名を呼んだ。
「……どこかでお会いしたこと、ありましたか?」
亜里紗も困惑しながら身構えた。
「あっ、いやっ!違うんです!
私たち、YouCube観てて!!」
「そうそう!Alshainの世知くんと
亜里紗ちゃんですよね???
わたしたち、めっちゃファンなんです!!!」
「「えっ!!!???」」
マジか。
いや、これには本当にびっくりした。
確かに俺たち健陽高生徒会メンバーで構成された、Bird of Alshainというバンドで音楽活動しているが、実際インディーズと呼ぶのもおこがましい趣味レベルの活動しかしていない。
俺と亜里紗が加入して初のLIVEは地元で演ったものを朱禅寺先輩が動画をネットにアップしてあるけど、そんな個人の趣味レベルの動画なんてごまんとあるだろうし、こんな県外でそれ見ました!みたいに声かけられるなんてとても信じられない。
「やっば私まじテンションあがる!!!」
「あっ、あのっ!握手いいですか?!」
「てかてかまじ美形!!!2人ともやばい美形!!!」
「一緒に写真撮っちゃだめですかね!!????」
テンション爆上がりの2人に圧倒された俺と亜里紗は顔を見合わせた。
「……ま、まぁ、
私たちは芸能人というわけではないからな、
悪用しないなら、私は構わないが……。」
「いやダメでしょ。」
OK出そうとした亜里紗を慌てて制止する。
「アハハ~、やっぱそうですよね~。。。」
「こちらこそごめんなさい……。」
「いやっ、こちらこそ申し訳ない!」
済まなそうに笑う2人組に亜里紗がフォローに入った。
そして一歩引いた俺に振り向いた。
「世知、せっかく声をかけてくれたんだ。
今日の記念に写真くらいいいだろう?」
「…………。」
なぜか3対1の構図になった。
俺としては何か問題が起きたらと思うと、本当に気乗りしないのだが。
「んー。亜里紗がそこまで言うなら、、、」
「えっ、いいんですか!!?」
「嬉しいありがとうございます!!」
俺が了承すると2人組はとても嬉しそうに顔を輝かせた。
『おい緋月ぃ! あのLIVEの動画!
再生回数5万回行ったぞ!!
やべぇよな!!!!!』
そういえば今月頭に江元先輩が嬉しそうに言ってたのを今思い出した。
よく知らない俺でもそれが結構すごいことなんだろうなってことはなんとなくわかった。
その動画が切っ掛けでHEATHのオーナーの伝で、大宮と赤羽のライブハウスでも演奏する事になったりもした。(進藤先輩と江元先輩は受験生なので準備期間の関係でほぼ同じセトリだったけれども。)
Alshainで音楽を演るのは大好きだけど、『来てくれたみんなのために!』って気持ちがあるわけでもなく、ただ亜里紗や先輩たちと一緒に奏でるのが大好きって気持ちのほうがとても強くて、その結果来てくれた人たちが楽しい気持ちになってくれるなら、それはそれで『よかったね』って思うくらいでしかない。
だからなのか、こうして遠い地で『演奏の動画見ました!』って言われても、いまいちピンと来てないのかもしれない。
「次はいつライブやるんですか?
今度は絶対観に行きたくて!!」
「うーん。先輩2人が受験生だから、
当分は予定はないんだ。申し訳ない。」
亜里紗が済まなそうに答えている。
「あ」
ふと思い出した。
「どうした? 世知。」
「いや、文化祭で演ると思う。」
あ、しまった。
余計な事言った気がする。
亜里紗の顔を見てそれを確信した。
「えっ?えっ?文化祭???」
「チケットあれば一般でも入れますよね???」
「あ~~」
万が一、SNSとかでそういった情報が拡散されてしまったら、もしかしたら混乱する状況になってしまうかもしれない。
自分たちの知名度を考えたらそんな心配などまったくする必要がないのかもしれないが、だからと言って生徒会役員自身がそんなリスクを考えていなかったのは失態ではないだろうか。
どう誤魔化そうかと考えながら思わず言葉を濁した。
と、その時タイミング良くエレベーターの順番が来た。
更に都合のいい事に、俺と亜里紗の番でちょうど定員になった。
流れに乗って、列の最後方でエレベーターに乗り込む。
「まぁ、ホームページ見て下さい。それじゃ。」
「声掛けてくれてありがとう! 嬉しかった!!」
「あっ、はい!」
「絶対観に行きますね!!」
つれない俺と対照的に、亜里紗はしっかりと2人組にお礼を伝えたところで、エレベーターの扉が閉じた。
なんか更に面倒臭い事になりそうだったけど、上手く切り上げることが出来て良かった。
でも、進藤会長や江元先輩に後日相談したほうがいいのかもしれない……。
そんなことを思いながら、亜里紗の手を握りつつ正面のドアの方に向き直った。
「―――!!!???」
上昇し始めたエレベーター内の階層表示が凄まじい速度でカウントアップしていた。思わず亜里紗の右手を握る左手に力が入った。
「え?え?なにこのエレベーター!
速くないか!!??」
「私もびっくりしてるが、下りはもっと速いらしい。」
「は? え? え??」
「ふふっ。下りは世界最速だそうだ。」
「せっ、世界一!!??」
マジか。
なんか経験したことのないGというか圧力?を感じる。
とか思っていたらもう展望デッキのフロアに到着した。
「――――――――………………!!!!!!」
言葉にならなかった。
360℃のパノラマビュー。
目線を前に向けると、空と地平線しか見えない。
ひときわ突き抜けたその高みは、周り全てを眼下に従えているかのようだった。
「……すごい。すごいすごいすごい!!!
ねぇ、亜里紗っ!! すごい!すごいよ!!!」
先ほど登ったマリーナタワーも、アウターコンチのペンギンホテルも、大輪を咲かせている大観覧車も、すべてが足元に沈んで見えた。
「ふふふふっ。こんなにはしゃぐ世知は
ホントにレアだなー。私も嬉しくなる!
天気がいいから、海も富士山も見えるぞ!」
横に並んできた亜里紗も声をはずませた。
「亜里紗は高層ビルって他にも登ったことあるの?」
「ん? 私はあとは都庁とかサンシャインとかかな?
ふふっ。今度2人で行ってみよう。」
「うん。行きたい!」
また一緒に行きたい場所が増えて、俺は思わず亜里紗の手を握った。
軽い電子音とともに、エレベーターが次の乗客を展望台に運んで来たが、先ほどの俺の素っ気ない態度のせいだろうか、順番待ちで話した2人がこちらに絡んでくることはなかった。
そんな些細なことは気にせず、俺は亜里紗の手を引いてデッキを窓に沿ってぐるっと回り始める。
「―――! てか亜里紗、あれって……。」
「うん。エルズタワーだな!!」
もうほとんど米粒みたいな大きさだったが、俺たちの地元の超高層タワーマンションも目で確認することが出来た。
「…………なんか、世界観、ぶっ壊れるな……。」
「初めて高いとこ登れば、
誰でもそうかもしれないな。」
「……うん。ありがとう。亜里紗。
連れてきてくれてありがとう。
俺、とっても楽しい!!」
「うん! 私もすごく楽しい!!
世知のはじめてをいつも横で
共有出来る私はほんと幸せだ!」
しあわせ。
お盆にお義父さんに誓った、2人の幸せに繋がってる気がして、俺も亜里紗に負けないくらいの笑顔を返した。
ちょっと名残惜しかったものの、小一時間展望デッキではしゃいでいると日も暮れてきて混み始めて来たので、世界最速の下りエレベーターで俺たちは下界へと戻ってきた。
海沿いに停泊している引退した帆船の日本丸の前でツーショットを撮ったあと、軽い気持ちで乗り込んだジェットコースターに悲鳴をあげた俺を見て、亜里紗がほんと楽しそうに笑った。
釣られて俺も笑ってしまう。
楽しい。本当に楽しい。
今まで15年生きてきて、きっと今まで1番楽しい誕生日だ。(いや、ホントは明日だけれども)
「だいぶ暮れて来たな。世知、最後に
観覧車に乗ろう。」
「うん。ホント大きな観覧車だね。花火みたい。」
ライトアップが始まった観覧車を見上げて、土手でみんなで見た花火をなんとなく思い出した。
「好きな人と観覧車に乗るの、憧れてたんだ。。。」
そう言って笑った亜里紗の横顔がとても綺麗過ぎて、俺は時間が止まればいいのにって思った。
チケットを買って30分ほど並びながら彼女と雑談していると、ついに俺たちの番が来た。
止まらず動いてるゴンドラに亜里紗に続いてタイミング良く乗り込む。
「―――それでは、いってらっしゃいませ!」
係員のお兄さんが笑顔で俺たちを見送りながら扉を閉めた。
俺は向かいに座った亜里紗にたまらず話しかけた。
「俺さ、観覧車も初めてだから、動いてるまんまで
乗らなきゃいけないってのわかってなくて
ちょっとびっくりした。」
「ふふっ。いちいち止める訳にはいかないものな。」
真正面の彼女の瞳が俺を射抜いた。
なんか失敗した。
隣に座れば良かった。
少しずつ上昇していくゴンドラから外の景色を見ていたい気持ちと、真正面の彼女を見つめていたい気持ちが俺の中でせめぎ合っていた。
―――その時
「……そう見つめられると照れてしまう。
せっかくおっきな観覧車に乗ったのだから
ほら、一緒に外を見よう。」
そう言いながら、亜里紗が席を立って、慎重に俺の横に移動してきた。
「あっ、気をつけて……!」
思ったよりゴンドラが揺れたが、まだそれ程の高さではなかったので想像したより怖くはなかった。
それよりも重心が片側に集中したからか、ゴンドラが俺たち側に少し傾いた。
「……あぁ、やっぱり世知の横は安心するな。」
亜里紗が俺にもたれながら指を絡ませてくる。
いつもの彼女の香りで俺もどことなく安心する。
「俺、失敗したと思った。
隣に座れば良かったって思ってたから。」
「ははっ。失敗したらやり直せばいいだけの話だ。」
俺は彼女のこういうところが好きだ。
凝り固まってしまった俺の固定観念を、いつもするすると解いてくれる。
「……うん。そうだね。」
「私は世知のそういう器用そうに見えて
けっこう実直で不器用なとこも好きだぞ。」
「…………亜里紗………………。」
熟しきった果実のように真っ赤な夕陽が彼女に重なった。
「俺も、亜里紗が、好き。」
考えるより先に、するっと言葉が出てきた。
「ん。知ってる。誰よりも、な。」
亜里紗はとても嬉しそうに微笑むと、ぎゅっと俺の左手を握る右手に力を入れて、夕陽に目を向けた。
「沈む直前の太陽って、
なんでこんな綺麗なんだろうな。」
「うん。ほんとに。なんだろ、俺、
亜里紗と一緒に見れて嬉しい。」
俺はたまらなくなって、身体を伸ばして亜里紗に唇を重ねた。
「―――ん。」
すると亜里紗は俺の首に腕を回して、今度は自分から俺に唇を重ねてきた。
「世知、愛してる。」
俺を見つめる亜里紗の瞳が、今にもスイッチが入りそうな勢いだった。
(あ、地味にやばい……。)
俺は亜里紗を抱きしめると、ぽんぽんと頭を叩く。
「……今日はありがとう、亜里紗。
俺、初めてのことばかりで、本当に楽しかった。」
「あっ、いやっ、わっ、私もっ、
………………うん。私もとっても楽しかった!」
ちょっと流れが変わったことに一瞬戸惑った亜里紗だったが、すぐ素直に俺の背中に手を回してきた。
「亜里紗といると……、亜里紗と一緒だと、
色んな世界が見れて楽しい。
一緒に色んな物を見れて本当に楽しい。
そういうのって、他の誰かじゃなくて、
亜里紗と一緒だから、
キラキラして見えるんだと思う。」
亜里紗の頭を抱きながら、素直に思っていることを口に出した。
俺たちの乗っているゴンドラが、頂上に差しかかろうとしていた。
夕陽が、一瞬だけまばゆい光を残して、山の向こうに沈んで行った。
「――――世知。」
亜里紗が思ったよりも真剣な声色で俺を呼ぶと、優しく俺を引き剥がした。
「……? ありさ?」
俺の両肩に両手を置いたまま、俺を見つめる亜里紗の真剣な眼差しに、思わず息を飲んだ。
「―――――親睦会の夜を、覚えているか?」
彼女の言葉に、微妙に張り詰めた空気を感じた。
「……うん。覚えてるけど……。」
不穏、とは行かないまでも、どことなく先ほどまでの甘い空気は消し飛んでいた。
「私が、偉そうに静流姉に、
『せっかく広がり始めた、世知の世界を
取り上げないで下さい!』
なんて言ってしまっただろう?」
「えっ、うん。あれ、嬉しかった。」
「あの時は本当にそう思ってたし、本心だった。
と言うか今でもそう思っている。」
亜里紗が哀しそうに目を伏せた。
「世知は、誰にでも分け隔てなく、やわらかい空気で
人当たりの良い優しさで他人と接することが出来て
それが、あなたの美点だと思ってた……。」
「え、そんなの表面上だよ。」
「それでも、だ。」
俺の肩からすべりおちた亜里紗の左手が、俺の右手を握った。
そして彼女の手に、ひときわ力がこもった。
「そんな、そんな世知が持って生まれた
素晴らしい長所を、私が曇らせている……。」
「……えっ?」
訳がわからなくて戸惑う俺に、亜里紗が続ける。
「あの終業式の日から、私が下らない嫉妬心から
取り乱したあの日から、世知は意識して
女性に壁を作っているように思える……。」
「そっ、そんなこと…………。」
否定出来なかった。
だって、大好きな亜里紗が不快に思うような状況を作りたくなかった。
ただそれだけしか考えてなかった。
「私は、あれから反省したんだ……。
別に世知を信用してないわけではなく、
むしろ私を選んでくれた世知のことを
心の底から信じているんだ。なのに、、、」
亜里紗はそこで言葉を一旦切って、俺の目をまっすぐ見つめてきた。
「私の浅ましい独占欲なんかで、私は世知を
縛っていた……。」
「…………………………。」
言葉が出てこなかった。
「私が、広がっていく世界を見ようとしている
世知の目をふさいでいたんだ。」
亜里紗の瞳から涙がひとすじ溢れた。
そして、今度は彼女の右手が俺の左手を握りしめた。
「いや、でも、
俺は亜里紗しか目に入らな「知ってる。」
遠くで船の汽笛が聴こえた。
「世知が私を、私のことを思って他の女性に対して
距離を置いていたのは知ってる。
でも、でもそれじゃだめなんだ……。
私が世知の目を曇らせてはだめなんだ……。」
「………………。」
俺は俺の考えでそういうスタンスを取っていた。
そのつもりだった。
「わっ、私は私の意志で、世知に近づいてくる女を
排除しようとしていたけど、世知は世知の
思いがあって意思があると思うんだ。
だから、私のことよりも、世知が自然体で
いて欲しいって、いま私は願っている……。」
「…………自然体……。」
「だって、世知は私以外の女なんか、
眼中にないだろう?」
「もちろん! 俺には亜里紗しかいないから!」
傍から見ると俺の彼女はすごい自意識過剰に思えるかもしれない。
でもそれが事実なのだから、俺が亜里紗と添い遂げるつもりで生きているのは紛れもない事実なのだから、何の問題もない。
「うん。私は世知を信じてる。
大事で大切で大好きな世知を信じてる。
……だから、他の女性と絡んだところで
あなたを奪われる心配なんか、本当は少しも
していないんだ。ただ幼稚な独占欲を
我慢出来てなかっただけなんだ。
…………まぁ、これからも我慢するつもりは
ないんだがな…………「ははっ」
亜里紗の本音につい笑ってしまった。
「だから……、だから、これからもしかしたら
貴重な出会いや体験が、これからあるかもしれない
そういうものにも世知には、
ちゃんと目を向けて欲しいんだ。
世知は自然体で、"ありのまま"で……、、
なんせ、"世知"なのだからな。」
そう言い終えて彼女は笑った。
ここまで。
この女性はここまで考えてくれているのか。
俺のことを。
はじめ、赤レンガのウェイトレスやランドマーキングの順番待ちの2人組が頭をよぎったが、きっと東堂先輩への俺の態度が、亜里紗にすると思うところがあったのだろう。
客観的に考えると、親友の先輩に対する態度ではなかったのかもしれない。
亜里紗は俺の彼女だし、なにを置いても最優先ということは変わりない。
ただ、そうではない場面やそうすべきではない状況もきっとあるのだろうし、あったのだろう。
そういったものすべてに背を向けて、独りよがりに振舞ったところで、俺の彼女への愛もまた、独りよがり、ということになるのかもしれない。
「…………うん。」
亜里紗の言葉に頷きながら、熟考を続ける。
彼女の為を思っての、俺の頑なな態度が、結局彼女を悩ませている。
それは俺としても本意ではない。
極論を言ってしまえば俺は、自分が正しいとか間違ってるとかいう判断基準よりも、ただ彼女が笑っていてくれればそれでいいのだ。
今でもその思いに変わりはない。
ただ、そうは言っても、周囲に壁を作ることで俺に生じるであろうデメリットを、亜里紗は優しく諭してくれた。その言葉を出すのに、どれほどの勇気が必要だっただろう。
やっぱり俺は、亜里紗には頭が上がらない。
―――この女性とこれからも共に歩んでいきたい。
改めて心の底からそう思った。
「………………こんな、誕生日デートで、
説教じみたことを言うのも、すごい苦しいんだが、
世知には、もっと……上手く言えないな……。
あなたにはもっと幸せになって欲しいんだ。
私のお節介な言葉でも、少しでも視野が
広がって、可能性、というのかな……、
そんな世知で、明日を迎えて欲しい。
新しい価値観で視野が拓けた世知で、
16歳を迎えて欲しい…………。
私はそう、思ったんだ……。」
「亜里紗……………………。」
思うより先に、俺は亜里紗を抱きしめていた。
「ごめっ、ごめんねっ、せしるっ……!
わたっ、わたしっ!めんどくさい女で
ほんとうにごめんねっ……!!」
彼女は俺に泣きながらすがりついた。
そんな亜里紗を優しく抱きしめて、頭をぽんぽんと叩く。
―――あぁ、お義父さん。
やっぱり、あなたの娘さんは最高です。
やっぱり、一緒に横を歩く女性は
亜里紗以外考えられないです……。
……って、会ったこともないどころか、1回お墓参りしただけなのに、お盆から何かにつけてお義父さんに心の中で語りかけてる。
お義父さんからしたら、鬱陶しいだろうな。
「ふふっ」
思わず苦笑してしまった。
「――なっ?ちょっ世知!
笑うところじゃないだろうっ!?」
「ははっ。ごめんごめん。」
亜里紗に怒られてしまった。
ガチャ
ゴンドラの扉が開かれる音で我に返る。
「おつかれさまでした。
またのお越しをお待ちしております。」
気付いたら地上に戻ってきていたので、先ほどのお兄さんに誘導されてゴンドラを降りる。
「亜里紗、足元気をつけて。」
「ん。ありがとう大丈夫。」
亜里紗の手を引きながら、先ほどまで乗っていた観覧車を振り返った。
19:26
大きなデジタル時計が現在の時刻を表示していた。
「……そろそろ晩ご飯かな?」
「……まだ、ちょっと予約の時間まで余裕あるから
少し座ってお話しないか?」
「ん。わかった。」
俺たちは海沿いの手頃なベンチを見つけて、並んで腰かけた。
ライトアップされた大きな橋など、どこか非現実的な景色がキラキラして、ふわふわした気分になる。
考えるより先に思わず言葉が出た。
「……綺麗だ。」
「うん……。すごく。すごく綺麗だな。」
「世界中が笑ってるみたい。」
「ははっ。なんだそれは。」
亜里紗が俺の肩にもたれてきた。
俺は彼女の手を握る手に少し力を込めた。
「…………明日から学校か…………。
この夏休み、すんごく楽しかった。
あっという間に感じるよ。」
「…………私もとても楽しかったし
満たされた気がする。」
そして、俺たちを沈黙が包んだ。
先ほど腰が折れてしまった話が、まだ俺の中でぐるぐると回っていた。
亜里紗は言いにくかっただろうに、思っている事を俺にぶつけてくれた。
今度は俺の番だ。
俺は、意を決して口を開いた。
「…………ごめん。さっきの話の続きだけどさ、」
「……うん。」
亜里紗は優しい眼差しで俺を仰ぎ見た。
「俺は亜里紗に嫌な思いさせたくなくて、
他の女性と距離を置いていたけど、
それが俺の視野を、世界を狭くするって、
亜里紗、言ってくれたけど……。」
「まぁ、気持ちはすごく嬉しいんだけどな……。」
「確かに、このままお互い以外はどうでもいい、
みたいな感じだったら、それはなんて言うのかな、
排他的な共依存みたいな感じ?だったのかなって
なんか今思ってさ……。」
「………………共依存………………。」
―――そう。共依存。
かつて、俺と静流姉が陥っていた、お互いの存在以外を可能な限り排除した閉塞感に満ちたあの状態は、紛れもなく爛れた共依存だった。
下手をしたら、俺は今度は亜里紗とそのような状況になる危険性があったのだろう。
それを、亜里紗は正してくれた。
亜里紗は、自分のことを二の次で、俺のことを最優先に考えて、その状況にはまりつつあった俺を救い出してくれたのだ。
「……えっ、世知??」
「…………??」
亜里紗が鞄からハンカチを取りだし、俺の目元を拭ってくれた。
俺は無意識に涙をこぼしていたらしい。
「…………大丈夫だ。
間違えたなら、やり直せばいい。
あなたの横には、私がいるのだから。」
「……ううっ」
自分でもまったく理由がわからないが、どうしようもなく堪えられなくなって、嗚咽が口から漏れた。
そんな俺を亜里紗は優しく抱きしめて、背中を叩いてくれた。
「ははっ。世知は可愛いな。」
「……いやっ、かっこ悪い…………。」
「なに言ってるんだ?
世知はな、かっこ悪いところも
かっこ良いんだぞ!!?」
その言葉を聞いて、亜里紗を抱きしめる腕に力がこもる。
「…………亜里紗、愛してる。」
「いや、私のほうが世知を愛してる。
明日、もっと成長した16歳の世知も愛してる。」
「………………………………。」
だめだ。
なにをどう言い繕っても、俺は亜里紗には勝てない。
上手く表現出来ない熱いなにかが、俺の脳天まで駆け巡った。
「…………亜里紗。」
「ん?」
「俺、亜里紗を一生幸せにするから、
俺のことも一生幸せにして?」
「????」
…………しまった。
感極まってとんでもない事を口走った。
「アッハハハハハハハハハハ!!!!
父さん相手じゃなくて今度はちゃんと私に
プロポーズしてくれたんだなアハハハハハハハ!」
「……あっ、いやっ、ちがっ、えっと、違くて!
いや違わないんだけど、待っていまのなし!!」
「そんなにうろたえる世知も、ほんっとに、
めっめずらしい……なアハハハハハ!!!!」
「~~~~~~~~~――――………………。」
もう、黙ってうつむくしか出来なかった。
ひとしきり心ゆくまで笑ったあと、亜里紗が立ち上がって大きく伸びをした。
「……さ、そろそろ時間だ。
お昼は中華だったからな。
予約したところは洋食なんだが、
オムライスが美味しいって評判でな!」
「え! 俺オムライス好き「知ってる!」
俺の反応にかぶせてきた亜里紗が言葉を続ける。
「……私たち2人でもっと幸せになる。
これは決定事項だからな。」
振り返った亜里紗が俺の手を引いた。
ライトアップされた港と橋をバックに、それに負けないくらいのキラキラした、「幸せ」があふれんばかりの笑顔で。
それはまるで、彼女を中心に世界中が笑っているかのようだった。
いや、なんかすみませんでした。
(最近毎回謝ってる気がする)
いやっ、違う!違うんですよ!!
確かにお墓参り回で「せし×あり」の最終回みたいなもんだ、みたいなこと言いましたよ確かに。
でも、お墓参りの密度を高めるために端折った、
【世知は東堂先輩をどう思っていたのか】
というのを補完せなあかんと思いまして、世知くんメイン回にさせてもらったんです。
あと、ちょっと書きたいシーンがあって、その後に4章に繋げて行こうって思ってたんです。
5000字くらいの長さで。
ついでだから世知の誕生日がまだ明記されてなかったから少し前倒しして軽くデートさせてやるか~くらいにしか思ってなかったんです。
そしたら、気付いたら2万字超えてて、しかもそのシーンを書くまで行けなかった……。
更に更に志緒里さん回の冒頭にニコニコで飛び出してったありちゃんが
「しん×あす なんかに負けない!
私たち せし×あり が
セカスイNo.1カップルなんだ!!」
って張り切っちゃって張り切っちゃって、
なんだか共依存とか彼氏の視野とかそういうの持ち出して来ちゃって、
思いのほか濃い内容になっちまいましたね……。
てゆっか作者も書くたびにマジでガチビビりするんですけど、毎回毎回「これでこの2人はもう完成、鉄板でしょ」って思っても、更にその高みに駆け上がって行くのでホント「なんなのお前ら?」って思うわけですよ。
まぁ、世知も亜里紗も他よりはある程度特殊な生い立ちや環境でここまで来ましたからね。
「こんな出来た高校1年いるかよ!」って思わなくもないんですけど、これが せし×あり だからなぁ……。
てなわけで、書ききれなかったシーン混みで後編【亜里紗編】に続きますw
たぶん明日アップされると思うので、
今回をじっくり読んでくださったなら、丁度よく更新されてるんじゃないかと思います。
それでは、第3章の真の最終回をご覧下さい。
(2025/10/28)




