第4話●花の名
タイトルに●が付いているお話は聖夜視点で進行します。
本当に自分が1組で合っていたのか不安だったが、朝イチで寄った職員室で担任に貰ったプリント一式を確認して、オレは安心した。
【和泉】の【い】で、出席番号2番。
オレの席は廊下側の前から2番目だった。
大体新学年始まった時の席はいつもここら辺。
生まれ持った運命てやつだな。
オレは教室を見渡してみた。
同じ中学の奴とかいないかな。
まだ教室内には10人ほどしかいなかったが、オレの知ってる顔はいなかった。
オレと同じように1人でいる生徒もいたが、複数人数で談笑してる生徒もそれなりにいた。
高校生活始まっていきなり2日欠席したオレには、グループ形成に多少ハンデが生じているのかもしれない。
スタートから休んだくせに話しかけてくる奴とか、オレだったらなんとなく構えちまうな…。
こう見えてコミュ障なんだよ、悪いか。
藍と亜里紗はまだ来ないのか。。
確か、藍がRAINで教えてくれたが、オレと藍と亜里紗は中学に続いて高校でも同じクラスで、この1組だったはずだ。
登校初日から話し相手がいない、ぼっち状態は回避出来る予定だったんだが、今の状況は……。
俺は自分座った席の、隣の席を見た。
勝手な予想だが、【う】の【宇都宮】が、この席かその後ろあたりだろう。
そもそも、しっかりキッチリが信条の委員長体質な亜里紗がまだ教室に来ていないってのが軽い違和感を感じる。
中学の時、亜里紗と3年間すべて同じクラスだったが、1年の頃から誰よりも早く教室に来て、花瓶の水を取り替えて、窓を開けて教室の空気を入れ替えて、それから剣道部の朝練に行くような、そんな生活習慣だったと本人から聞いている。
その花瓶の花もしおれるごとに、亜里紗がどこからか新しい花を用意して活けてくれていた。
花の名前もほとんど知らないオレからしたら、言われない限り毎回花が新しくなっていたことに気付かなかったが。
ま、亜里紗の家が中学校の裏にあったから他の生徒より早く登校出来たからだろうと思っていたが、高校は初めからそんなにイキってもやりづらくなる、とかもしかしたら考えてるのかもしれないが。
いやいやそんなん亜里紗のキャラじゃないやん、とか心の中でセルフ突っ込みかましてると、
「よ!」
と、いう挨拶?とともに突然誰かに背中を思い切り叩かれた!
「痛って…… 」
こんなことする奴なんてひとりしかいない。
振り向くと予想通り、
オレと同じ中学校出身の菱浦藍が立っていた。
「おう、藍か。おっす。」
「聖夜のくせに来るの早いな! 緊張してた?」
そうのたまう藍は歯を見せて満面の笑みをオレに見せてきた。
「そりゃあ、緊張するだろ……!
藍が来るまで、オレぼっちだったし。」
「なっはは! 聖夜、意外と人見知りだもんな!
喜べ~ 藍ちゃんが来てやったぞ~!」
明るくオレに接する藍が、教室内での注目を集めた。
それもそうだろう。
藍はかつてまだ中学生でありながら、モデルかと思わせるほどの高身長とスタイル、更にアイドル顔負けの可愛さを兼ね備えていた。
そんな女性として恵まれた外見に反して中身は、ガキ大将を思わせる姉御肌かつ大雑把な性格で、オレも藍とはまるで男友達とつるんでいるような、そんな気楽な間柄だった。
そして彼女は運動神経は抜群に良く、所属していたバレー部ではアウトサイドヒッターとしてエース級扱いだった。
3年間同じクラスだったバスケ部のオレ、剣道部の亜里紗とは、体育館系運動部繋がりでクラス内外で顔を合わす事が多く、3人でつるむようになったのも自然の流れだったわけだ。
そんな藍の明るい色のショートボブの髪に目を奪われながら、オレは笑顔を返した。
「いやまじで、藍さまには頭が上がりませんよ~
RAINで学校の連絡事項教えてくれたりとか
まじお世話になってます~」
「貸しでいいぞ貸しで!
そうだな~ 駅前の太郎焼きがいいかな~?」
確かに、オレ達の地元の駅前で売ってる太郎焼きはとっても美味い。
特にカスタードのやつが。
ふと藍が周囲を見渡す。
「あれ? 亜里紗は? まだ来てないの?」
藍もやっぱり違和感を感じたのか。
「まだ見てないんだけど、やっぱ高校なっても
亜里紗は朝早かったのか?」
机に頬杖を付きながらしゃがみこんで、藍がオレの問いに答える。
「流石に中学の時みたいにバカ早い訳では
なかったっぽいけど、昨日はアタシが教室に
入ったら、もう『スンッ』て机に座ってたよ。」
「笑える、想像出来る~w」
「そのうち花瓶に花差し始めるって~ww」
「―――誰の話? 随分と楽しそうだな。」
その一言で、空気が凍るのがわかった。
藍の目も空中を泳いでいる。
「花を愛でる心は、
心を豊かにしてくれるじゃないか。」
振り向くと予想通り、ポニーテールの美少女が凛とした佇まいで、オレ達を冷たい眼差しで見下ろしていた。
「あっ、亜里紗、お、おっす……」
「ああ亜里紗、おはよぉ~……」
オレと藍は、バツが悪そうに仁王立ちの亜里紗に挨拶で返した――――
「――和泉…君?」
亜里紗に挨拶した2秒後に気づいたのだが、亜里紗は1人ではなかった。
後ろに女子生徒1人と男子生徒1人、合計3人でこの1組の教室に入ってきたようだった。
女子生徒の方はウサギかリスを思わせる、あどけないショートカットのなんだかめちゃ可愛い子で、首を少し傾けながらこちらを見ている。
そしてもう1人の男子生徒、オレのことを呼んだ彼は――――
「…………緋月、だっけ?
え? 同じ?学校? てか同じクラス?」
春休みから新学期にかけて肺炎で入院した時、同室だった儚げで少しいけ好かないヤローだった!
人見知りなせいでほとんどこちらから話しかけなかったし、向こうもなんかこっちに興味なさげだったりで全然会話とかしてなくて、プレートに書いてあったお互いの名前くらいしか知らなかったけど!
よくよく見たらこのショートカットの子も、緋月のお見舞いに何回か来てたあの女の子か!
藍も亜里紗も1回もオレの見舞いには来なかったけど!
「なんだ聖夜、緋月君と顔見知りだったのか。」
意外そうな表情の亜里紗を見ながら、むしろそっち同士が知り合いなのが意外だよ!と心の中で突っ込んでしまった。
間髪入れず、ショートカットの可愛い子が首を突っ込んで来た。
「あ、世知と同じ部屋だった人?
和泉君、だっけ? わたし辻倉由美!
一緒のクラスだったんだね! よろしくね~☆」
「あ、えっと、和泉聖夜……デス。」
まじシャイな自分が恨めしい。
「んん? もしかして和泉君の誕生日って……」
その辻倉さんが、カバンから出した生徒一覧のプリントみたいのを見ながら質問して来た。
「そそ!コイツ12月24日生まれだから
【聖夜】って名前付けられたんだってw
『イヴ』とかいう読み方じゃなくて良かったよなww
あ、アタシは菱浦藍。ヨロシク!」
固まるオレを置いて、藍が辻倉さんと緋月に挨拶してた。
え、なにこれ。
「あ、緋月世知です。よろしく菱浦さん。」
なんだこいつの爽やか笑顔は。
理由はないんだけど腹立つ。
なんだこれは。
「てか、聖夜ともう1人最初から休んでるな~
とか思ったら、まさか登校初日も一緒とかw
ウケるw」
藍のいじりもなんか腹立つ。
「春休みに手術したんだけど、退院が入学式まで
間に合わなくてさ。まぁじっくり入院した分、
身体はもうすっかり良いんだけどね。」
「そっか!それなら良かった!!
てか亜里紗はなんで同クラの辻倉さんだけでなく
緋月くんとも一緒だったん?
あぁ~、亜里紗の好きそうなタイ……むが」
止まらないトークを放つ藍の口を、亜里紗の手が音速で塞いだ。
「は?何言ってんの?」
「アハハハハハ、やばい楽しい!
わたしこのクラスになって良かったかも!
ね、世知!?」
辻倉さんがなんかすげー楽しそう。
いやまじ、なんだこれ。
オレ1人押し黙ってるのも、どうなんだろな……
とか思っていると、救いのチャイムが鳴り始めた。
「じゃ。」
「まったね~」
などと去り際の挨拶を残してみんな解散し―――
あ、亜里紗は予想通り、オレの隣の席に腰を下ろした。
心なしか、いつもより顔が赤い気がするんだが。
てか、【ひ】の【緋月】と【菱浦】、あいつらも隣同士じゃねーか!
* * *
「起立、れーい!」
オレのひとつ前の男子が日直ということで号令をかけた。
え、オレが明日日直なのか……。
「着席。」
そして担任のなんだっけ?ナントカ先生が教卓からオレ達に語りかけてきた。
見た目若そうだけど、足を引きずって入ってきたのが少しだけ気になった。
「みなさんおはよう。初日が入学式で昨日が
オリエンテーションてことで、ついに今日から
このクラスで高校生活がスタートします。
そして今日この日を、和泉君と緋月君が揃って、
初めてクラス全員で迎えることが出来たことを
先生は嬉しく思います。」
何気なく窓際を見ると、緋月と目が合った。
緋月は軽くオレに会釈すると、また先生の方を向いた。
席順は五十音順なので、苗字が【ひ】から始まる緋月と藍は並んで窓際のやや後ろの席だ。
外から陽光が透けて、ただでさえ明るいふたりの髪色がキラキラと金髪みたいに光って見えた。
オレはカラスみたいな真っ黒い地毛ですけどね。
先生が続ける。
「3日目の今日はこのホームルームで、
皆の委員会や役割を決めて行きたいと思う。
さて、まずはクラスの代表の学級委員なんだが
いきなりくじ引きもなんだから、
一応聞いてみようか。やりたい奴はいるか?」
いきなり委員会決めか。確かにそれやらないとクラスが機能しないもんな。
しかし学級委員とか絶対無理だわ。何が悲しくてクラスや先生の雑用使いっ走りせにゃならんのだ。
オレは絶対やだね。
女子は中学の時みたいに亜里紗が立候補するかもしれんが、男子は決まるまで長引きそうだな……。
普通誰もやりたがらないだろ。
『委員長』とかベタなあだ名で呼ばれたりしたら耐えきれんわ。
あとは自分のくじ運を信じて――――
「立候補は男女1人ずつか。
よし。緋月君と宇都宮さんの2人で
決まりでいいかな?
みんな、2人に拍手!!」
「!!??」
ぎょっとして左を向くと、
右手を上げたままぽかんとオレと同じ方向を見ている亜里紗ごしに、
手を下ろし終えて会釈するキラキライケメンが立ち上がろうとしていた。