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第3話〇HELLO、WORLD!

タイトルに〇が付いてるお話は世知視点で進行致します。

約束の時間に呼び鈴が鳴り、ドアを開けると由美が笑顔で立っていた。


「おはよう!世知(せしる)!いい天気だね!

一緒に学校行こ!」


「おはよう由美。ほんと助かるよ。」


俺は由美に笑顔で返事をして、靴を履いた。


靴べらを戻そうと振り向くと、静流姉(しずるねぇ)が俺にスクールバッグを渡してくれた。


「おはよう由美ちゃん、お迎えありがとうね。

あと世知、無理しないで

きつかったら帰ってくるのよ?」


「ん。大丈夫、無理しない。

じゃ静流姉、行ってきます!」


静流姉の笑顔が返ってきた。


「由美ちゃん、世知をお願いね?

2人とも行ってらっしゃい。」


由美がぺこり、と頭を下げたのを確認して、俺は自宅のドアを閉めた。


昨日退院したばかりだったので、残念ながら一昨日の入学式に間に合わずに、高校生活3日目の今日から俺も由美と一緒に健陽高校に通うことになっている。


昨日の今日で大丈夫なのかと静流姉はとても心配してくれていたが、すっかり身体の調子は良い状態で、退院間際の数日間は、むしろ早く動きたくて仕方ない日々だった。


「由美の言う通り、本当にいい天気だな……。」


降り注ぐ春の陽光に俺は目を細めた。


「んね!雲ひとつない快晴って気持ちいーよね!」


由美の言葉に頷く。


光の粒子ひと粒ひと粒がキラキラと輝いて見える。

その幾千幾万もの細かい(きら)めきに包まれた街並みは、この間までのくすんで曇ったものとはまったく別の世界に見えた。


なんて、美しいんだろう。


大袈裟かもしれないが、心から思った。


気持ちひとつで、心の在り方ひとつで

この世界はこんなにも、こんなにも美しい姿を見せてくれる。


ありふれた世界が、当たり前の世界が

ただただ、愛おしくてたまらなかった。


今の俺ならきっと、なんでも出来る。

そんな気がする。

―いや、実際のところは、まったくなんの根拠もないけれども。


しかし、こんなに前向きな気持ちになれているのは、生まれて初めてかもしれない。


そして俺は、この素晴らしい世界を自分の足で

一歩一歩踏みしめながら前へ進んで行く――――


「世知おそーい!置いてくぞー?」


どうやら感慨に浸り過ぎていたらしい。

一緒に歩いていたはずの由美は、気付けばもうだいぶ前に進んでいた。

由美はそこで振り返り、こちらに向かってはにかんでいた。


「わ、悪い。」


慌てて歩みを早めて由美に追いつく。

再び横に並んだ由美を、俺は改めてまじまじと見た。


辻倉由美。

母親同士が親友同士で、家も隣同士。

なんだか『同士』がゲシュタルト崩壊しそうな、俺の幼なじみ。


小中、そして高校も同じ学校で、大概の事は何をするのも一緒だった。

クラスは別れる事が多かったものの、行事やイベント事は大抵、由美の隣だったし、それが当たり前だと思ってずっと過ごしてきた。


由美自身、小動物を連想させる愛らしい顔立ちに、活発で社交的で親しみやすい中身を伴っており、いつでもみんなの輪の中心にいるような存在だった。


そんな彼女が常に俺をその輪に溶け込んで馴染めるように振舞ってくれていたお陰で、俺はぼっちにも不登校にもならず、はたまたいじめられることもなくここまで来れたんだと思う。


しかし、そんな女神みたいな聖人君子はなかなかいないもので。


彼女は素直で無害そうな顔をしながら実際は相当な腹黒なんだろうということを、俺は長い付き合いでなんとなく勘づいている。


病弱な俺の保健室への付き添いや、体調を崩して休んだ日の俺へのプリント届けなど、教師や周りの目への点数稼ぎに使われていたことは解っていたし、なにより、いつも俺とつるんでいたのは、


―――俺を異性からの『弾除け』として使っていたとしか思えないのだ!


由美はその可憐な容姿と、周りに自分を愛らしく思わせる立ち振る舞いからか、異性から非常に人気があった。


小学校の頃から、

『クラスで1番好きな女子は辻倉~』

とか何人もの男子が発言するくらいに、クラスの女子の中では飛び抜けて人気だったが

中学に進学してからは男子も思春期に入ったからなのか、相当数の男子の心を射抜いている状態だったのが、当時の俺からしても見て取る事が出来た。


俺にはよくわからないが、気を持たせて親切にしてもらうムーブが非常に上手かったのではないだろうか。


そんな由美だったが、いつも横に俺がいることで、

『緋月がいるんじゃ仕方ない……』

『あいつら幼なじみなんだろ?勝てるわけねーよ!』

そう思わせる意図があったんだろう、と、中学時代にそこそこ仲の良い女子がこっそり俺に教えてくれた。


実際に俺のところにも、

『辻倉と付き合ってるのか』

『辻倉って好きな人いるのか聞いてくれ』

みたいな事をそれなりに聞きに来る奴も何人かいたが、面倒くさいのも好きではないので適当にはぐらかしたり誤魔化したりしてやり過ごしていた。


そして、決定的だったのは、中学2年の時のことだ。


3年のサッカー部のキャプテンで生徒会にも所属していた高身長イケメンの、これまたラノベのテンプレのような先輩が、由美を校舎裏に呼び出したことがあった。


その日は俺も比較的体調が良く、また興味本位でこっそりと校舎の陰からそれを見ていた。


俺に背を向けている形だった先輩の告白の言葉はよく聞き取れなかったが、問題はそれに対する由美の()()である。


『わたしが世知以外の男の人の横にいることが、

どうしても想像出来ないんですー。

だから先輩とはお付き合い出来ませーん。

ごめんなさーい。』


うなだれる先輩の後ろ姿を見ながら、その時の俺の頭の中は【?】で埋め尽くされていた。


そもそも、俺と由美は付き合っていない。


それは、今も昔もだ。


向こうにまったくその気がないのもそうだし、俺自身も今まではそういう目で見るようなことは起きなかった。


確かに小学校の頃はまだ、男女や友達といったような解りやすい境界を越えて、兄弟ともまた違った運命共同体のような

上手く言葉には出来ないが、曖昧で不確かではあるけれど、深く太く繋がっている絆みたいなものがあったと自覚している。


『わたしたちは、ずっとふたりいっしょだよ。』


ことある事に由美が俺にそう言っていた。


しかしいつからだろう。

表面上は変わらないままなのだが、由美は俺の内面には踏み込んで来なくなった。


心配はするけど、寄り添いはしない。

注意はするけど、手助けはしない。

助言はするけど、手を差し伸べたりはしない。


どんな表現を使っても、この感覚は上手く言葉には出来ないが、由美はいつしか俺との間に心の壁を作っていたように感じたのだ。


そうこうしているうちに、俺は肝機能障害の進行により体調が悪化し、生きる希望を失い始めて恋愛云々に対する情熱を抱く余裕なんかなくなっていた。


あともうひとつ俺にも、とある理由があったりするのだが、

とにかく俺と由美がお互いを異性として意識して付き合う、なんてことはなかったわけだ。


だから面倒くさいとは思いつつも、お互い男女の仲になる可能性がゼロに等しいという共通認識が無言の信頼のなかで成立していたわけで、由美が俺の存在を男避けに使っていた点は、多少不本意ではあるものの納得は出来ていた。


『だってわたし、誰とも付き合う気ないしー?

世知の存在って便利だから使わせてねー!』


テンプレ先輩以降の告白は悪びれもせず、俺にこう宣言して断り続け、こうして今に至るのである。


由美の弾除け弾幕の俺の役割は、高校生活になってからも続くのだろうか―――


* * *


そんな俺の思いを、知っているのか知らないのか確かめる術もないが、その由美がなにかを思い出したように、俺のほうを向いた。


「あっごめん世知、ちとコンビニ寄っていい?

グミ買いたいー。」


えっと、ここから学校までの道で確か、もうコンビニってなかったと思うんだけど、これ遠回りして寄っていく流れなんだろうか。

今日が初登校でも、地元だから流石にそれくらいの土地勘は持っている。


「え?」


俺が返事する前に、そのまま直進すれば学校に着く道を、由美は右に曲がって行った。


時間にまだ余裕はあるから構わないか。


と、俺も由美の後を追って十字路を右に曲がった。


* * *


俺は由美に続いてコンビニに入店したが、グミ選びに真剣な由美を置いて、朝仕様の缶コーヒーを先に購入しそのまま店の外に出た。


それを飲みながら由美を待とうと缶のタップに手を掛けたその時、店の横で男女が口論している様子が目に入った。


男の方は、朝帰りのDQNか不良大学生か、金髪にくたびれたシャツの、ややみすぼらしい風貌の男で


絡まれている女性の方は、スラッとした細身で、見事な黒髪ストレートの長い髪をポニーテールでまとめた女子高生だった。


―――え、俺と同じ健陽高校か……。

胸元のリボンが青色ってことは、同学年の1年か。


「なんだよ駅がどっちか場所聞いてるだけだろ?!」

「だから!ここ真っ直ぐ行くと線路に当たるから、

そこを右だと言っている!」

「それじゃわかんねーから着いてきてくれよ~

そんでそのあと遊びに行こうぜ~?」

「あっ、やっ、やめろ!離せ!!」


そのDQNはついにポニテ女子の手首を掴んできた。


俺の地元のここら辺は、それなりに治安は悪いほうである。

それにしても深夜ならいざ知らず、朝からJKに絡むとかあまりに節度がなさすぎだろう……。


大通りから先ほど横道に逸れたため、ここら辺は閑静な住宅街だ。人目に少し付きにくい場所でもある。


さて、どうしたものだろうか。


今までの全てを諦めて内面に閉じこもっていた自分だったら、見て見ぬ振りをして足早に去って行ったところだろう。


魔が差した、と、言えなくもない。


希望に満ちた朝を迎え、ささやかな万能感に満たされていた俺は、数秒迷った後ではあるが、2人の間に割って入った。

と、言うより、2人の間をわざわざ突っ切って通り過ぎた。


「ああっ? なんだてめえ!」


わめくDQNをは目もくれず、俺はポニテに声を掛けた。


「知り合いだった? 遅刻するからその辺にして、

そろそろ行かないと。」


ポニテは、数秒間俺の顔を見つめたあと、ハッとした顔で答えた。


「あっ、え? …うん、行こう!」


「おい!待てよ!」


DQNが俺に突っかかってきそうだったので、それを見越して先程からスマホに録音していた音声をそいつに向かって大音量で聞かせてやった。


『それじゃわかんねーから着いてきてくれよ~

そんでそのあと遊びに行こうぜ~?

あっ、やっ、やめろ!離せ!!』


顔を真っ赤にして黙るDQNに、スマホを向けたまま俺は追い討ちを掛ける。


「今度は動画を今録画している。これ以上なにか

あったらすぐ警察にこれを見せる。」


「くっ……そ!」


悔しそうにDQNが立ち去った直後、コンビニから由美が出てきた。

こいつはこういうところがある。


「由美、わざと出てこなかったろ……。」


「いや、面倒くさそうだし、

世知がどう切り抜けるか興味あったし、

なんかあったらわたしが

110番すればいいかなくらいに思ってた☆」


グミを頬張りながら由美がのたまう。

ちなみに韻を踏んだつもりはない。


「あっ、その、えっと、、助かった。ありがとう。」


ポニテが俺に頭を下げる。

それを見て由美が口を開いた。


「あれっ?確か同じクラスだよねー?

ごめんねまだ名前覚えてないんだ。。」


「えっと、辻倉さん、でよかったかな?

私は宇都宮亜里紗(うつのみやありさ)

辻倉さんの言う通り同じ1組だ。」


「そそそ!宇都宮さんだったね!えへへ

念の為改めてわたし辻倉由美で、

こっちの色の薄い病弱そうなのが、緋月世知!

みんな同じ1組だね!」


病弱そうは余計だ。否定はしないが。


それにしても、由美と同じクラスと聞いてはいたが、この宇都宮さんという知的美人も、同じクラスだったのか。


「緋月君か。えっと、

本当にありがとう。まだこの辺に

慣れていなくて、その、近道を探してみたら

突然絡まれてしまって。

だから本当に助かった。あっ、ありがとう。」


宇都宮さんがはにかみながら俺に向き合った。


「いや、内心結構ビビってたけど、大したことは

してないよ。」


「入学式からお休みしてた緋月君て、

なっ、名前だけは知ってたんだけど、

えっと、あっ、改めてよろしく。私も同じ1組だ。

や、休んでたってことは、その、

体調が良くなかったのか? もう大丈夫なのか?」


まだ2日しか経ってないのに、もう同じクラスの生徒の顔と名前を覚えていて、ましてや欠席してる生徒まで把握してるって、地味に宇都宮さんはかなり優秀なのかもしれないな。

思わず感心してしまった。


「スタートには間に合わなかったけど、今日から…

って、そろそろ急がないか?

俺にとってだけど初日から遅刻は

少しかっこ悪い。」


「あっ!確かに!では緋月君、辻倉さん、急ごう!」


「? 由美?」


「…………えっ!?うん!そだね急ご!」


由美の反応になんとなく違和感を感じて、俺は振り返って由美の様子を見た。


ほんの一瞬だったが、由美がなんの感情も読み取れない真顔で、宇都宮さんを視線に捉えていたのを俺は見逃さなかった。

Wヒロインメイン回です。

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