第2話●【Side:和泉聖夜】~邂逅
昔から、走るのが好きだった。
なんかさ、体を動かしてると、上手く言えないんだけど気持ちよかった。
だから運動とかスポーツとかめちゃ好きだったし、中学の3年間はバスケに思い切り打ち込んで、めちゃめちゃ楽しかったし仲間もアツかった。
クサイ表現だけど、青春出来たって思ってる。
そんな楽しかった中学もこないだ卒業式が来て終わっちまったけど、オレもこの春から高校生になる。
まだ強いか弱いかわかんないけど、高校もバスケ部に入って、目指せ!インターハイ!みたいに全力で打ち込んでみたい。
オレは日課にしている、家の近所の大きな川の土手沿いをランニングしながらそんなことを思っていた。
土手沿いと言っても、下を走ってるわけではなく、頂上に作られた土手に沿った遊歩道で、下った河岸には野球場やらゴルフ場やらそういった運動場的なスペースがいろいろある。
ガキの頃はいつもここらへんで暗くなるまで泥だらけになって遊んでたっけなぁ。
また、川が県境になっていて、対岸の向こうは都会だからなのか、水面にその灯りがキラキラ反射してて見てるだけで不思議に心がフワフワする。
夏にやる花火大会なんか、県が違うのに対岸同士の自治体が日にちを合わせて合同で実施されるので、そりゃあもう豪華でたまらない。
オレんちもこの川の近くにあるもんだから、その花火大会はベランダから毎年楽しませてもらっている。
予定が合えば、亜里紗や藍とか仲いい奴を呼んで焼きとうもろこし食いながら見たりもしてた。
その季節はまだ早いのだが、そんな夏の楽しかった記憶を思い出しながら、オレはランニングを続けていた。
「もう咲いてんのか。」
遊歩道沿いに生えてる1本の桜の樹が、いくつか花を咲かせていた。
3月も後半になって、こないだ気温が20度を越える日とかもあったし、本当に春だなぁ、と実感する。
今夜とかもとても過ごしやすい気温だし。
――――ゴロゴロゴロ……
遠雷? 雷か。
春雷てやつかな。
確かに今日は曇り空で星が見えないなと思いながら空を見上げると、重苦しい雲が都会のネオンにわずかに照らされて見て取れた。
なんか降ってきてもおかしくねーな。帰るか。
そう思い立ち、オレはいつものコースの半分くらいの地点から自分ちまで引き返すことにした。
ついでにポケットからスマホを出し、Bluetoothで聴いてる曲をお気に入りのやつに変えようとしたその時――――
「!!? しまっ……た!」
手元が定まらず、スマホはオレの手から滑り落ち、更に運が悪いことに走っていた俺の右足のつま先に直撃してしまった。
わかりやすく言うと落ちたスマホを自分で蹴飛ばした形になってしまったのだ。
そしてオレのスマホは土手の上の遊歩道から飛び出して、右側の河岸のほうの斜面を滑っていった。
「ああっ、畜生!」
幸いなことに5mほど下った場所で止まってくれたので、自分も土手を少し降りてスマホを拾い上げた。
「まだ買ったばかりだっつうのに。。。」
液晶の割れなどはなかったが、スマホカバーが泥と傷でなかなかの有様になっていて、思わず舌打ちしてしまった。
ふと、1滴、2滴、水滴のようななにかがオレの頬を叩く。
そしてたくさん!
畜生!!降り出してきやがった!!
そこまで強い雨ではないが、傘を差さないとなかなか厳しいレベルの雨量にオレは襲われた。
「悪いことは重なるもんだな……。
とりあえず帰るか。」
再び土手の上の遊歩道に戻ろうと1歩目を踏み出したその時だ。
「!!???」
地面を捉えたはずのオレの右足は見事に、つい今しがた降り出した雨によって生まれたぬかるみによってスライドし、バランスを崩したオレは転倒しそのまま土手を勢いよく転がり落ちてしまった。
「うっうわぁぁぁぁ!!」
途中なのか土手の下なのかわからんが、なんか石みたいのがあったらしく、それに後頭部を打ち付けたようで激しい痛みに襲われた。
そこでオレは意識を失ってしまった。
* * *
どのくらいそこで気を失ってしまったのかわからないが、目を覚ました時には雨は止んでいた。
しかし当然、服はもちろん身体中ずぶ濡れで、なんか頭からも血が出てる。
「いった!」
おまけに左足もくじいたっぽい。
てゆっか、熱っぽい!
身体中だるいしこれ風邪ひいた可能性高すぎ!
防水仕様だったスマホに感謝しつつ、オレは親父と連絡を取った。
「あ、もしもし?親父?」
『聖夜か?どうした?』
「あ、なんか土手からすべり落ちちまってさ、
そしたら雨に打たれてなんか全身びっしょびしょで
あと、なんか、からだが、だる、くて、、、、
しんどーーーー」
『聖夜?おい聖夜!!』
急に視界がぐるぐるまわりだした。
いやもうこれ立ってられないレベルで!
親父と話して少し安心したからなのか、突然の急激な目眩に襲われて、オレの意識は再びブラックアウトした。
* * *
結論。
なんかオレ、肺炎起こして、死にかけたらしい。さっき先生が言ってた。
あ、先生って、お医者さまね。
まず、母ちゃんから聞いた話だと、あれから親父は大変な様子だったそうで。
オレの名前を叫びながら家を飛び出して、ダッシュでオレを捜索してくれてたみたいで。
そしたら川に架かった橋の下に普段住んでるであろうホームレスが、オレの所持品を漁ろうとしてた場面に出くわしたみたいで!
半狂乱で叫びながらホームレスを追い払ったあと、泣きながら救急車を呼んでくれたらしい。
いやいや、親父には感謝だな。
そんで、意識を失ってたオレは急患扱いで、この済星会病院に担ぎ込まれた、という経緯だったそうだ。
それからオレは3日ほど高熱にうなされてとても苦しい思いをすることになったのだが、抗生剤やら点滴やらの治療の甲斐もあり、ある程度発熱が落ち着いたので今日から一般病室に移らせてもらえたのだ。
それでもまだ微熱が少し残っているのと、基準よりも若干白血球の数が多いとのことで、退院まではあと10日くらいかかるだろうとの事だった。
え、オレ、死ぬの?
白血球多いとかやばくないか?
血液の癌とか言われる白血病とか、そういうやつとか??
もうほとんど熱は下がったというのに、また目眩がして来た。
ぐるぐるといろんなことがあたまを駆け巡り始めて、自然と自分でも呼吸が激しくなってきているのがわかる。
待て待て。落ち着け。落ち着いて考えよう。
思い切り深呼吸を数回繰り返したあと、オレは自分の周りを見渡してみた。
まず目に入ったのは、患者のプライバシーを確保する用途なのか、ベッドをぐるっと取り囲むように閉められたカーテンだったが、窓の外は見えるようにという配慮なのか、窓側だけはカーテンが開いていた。
その流れで、自然とオレは窓の外を見た。
病院の庭にも桜の樹が生えており、五分咲きほどに咲いた桜の花が俺の目に入ってきた。
死ぬって決まったわけじゃないけど、もっと楽しいことしたかったなぁ……。
中学校時代の部活中心の生活もすごく充実してたけど、いま思い出したのはなぜか辛い練習ばかりの日々だった。
もっと友達と遊びに行ったり、
もっと女の子と話したり、
もっと楽に楽しく生きる道もあったんじゃないだろうか。
「いやいや!」
死にかけた経験と、自分の身体の不安材料とかで、今ちょっと弱気になっちまってるんだろうな。
オレがオレを否定してどうする!
そもそもこの仕切られたカーテンの閉塞感が、オレの気を滅入らせてるに違いない!
その結論に至ったオレは、窓以外の方向は閉められていた、ベッドを取り囲むカーテンを思い切り全開に開け放った――――
この病室は、4人部屋だったらしい。
この病室に移された時は、オレは眠っていて知らなかったのだが、廊下側にベッドがふたつ、そして向かいにもうひとつ。
廊下側のふたつは無人だったが、向かいの、オレと同じ窓際のベッドには先客がいたのだ。
オレがカーテンを開けたことで、注意がこちらに向いたのだろう。彼は既にオレに視線を向けていた。
「あっ、こんにちは。」
差し障りのない挨拶をくれた彼は、ひとことで言うとめちゃめちゃ美少年だった。
大理石を思わせる、透き通るような白い肌。
憂いを秘めた切れ長の両目に、長いまつ毛。
天然なのか抜いているのか、見事なナチュラルブラウンな髪の色。
その髪も決して下品ではない、緩やかなウェーブを描いており、
そして鼻筋から顎のラインに至るまで、男のオレから見ても、美形としか形容しようのない、非常に端整な容姿だったのだ。
……そこまでべた褒めに彼の外見を表現したところで、ふと気づく。
いやでも、オレそっちの趣味ないしな……。
思わず内心で苦笑する。
それが、俺と緋月世知との出会いだった。