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初めてのお家

「森の感じは元の世界とそんな変わらないなー」


<かわららー!>


 スライムのノワを連れて森の境界に入った俺は、周囲の様子を見ていた。

 森の木々は基本的に元いた世界とかわらない。


 ただ、ところどころに見慣れない木が生えていた。

 ねじくれた枝ぶりをもち、バラのツタみたいに表面にトゲが生えた木だ。


 トゲは金属質で、鉛のように鈍く光っている。

 明らかに殺る気マンマンだ。


「この木すごいな。普通に武器になりそう……」


 木の枝自体は結構しっかりして見える。切り出せば棍棒に使えるかも知れない。

 オレの身を守るための武器として、一本くらい枝を確保しとくか?


 ……いや、やめとくか。トゲだらけだし。

 軽く握っただけで手のひらが血だらけになりそう。


<きるるー?>


「うーん……これはいいかな」


 トゲの生えた木を切るかノワが聞いてきたが、オレは断った。

 森に入った目的は、家を作るのに使う木を集めることだ。

 殺る気満々の木で棍棒をつくることじゃない。


「それよりも家に使う木を探そう」


<わかた!>


 探すとはいったものの、なかなか良い感じの木が無い。

 短かったり、細すぎたり、幹が分かれていたり……。

 森に入れば木なんていくらでもあると思ったが、意外と無いものだ。


「うーん……無いなぁ」


<うままー!> 


 森の奥まで行くのは避け、森の浅いところをしばらく探した。

 家に使える木はなかったが、リンゴっぽい果物が生っている木を見つけた。

 ノワがさっきからつまんでいるのはそれだ。


 リンゴに似ているが、硬さと味の風味はミカンに近い。

 果実に歯を立てると、じゅわっと少し酸味のある甘い汁がでてきた。


 うん、さっきから「うまうま」言ってるノワじゃないが普通にうまい。

 コンビニに置いてたら普通に毎日買っちゃいそうだ。


 おもわず食糧問題が解決したが、家の問題は未解決のままだ。

 うーん、このまま日が暮れたらヤバいぞ……。


<うま、うまま~♪>


 焦るオレをよそに、ノワは機嫌良さそうにミカンリンゴをつまんでる。


「もう、ちゃんと探してくれよ……んっ?」


 オレたちとは別の、草を押しのける音が聞こえた。

 嫌な予感がして音のした方を見る。

 するとそこには、息を荒くして興奮した様子のイノシシがいた。


「げっ、イノシシ!? イノシ……シ?」


 イノシシ……イノシシなんだろうか。

 眼の前のイノシシは体ががっしりとしていて、四肢が短くて太い。

 体毛は針金のように硬くて太く、茶色。頭は大きくて先の尖った形をしている。


 うん、ここまではいい。

 だけど問題は、そのイノシシがバカでかいってことだ。

 イノシシの大きさは大型トラックくらいある。

 足一本の太さは、オレの胴体くらいあるんじゃないか?


「ンゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


「うん、死んだわ」


 こんな怪獣みたいな動物がいるとは思わなかった。

 どうやらオレは、この異世界のことを甘く見すぎていたようだ。


 イノシシは息を吐き出し、地面を蹴る。

 文字通り、爆発的な突進力でオレに向かってきた!


「ひぃっ!!!」


 ドドドという地鳴りと共にイノシシが迫り、視界はブタ顔でいっぱいになる。

 終わった。オレはそう思って、逃げることも諦めた。そのとき――


<てけり・り!>


「えっ?!」


 ノワが例の奇妙な鳴き声を上げ、オレの前に転がり込んだ。

 すると次の瞬間、ノワはコーヒーゼリーみたいな体をニョキっと縦に伸ばした。


「ンゴオオオオオオオオ、オ?」


 猛突進してきたイノシシは、黒い線となったノワに激突する。するとイノシシの体は眼の前で真っ二つに分かれて、オレの左右を通り過ぎていった。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ……?!」


<きるるー!>


 そうか! ノワは石を切ったのと同じことをやったんだ!

 全身をノコギリにして、突進してきたイノシシを2枚におろしたんだ!


 オレが後ろを振り返ると、パカンと真っ二つになったイノシシの体が断面を上に向けて転がっていた。断面はスパッと鮮やか。まるで図鑑の解剖図のようだ。


「ノ、ノワってすごかったのね……」


<すごごー!>


 ノワはこともなげに巨大イノシシを瞬殺してしまった。

 それも何かスゴイ魔法とかじゃなくて、純粋なフィジカルで。

 

 もしかすると、この異世界ってドラゴンよりスライムのが強いのか?

 ま、まさかねー……。


<~♪ くとぅ、たべるるー?>


 真っ二つになったイノシシを前に、ぴょんぴょんとノワが飛び跳ねている。

 たべるるーは語尾が上がってるから、疑問形かな。

 きっとノワは、このイノシシを食べるのか? ってオレに聞いているんだろう。


「いや、今はいいかな。ノワが食べたければ食べてもいいよ」


<ノワ! たべるる!!>


 ノワは楽しげに跳ね回ると、イノシシの断面に取り付いた。

 黒いゼリーが肉の上に取り付くと、たちまちしぼんで骨が浮き出してくる。


 おお、けっこうエグいな……。

 もしかしたら人間にもこう……やめとこう。

 想像すると正気を失いそうだ。


<まーぷく! まーぷく!>


 真っ二つになったイノシシの片方が、たちまちのうちに平らげられた。

 キレイに肉がなくなって、あとに残ったのは骨と皮だけだ。


 当然、ノワのサイズも大きくなった。

 いまはだいたい……軽自動車くらいかな?


 ついさっきまで子犬くらいの大きさだったのに……、

 さすがスライム。食べれば食べるだけ、体が大きくなるらしい。


「ふーむ……」


<むーむむ?>


「いやほら、コレが使えないかと思ってね」


 ノワがひとしきり食べた後、地面に残ったものがある。

 ――イノシシの骨と皮だ。


「木で家を作るかわりに、これでテントを建てたらいいんじゃないかなってね」


 オレは地面に転がっているイノシシの骨をひきおこしてみた。

 ふむ、イノシシの大腿の骨は、僕の身長を軽々と追い越している。

 テントの柱にすれば、けっこう余裕のある高さになりそうだ。


「ノワ、手伝ってくれる?」


<ノワ! やるるー!>


 オレはノワに指示してイノシシの皮を程よい大きさに切り取ってもらう。

 次に骨を軸にして皮を巻き取り、巻物のようにした。


「うん、やっぱりだ」


 皮にはふつう、なめして「革」にするまで、色んな工程が必要だ。

 しかし、オレの手にあるイノシシの皮は完全な「革」だ。


 ノワがイノシシを食べた時に、皮にあった毛と脂肪分をこそぎ取り、水分まで剥ぎ取っていたのだ。コレにはちょっと驚いた。


「よし、荷造り完了! いくぞー!」


<いくぞぞー!!>


 家(仮)に戻ったオレは、石の土台の上に骨を建て、革を張る。

 イノシシを食べて大きくなったノワの助けもあり、ほどなく家は完成した。


「ま、ちょっと想像したのとは違うけど……まぁ、いっか!」


<いっかー!>


 ――草原の中に、ひとつの簡素な家がたたずんでいた。


  石を切り出してレンガ状にした土台の上に、2対の骨の柱がそびえている。

 その骨は、巨大イノシシの体を支えていた命の証だ。


 柱に支えられているのは、ピンと張った重厚な革の屋根だ。イノシシの体を長年守ってきた革は、雨風を防ぐのに十分すぎるほどの頑丈さを誇っている。


 うん。見た目はちょっと原始人めいてるけど、家は家だ。

 異世界の地に、ようやく安住の地が誕生した。



うーむ。九東くん、順調に人間やめてそう…

(SAN的な意味で

ちなみにブタの皮って毛穴が大きいので防水面に弱点があります

実のところ、テントにするのはあまり向いてないかも。

ま……異世界イノシシなのでえぇやろ!

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