人中の呂布。キメラ中の…何?
「ダメだったぁぁぁ!」
俺が絶叫していると、キメラはその動きをピタリと止める。
筋肉隆々の巨体が急に停止し、可愛らしい犬と猫、2つの顔が俺をじっと見つめる。瞳がキラキラと輝き、まるで飼い主を見つけたかのようだった。
そして、次の瞬間――キメラが俺に飛びかかった。
「――!!!!!」
目をつむり、覚悟を決めたその時、予想外の感触が襲ってきた。
べろんべろんと顔を舐め回す、ぬるっとした舌の感触だ。
目を開けると、キメラのポメとハチワレの顔が至近距離で「ワン! ニャー!」と吠え、嬉しそうに俺の顔面を舐め続けている。
「なに、なに?! うわっクサ!!!」
じたばたともがくが、キメラの筋肉質な前足ががっちりと俺を押さえつける。
さらに、スウェットの裾をポメがくわえ、ブンブンと首を振って振り回し始めた。
「あばばばばば!! やめてー! 俺はオモチャじゃなーい!!!」
俺の悲鳴は空しく虚空に響くだけだ。ノワは助けるべきか悩んでいるのか、ぷるぷる震えながら鍋を掲げて様子をうかがっている。
ブルーメはというと……一歩離れた場所で、クスクスと笑っていた。
「さすが我の心馳せ人。〝きめら〟も心寄せ給うは、いとおかし」
「これ、好かれるってレベル?!」
ようやくキメラが満足したのか、離れて地面にドスンと座った。
ポメラニアンの顔が「ハッハッ」と舌を出して笑っているように見える。
ハチワレの方はまだ遊びたらなさそうだ。
「マジで何なんだよお前……。異世界とはいえ、誰得なんだこのキメラ」
キメラは「ワン!」と一声返し、「俺だよ!」と言わんばかりに胸を張る。
そうですか。
俺は立ち上がり、スウェットの裾で顔を拭いた。
まだべとべとする。水探さないとな。
「まぁ、うん。テイムは成功ってことにしとくか。とりあえず、お前は……ポメ吉、いやそれだとハチワレ部分が……『キメェ丸』にしておくか?」
キメラが嬉しそうに尻尾を振ると、先が地面を叩く度に軽く震えた。
お前はそれでいいのか。
うーむ。キメェ丸だぞ。さすがに何かアカン気がする。
もっとこう……シンプルに。
「よし、お前の名前はポメハチにしとこう。決定!」
「わん! にゃん!」
「さーて、一波乱あったけどこれでようやく……」
俺が腰を下ろそうとしたその時、遠くから地響きが聞こえてきた。
風に酸っぱい匂いがまじり、ざらりとした感触を肌に感じる。ブルーメを見ると、彼女はいままでにない鋭い目つきで平原の彼方をにらんでいた。
「心馳せ人。新手が参りました」
「また来るのぉ?! もうイヤなんだけど!!」
俺が立ち上がったのと同時に、平原の地平線から新たな影が姿を現した。
しかも一体ではなく、三体もいる。
ポメハチとは異なるタイプの、さらなる異形の怪物たちだ。
一体目は、ワニの頭にコウモリの翼を生やした飛行型のキメラ。鋭い牙が夕陽に光り、羽ばたくたびに風圧が草をなぎ倒す。
二体目は、カマキリとクマが融合したような姿のキメラだ。前脚の鎌が金属のようにぎらぎらと輝き、後脚は太い熊の足で地面を踏み鳴らしていた。
三体目は、なぜかタコの触手が胴体から生えたヘビ型で、ぬめぬめと這いながらこちらに近づいて来ている。
「今度はフツーにキモいのが来た?!」
< きもきも!! >
その時、俺のそばにいたポメハチが立ち上がり、俺の前に仁王立ちした。
どうやら、新手のキメラから俺を守るつもりらしい。
「ポメハチ、お前……戦ってくれるのか?」
「ワン! ニャン!」
その一声とともに、ポメハチが動いた。
俺のテントを支えていた骨材――イノシシの大腿骨を大木の根のようなたくましい前足でガシッと掴むと、根本から引っこ抜いた! ちょ、それ俺の家!!!
ポメハチは手に持ったイノシシの骨を武器にしてぐるぐると振り回す。
まるでそれが自分の手に馴染むか、試しているかのようだ。
どことなく中国武術を思わせる動きで骨棍棒を回転させるポメハチ。
俺の胴体ほどもある太い骨が空をきり、ぶおんぶおんと重い音をさせる。
もうこれキメラっていうか呂布だろ。三国無双する気だよこれ。
「ウゥ~! フー!!」
筋肉の王国がうなりを上げ、平原に砂塵が舞う。
その可愛らしい顔とは裏腹に、その筋肉質な体躯が爆発的な力を発揮する。
まず最初に標的となったのは、ワニコウモリだ。上空から急降下してきたそのキメラに対し、ポメハチが跳躍した。背中の筋肉山脈が弾けるような勢いで膨張し、骨材を振り上げて地面を蹴る。
「「ワンッ!」」
刹那の一撃だった。ポメハチごと縦回転した骨棍棒がワニコウモリの翼を叩き潰し、壊れた傘のように変形させる。異形は悲鳴を上げながら地面に墜落した。
着地と同時に、ポメハチはくるりと振り返る。
次なる敵――カマキリ熊に突進するためだ。
迫りくるカマキリ熊が両手の鎌を振り下ろす。灰色の三日月がポメハチを狙うが、風車のように回した骨材で弾き返し、逆にカウンターで突きを放った。
ごつごつとした棍棒の先端がグリズリーの胸に吸い込まれる。とても骨がぶつかったとは思えない甲高い音がして、火花が散る。
「す、すげぇ……!!」
怪獣大決戦はまだ続く。ポメハチは岩塊のような足による回し蹴りを叩き込み、熊の巨体をよろめかせる。そのスキにポメハチは左右に骨材を躍らせた。
音速に達した先端に触れた鎌はガラスのように砕け散り、カマキリ熊は地面にどう、と倒れ込んだ。
「圧倒的じゃないか……」
俺が呆然と呟く中、最後に残ったタコヘビが触手を伸ばしてきた。
ぬめぬめとした触手がポメハチを絡め取ろうとするが、巨体は動じない。腕、背中、全身の筋肉が膨れ上がったかと思うと触手が引きちぎられた。
(この「フンッ」ってやつ、なんか天空の城ラ◯ュタで見たことあるぞ。)
ポメハチは手に持った骨棍棒を槍のように構えて突進――白い先端がタコヘビの胴体を貫き、緑の蛍光色をした体液が草原の草を染めた。
「グギャアアア!」
タコヘビが断末魔の叫びを上げて倒れると、平原に静寂が戻った。ポメハチは骨材を地面に突き立て、「ハッハッ」と舌を出して満足げに俺を見ていた。
「うっそぉ……全部やっつけちゃった」
ポメハチの手にあった骨棍棒はヒビが入ってボロボロだ。
さすがにあれだけ荒っぽくされれば限界がくるか。
「まぁ……うん。よくやったよ、お前は」
< やたた! >
「ワン! にゃ!」
「いや、うん。確かに助かったんだけどさ……。テントが無くなっちゃったじゃん! もうこれ、スローライフどころか、サバイバルじゃん!」
土台から柱を引っこ抜かれたテントは毛皮が石の土台に落ち、無惨な有り様をさらしている。こうなってはもはや、雨風をしのぐどころではない。
毛皮にくるまってしのぐしかなさそうだ。
「クゥン……。ぷいっ」
ポメが申しわけなさそうに鳴き、ハチワレがしらんぷりする。
くっ、ポメは素直そうなのに、こいつめ……!
「まぁ……やっちまったもんは仕方がないか。明日からまた、家のまわりをどうにかする方法を探そう。アレもなんとかしないとだしな……」
平原には、3つの巨大な異形の死体が転がっている。
あのまま放っておけば、腐って悪臭を漂わせるし、獣や虫が大量発生するおそれもある。可及的速やかに死体処理をしないと。
「……いや、今すぐ何とかできる方法、あるな」
指を弾いた俺の足元で、ノワがぷるんと震えた。
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