黒神サイド「GalacTube」
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まるでとりとめのない奇妙な一行が平原を闊歩していた。
見渡す限りの緑と風がそよぐ中、現代風のスウェットを着た、ちょっとコンビニいってきます風の青年「九頭」が先頭を切り、背後にまるで大きな花のつぼみが歩いているような、花びらの着物を着た少女の「ブルーメ」が続く。そして最後尾には、頭に鍋を載せたスライム「ノワ」がぷるぷると揺れながらついてきていた。
まるで異世界転生もののパロディのようなこのトリオ。実はある「顔のない男」の掌の上で踊らされていた。
虚無を体現したかのような、白い空間に座す黒い男。
名状しがたい宇宙の暗黒が広がるがごとくの黒衣に身を包み、突き出た頭部には顔の代わりに永遠の虚無が広がっている。
九頭が奇妙な空間で出会い、彼を異世界に送り込んだ存在だ。
顔のない男が空中に手を泳がせた。すると「GalacTube」という文字列が何も無い虚空に浮かび上がった。GalacTubeとは※タイプII文明に達した種族が銀河中からアクセス可能な動画共有サービスだ。
※タイプII文明:一つの星系の資源、エネルギーを全て利用できる文明。ダイソン球を作って太陽丸ごと発電所にしたり、星を作り変えたりできちゃう。スゴイ。
この顔のない男は、銀河の動画共有サービス「GalacTube」で生配信を行い、小銭を稼ぐのを生業としている。
銀河では〝ストーリーテラー〟という実況形式が人気だった。
超絶テクノロジーで事故死した人間の記憶と肉体を再生。
そして「転生」と称して異世界に放り込み、配信者がその活躍を実況する。
配信者は物語の語り手となり、転生者や異世界の住人たちの行動に介入しつつ、彼らの運命を視聴者と共に紡いでいく。それがストーリーテラーという形式だ。
ストーリーテラーがすべきことは「盛り上げる」ことだ。転生者に苦難、あるいは恩恵を仕掛けることで視聴者の反応を引き出しつつ、自身の利益を追求する。
視聴者は単なる観客ではなく、コメントや金銭を通じて物語の方向性を提案し、時に受難を、時に救済を求める参加者となる。
この形式が銀河で愛される理由は、予測不能な展開と視聴者との双方向性が織りなす混沌と興奮のエンターテインメントにあった。
黒衣の男は虚空に浮かぶ配信機材を操作し、淡々とした声で喋り始める。九頭たちが映る画面右側には、視聴者のコメントがちらほらと勢いなく流れていた。
「おはこんばんちは。ナイアルでーす。いやー、今日も皆さんの応援のおかげで配信できてます、ありがとうね。さてさて、我らが転生者九頭君とその仲間たち。新たに仲間としてブルーメを加えて、生活道具も手に入れました。ようやく安定してきたかなーって感じだね。まだまだ安心はできないけど」
ナイアルは「エネル」――銀河版スパチャを稼ぐ中堅配信者だ。
チャンネル登録者数はそこそこ、再生数は安定してるが爆発はしない。
そんなナイアルにとって、今回手に入れた九頭はまさに金のなる木だった。
ストーリーテラー実況では、転生者を異世界に放り込むのが基本だが、視聴者の望むようなストーリーが成立する成功率はあまり高くない。多くの転生者は異世界の過酷な環境や常識の違いに耐えきれず、発狂するか自暴自棄になってしまうのだ。
例えば、現代社会しか知らない者が突然モンスターだらけの星に放り込まれればどうなるか。ほとんどの者は、パニックを起こして数日で精神崩壊する。発狂して原住民の街に突貫でもして無惨に死ぬのは絵になるのでまだいいが、自殺は最悪だった。何の面白みもないからだ。
ナイアル自身、過去に何人も転生者を〝転生〟させてきたが、半数以上が配信初日に使い物にならなくなり、視聴者からも「つまらん」「エネル返せ」と叩かれた苦い経験を持っていた。
しかし、九頭は違った。
彼は異世界に馴染み、驚異的な適応力と行動力を見せている。
実況装置であるモノリスを起動させてからというもの、彼はノワを手なづけ、街一つ壊滅させたブルーメに対しても怖じけずテイムを図った。
彼は「アタリ」だ。ここまで使える転生者はそう多くない。もし九頭が発狂したり死んだりすれば、ナイアルは新たな転生者を探してイチから仕込む手間がかかる。そうしたとしても、次の転生者がまたすぐダメになるリスクもある。
ナイアルは可能な限り九頭のことをしゃぶり尽くすつもりだった。
彼が死なない程度に危機を仕掛けて視聴率を稼ぐ綱渡りを続けるつもりなのだ。
<鍋ノワかわいい。うちにほしいわ>
<ブルーメちゃん可愛いけど怖いっすね>
<九頭くん、部屋着のままなの笑うしかない>
<ナイアルさん、次何かイベント起こしてくださいよー>
ナイアルはコメントをチラ見しつつ、内心で舌打ちする。
(イベントかぁ……。毎回何か起こせって言うけどさぁ、九頭くんがやられると俺の収入減るんだよね。でも視聴者様の言うことだ。アンケートとって考えてみるか)
「じゃあ皆さんの意見聞こうかな~。アンケート取ります!」
ナイアルは虚空に指先を踊らせ「GalacTube」の画面にアンケートを投影した。
すると数字のついた3つの選択肢が九頭たちの映る画面の下に並んだ。
①空から謎の物体(再アンケあり)が降ってくる。
②移動中に野蛮な現地人に遭遇する。
③帰ってみたら拠点が何者かに襲われている。
「どれがいい? コメントで教えてね、エネルの投下も待ってるよ―」
アンケートの選択肢の横で、何かのゲージが伸びる。
投票がはじまったようだ。アンケート結果は③が過半数だった。
結果を受け、コメント欄が少し動き出した。
<③で頼む! そろそろ派手に行きましょう!>
<九頭君ピンチになれば盛り上がるっしょ>
<ブルーメ無双また見たいっす。100エネル投げるんで!>
<ナイアルさん、死なない程度にしてねw これお茶代の10エネルです!>
<③希望! この星ってキメラいるんですよね? 500エネルでキメラ希望!!>
「ほほう、③ね。キメラかあ……リスクあるけど、500エネルはデカいな。よしよし、視聴者さんのためなら仕方ないよねえ~」
ナイアルはそう呟きつつ、内心ではリスクの計算も怠らない。
九頭は金づるである。しゃぶりつくすまで死んでもらっては困るのだ。
(九頭くんの拠点、作ったばっかで何も無いし、壊滅しても実質ノーダメージよな。そこ襲わせれば数字稼げるか? 死ななきゃ無傷。よし、やっとくか!)
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