サルベージ
スライムのノワに続き、肉の妖精(なんだよ肉の妖精って)ブルーメを加えた俺たち一行は、静まり返った街の中へと入っていった。
街をすっぽり包みこんでいた肉の泡は影も形もなくなっている。だが、それが幻ではなかったことを、街路に残った鮮血のような赤い液体が示していた。
(ひゃー……こりゃ大惨事だ)
あまりにも非現実的で凄惨な光景を前にした俺は、正気を失いそうだった。
しかし、心を強く持って足を前に踏み出す。
これからこの異世界で生活をしていくためには、色んな道具が必要だ。
怖気づいてはいられない。
「さて、まずは何から探そう……やっぱ、ナベとか食器かな?」
スターターパックのカロリーメイトはそう長くもたない。
いずれこの世界で手に入れた食材を使って、料理をする必要がある。
だが、キャンプには料理に使える道具がひとつもない。
フライパンやナベといった調理器具と、食器が必要だろう。
「よし、そうと決まれば手近なご家庭を探してみよう」
「しからば、みましにご同道さぶらうなり」
< ごかてー! >
これを幸いと言っていいのかわからないが、街の家々は肉の泡に押しつぶされ、扉や壁がぶっ飛んでる。道具を求めて侵入する俺たちを防ぐすべはない。
とりあえず、手近な一軒家に目星をつけた俺は、崩壊した玄関から中にはいった。
「おじゃましまーす!」
< おじゃじゃま! >
まず最初に入った家は裕福そうなご家庭だった。リビングの壁に小ぶりの絵が飾られてるし、テーブルの上にはピカピカの銀食器が並べられてある。
「わ、カトラリーってやつか? アニメでしか見たことないぞこんなの」
持ち上げた銀のスプーンやボウルには、職人が何ヶ月もかけて作ったような細かい細工がされている。元の世界だったら何十万円もしそう。
「ちょっと豪華すぎて、これでゴハン食べるのは、ちょっと気が引けるな……」
< ひけひけ! >
「さはありけむ。よろしき姿とりけるはしかるべし」
「えーっと……身だしなみは整えるべき、みたいな?」
「げに」
花びらのような前髪を揺らし、微笑んで頷くブルーメ。
どうやら合ってるらしい。
「まぁ、ブルーメだったら似合いそうだけどねぇ……」
ザ・お姫様って感じのブルーメなら、銀どころか金の食器でも似合いそうだ。
でも、プラスチックと瀬戸物しか使ったことない俺にはどうも……。
「ま、もらってくか。銀ならブツブツ交換にも使えるだろうし」
< ぶつぶーつ! >
テーブルの上にあった銀食器をつみかさね、ふところに抱える。
う、結構ずっしりくるな。
「このまま持ち帰るのは大変だな。お家の中に袋とかないかなぁ?」
< くとぅ、なべべー!>
「なべ? おぉっ、でかしたぞノワ!」
俺が銀食器をかたしてる間に、ノワはどこからか黒鉄の鍋を見つけてきた。
それもおとぎ話の魔女が使うような、口に取っ手がついた壺状の深鍋だ。
「こりゃいいや、あつめた食器はこの鍋の中に入れちゃおう」
< いれいれ! >
俺はノワが体を張って支えている鍋の中に食器を入れた。
だいぶ重いはずだが、ノワは鍋を置こうとしない。
どうやらそのまま運んでくれるようだ。こりゃ助かるね。
「しかし、まるでヤドカリみたいだなぁ……」
< やどやど! >
ノワの大きさは鍋の半分くらいだ。だもんで、
彼(?)が鍋を運ぶとカタツムリかヤドカリのような見た目になる。
ちょっとかわいいかもしれない。
「よーし、あとはキッチンで使う道具をいくつか拝借していくか」
ダイニングからキッチンに場を移し、俺はその場にあった道具を回収する。
野菜や肉を切るためのナイフ。鍋をかき混ぜるためのお玉。
そういった料理に使えそうな道具を取っては鍋に入れていく。
< むぎゅぎゅ! >
「ごめんノワ、ちょっと入れすぎたな……これくらいにしておくか」
「さてありぬべし。夜しづかなれば、あやうし」
「うん……? 夜、静かになると危ないって?」
「そよや さることありきこえしもの、いかでか知らん。
月光なかりし夜は、闇より妖来たりてはばかるなり」
「ふむむ? よくわかんないけど……月のない夜は、暗がりから何かが来る?」
「げにさなり」
「なるほど。夜になる前に帰ったほうがいいってことか。なんか大事なことを言ってるのはわかるんだけど、ブルーメの言葉は分かりづらいなぁ……」
「わが主にはかたじけなし」
「気にしなくていいよ。ブルーメがこうやって人と話すのは数百年ぶりなんだろ? 今風の喋り方は、そのうち覚えてくれればいいさ」
「げに心馳せ人」
< くとぅ! やさし! >
ブルーメは着物(?)の袖を目元にやって、およよと泣くフリをする。
むぅ。主といいつつ、俺のことをからかってるな。
ま、多少は大目に見よう。
ブルーメはこの異世界で初めて出会った会話のできる相手だからな。
機嫌を損ねても仕方ない。
それに彼女はこの異世界のことをよく知ってそうだしな。
……あ、そうだ! 古語をあやつるなら、昔のことも知っているはず。
となると、キャンプにあった奇怪な建物のことも知ってるかも。
拠点に戻ったら聞いてみるか。
「よーし! 遠征はここまでとして、キャンプに帰還するぞ!」
< かえるる! >
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