転生
ふと気づくと、オレは真っ白な廊下の真ん中に立っていた。
廊下の先には褐色の肌をした黒衣の男がいる。
男は書類を手に、ブツブツと何かをつぶやいていた。
「あの……あれ?」
何だ、何がおきた?
確か俺はさっきまで自分の部屋でゲームをしてたはずだ。
寝落ち寸前まで遊んでたから……ああ、これは夢か。
「あ、もう来た。えーっと……はいはい、あー自宅で突然死ね。九東さん、あなたもう死んでるんですけど、自覚ありますかー?」
「は? いや、特に無いっすね」
さすが夢。展開が突飛すぎる。
どうやらオレは死んだということになっているらしい。
「えー、あなたはこれより異世界に転生します。そしてあなたには転生先の異世界について質問と要望を述べる権利があります。これら質問と要望は、転生者の不利になることはありません、と。」
「なんかアレみたいですね。アメリカの警察が逮捕前にいうアレ」
「あーミランダ警告? 似たようなもんだねー」
「へ~、あれってちゃんと名前あるんだ」
「転生も最近コンプライアンスが厳しくてねー。ほら、後になって聞いた話と違うとか、世界が気に入らないとかで、転生先の世界ぶっ壊すやつもいるのよ」
「あー、そういう展開ありがちですね。ちゃんと問題になってたんだ」
「そんで、お兄さん、何か質問とかある?」
「うーん、どういう異世界に転生する感じですか? できるだけ一般的なファンタジー世界に転生するのを希望したいんですけど」
「一般的なファンタジー世界、ね。いわゆるナーロッパ系? それとも指輪系?」
「神様の口からナーロッパって出るのなんかイヤだな……ナーロッパよりでお願いします。エルフとかドワーフとかいて、あ、あんま殺伐としてない世界で」
「それだと結構数がしぼられちゃうねー。お古でもいい?」
「まぁ、命の問題がないなら……」
「はいはい。え~っと……ああ、ここなら命の問題はないかなー」
「いい感じの異世界ありました?」
「うん。ただ見慣れない生物が多いけど、それでもいい?」
「ドラゴンとかスライムみたいな?」
「うん、そんな感じ。」
「じゃあ、調教のスキルってもらえたりします? いろんな生物とコミュニケーションとかできるようなスキルがほしいです」
「問題ないよ。スローライフ目的、チートは調教、と……」
事務員は書類の上でペンを走らせ、サラサラと書き込んでいく。
「君が死ぬ前にやってたゲームもこんな感じだったよね。コロニー経営だっけ?」
「あっはい。村とか街作ったりするゲーム好きなんですよね」
「なるほどなるほど……じゃあそういう感じでいじっとくね」
「あと、当座の資材とかもらえたりします?」
「はいはい。簡単に死んだら面白くないからね」
(なんか引っかかるなぁ……まぁ夢だから言っても仕方がないか。)
「じゃあ書類にサインお願いね。これは皆にお願いしてることだから」
「あっ、はい」
オレは黒衣の事務員から渡された書類に自分の名前をサインした。
書類を受け取った男は、しつこいくらいに指差し確認を繰り返して頷いた。
「うん、これでおっけー。んじゃ、後ろのドアを通ってください」
振り返ると、オレの後ろにドアだけがポンと現れていた。
ノブを回して開けると、その先には緑豊かな平原が広がっていた。
「お、おぉ……?」
無意識のうちに、何かに誘われるようにしてオレはドアをまたいでいた。
優しい風が頬にあたり、草花の香りが鼻をくすぐる。
ウッソォ!! こんな天国みたいな異世界があっていいんですかッ?!
「んじゃ、楽しんでねー」
黒衣の男のその言葉を背に受け、オレはドアを閉じた。
「…………。」
白い廊下の中に残された男が立ち上がる。
しかし立ち上がったその姿は、座っていた時に比べると異様に高い。
黒くうごめく肉体は、廊下の天井を擦らんばかりだ。
男の肉体の変化は、まるで服ごと体が伸びたようにみえた。
不定形の肉体の変化は続き、木の根を逆さまにしたような形になる。
闇夜のような漆黒の表皮がうねり、幾重にも渦を巻く。
異形の姿は次第にヒトを模したものになる。
しかし、それの頭部に相当する場所には何もない。
ただぽっかりと大きな穴が空いているだけだった。
「…………さて、配信の用意をしますか」
無貌の異形はそう言って、冒涜的に笑った。
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本作は、某名作コロニー経営ゲームのDLCが元ネタです。
本当に異世界ファンタジー×クトゥルフ神話でスローライフできるのか?
ご期待ください。