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97. ソリウイロの愛

「私は生まれた時から貧しくて、こんな身になってしまい、神からも、仏からも見放された不運な女だと思って、ひねくれて生きてきました。それが、最後の最後になって、報われたなんて、今はなんと幸運な女だろうと思っているよ」

「姉さん、もうしゃべらないで」


「私には時間がないのだから、好きなだけ話させておくれ。私の願いはさ、好きな男のために何かをすること。好きな男に見守られて死ぬこと、この二つだった。どちらも叶うはずがなかったのに、今、そのふたつがかなえられそうなのだからね、大団円の人生ということになる。生きてみなくっちゃ、わからないってことだね」

 ソリウイロがまた起き上がって、ニニンドを見つめた。


「ニニンド、私のために、そんな悲しい顔をしてくれているのかい。美しい人は、悲しい顔まで美しいねぇ。私は幸せなんだよ。あんたは知らないだろうけど、愛というものには、なかなか出会えないもんなんだよ。見つかったと思っても偽物だったり、空っぽだったり、すぐに消えたりするばかりで、やたら引きずる時間ばかりが長くてさ。人に与えられた人生はたったの一回、それも悩みばかり多い一回ときているけど、本当に好きな人と出会えたら、それだけで大成功なんだよ」


 ソリウイロがニニンドの手を両手で包んだ。

「ニニンド、あんたにひとつ、頼みがあるよ」

「どんなことでも言ってください」


「私は今から、あの世というところへ行く。前はね、死ぬことを考えると身が縮むほど怖かった。でも、今は怖くない。何で、あんなに恐れていたのかって、損した気持ちさ。怖くないのは、あんたがそばにいるからだよ。いつかはあんたもあの世に来ることになるだろう。その運命さだめから、逃れた人はひとりだっていないのだからね。その時、あちらで私を見かけたら、声をかけてはくれないだろうか。それが、私の頼みだよ」


 ニニンドが深く頷いた。

「わかったよ、ソリウイロ姉さん。姉さんを見かけたら、ちゃんと声をかけるからね」

「その時、そばにあんたの好きな人がいたら、どうするんだい」

 ソロウイロは睨むような目をして、笑った。

 ニニンドの頭には、サララの怒っている顔が浮かんだ。サララがいたら、きっとびんたを食わされることだろうと思った。


「姉さん、私はちゃんと声をかけるから、心配しないで」

「ありがとう」

 ソリウイロはニニンドの手をめいっぱい強く握り、自分の頬に押し当てて泣いた。

「私は幸せものだよ」

 

今夜、この世界で、何人の人がなくなっていくのだろうか、とリクイは思った。今、ここに、その人生を終えようとしている女性がいる。死はこわいものだとばかり思っていたけれど、ソリウイロは幸せだと言っている。リクイは愛の不思議さを感じていた。


 愛はどうやって生まれてくるのだろうか。

 人はなぜ、その人を愛してしまうのだろうか。

 愛さないほうがいいのに、愛してしまったり、愛のために危険を冒したり、生命までもかけてしまったりするのだろうか。

 愛する人を見つけても、通じなかったり、逆に愛されても、その気持ちを感じてあげることができなかったり、ぼくにはわからない。


 リクイは爺さまが亡くなった夜のことを思い出した。爺さまが話したいことがあると言っているとジェットが何度も呼びに来た。でも、リクイは今夜みたいに、部屋の隅にうずくまっていた。あの時、今夜のニニンドのように、慈しみがあるべきだったのだ。


 この世界で、人が死なない夜はない。死は誰にでも、やってくる。

 恵まれた人生を送った人にも、そうでない人にも。死にたい人にも、死にたくない人にもやってくる。


 ソリウイロはニニンドの手を握りながら、静かにあの世に旅立った。

 ソリウイロの最期に、こんな筋書きが用意されていたとは、本人も知らなかっただろう。自分の前にはどんな道があり、それはどこに続いていき、どんなさいこが用意されているのだろうとリクイは思う。 

 

 ニニンドとリクイは女郎屋を引き上げて、外で待機していたハヤッタとともにも宮廷に向かった。

 馬車の中で、ニニンドはソリウイロが言い残したことをハヤッタに告げた。

 その後、誰も口をきかず、それぞれが反対方向の窓から、外を眺めていた。

 今、ひとりの女性がこの世を去っていったというのに、世の中はそんなことは知らないし、気にもしていない。いつものように動いている。


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