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84. ジェットの組紐

 ハヤッタは宮廷に戻ると、王の許可を得て、信頼のおける数字に強い部下を各地の師団に送り、出納簿を確認させることにした。


 ハヤッタ自身は倉庫の中身の点検に取り掛かろうとした。王宮には金庫、銀庫、銅庫、宝物庫などの倉庫がある。この十年というものJ国は飢饉もなく、財政は豊かで、倉庫は金銀銅で満ちているはずである。

 その倉庫はマグナカリ王弟殿下の管轄で、その鍵は国王と王弟だけが持っている。


 国王がしきりに王弟を呼びにやるのだが、彼は宮廷を離れていて、居場所がいまだわからない。

「ひとつだけでも、倉庫を開けるわけにはいきませんか」

 とハヤッタが懇願した。

 

 うむむ。

 王は悩む。弟の神経を荒立てさせたくはないからである。


「財政はマグナカリが取り仕切っているので、耳にいれないで開けることは控えたい。彼はプライドが高く、こういうことには敏感で、傷つきやすい。そこのところに特に気をつけて行動しなければ、後で起らなくてもよい問題が起きるだろう。とにかく、それだけは避けたい。彼との関係は一度もつれたら、なかなかもとには戻らない。マグナカリはもうすぐ戻ることだろう。それまで待つのが良策だろう」

 国王がそう言って、ハヤッタの顔を伺った。


「誠に。私も、王弟殿下のお帰りを待つのがよろしいと思います」

そういう場合ではないのだが、ハヤッタはかしこまってそう言い、その場を足早に、まだ少しびっこを引きながら立ち去った。



 その部屋には、ニニンドが指揮の下、鬼ヶ岳の事故現場周辺で見つけたすべての物品がテーブルの上に集められていた。 

 ハヤッタが現れて、テーブルに並べられた三十個ほどの発見物の中を見て回った。ほとんどががらくただったのだが、中に三十センチくらいの紐があった。

 ハヤッタがそれを取り上げて、泥を水で落としてみると、それは赤、茶、オレンジ色で編まれた組紐の部分だった。

 ハヤッタがそれとなく、それをリクイに示した。


「それは」

 リクイが驚いて、その紐を手に取った。

「これは兄のものです。ジェット兄さんは、これをいつも首にかけていました」


「ああ。それは」

 その時、ニニンドは思い出した。

 それはサララと市場に行った時、腕相撲で優勝した若者がつけていた組紐だった。


「その彼とは井戸のところで出会ったのだけれど、彼は裸だったから、この組紐を首にかけていたのがよく見えた。組紐には丸い玉がついていた」

「何色」

「丸い緑の玉だった」

「うん。兄さんの組紐には緑の石がついていた。とても大事な石なんだよ。この石の持ち主が、いつか迎えにくると言っていた」


「私が話していると、そこに美しい女の子がやってきた。今思うと、彼女がH国の姫だ」

「その時、サララはそこにはいなかったのかい」

「サララは、離れたところで待っていた」

 

 どうして、とリクイの目が訊いていた。

「私が早食い大会に出て、顔中を米粒だらけにしたから、ひとりで洗いに行ったんだ」

 とニニンドがリクイの耳元で言った。

 ええっ、きみが早食いをしたのかい。


「それはまぁいいから、つまり、私はリクイのお兄さんと会ったということだ」

 あの時、サララが一緒に井戸まで来ていたら、ジェッタと会えて、この事態はなかったのだろうか。


 そうか。その日、兄さんは市場ににいたのだ。

 リクイは切れた組紐を手にしながら、不気味な心臓の音を聞いていた。


「でも、まだ望みはあるから」

「生きているという望みかい」

「そうだよ」

「でも、現実には、千人もの人が崖にはいつくばって、日夜捜索しても見つからないのだから、兄さんはもう見つからないと思う。獣にでも、食われてしまったのだろう」

「そしたら、骨があるはずだろう」

「そうだけど」


 その夜、リクイは崖から、ジェット兄が転げ落ちていく夢を見た。「ジェット兄さん」と叫んで手を伸ばして助けようとするけれど、次の瞬間、夢は終わるのだった。

 ジェット兄さん、どこにいるの?リクイはその場に座りこんだ。リクイを見上げると、彼は口を一文字に結んで、頭を垂れていた。彼も、似たような状態で、母親を亡くしているのだった。


 次の夜。屋根に上がった時、

「崖の下には、別世界へ続く入口があるのだろうか」

 とニニンドがぽつんと言った。

「どうして」

「そうでないと、説明ができないだろ。こんなに探しても見つからないんだから」


「そうかもしれない。ニニンドはお母さんがまだ生きていると思っているのかい」

「母上が生きていたら、必ず私に会いにくるはずだろう。それがないのだからね、生きてはいないだろう。でも、谷底でその入口を見つけて、入っていったのかもしれない。母上は好奇心が特別に強かったから、不思議な入口なんかを見つけたら、必ず入っていく人なんだ。母上は人の想像を超えた人だからね、どんなことも可能なんだ。今でも私をどこかで見ておもしろがっていて、ただ出てこないだけかもしれないとも思いたいけど、それはないだろう。だから、母上が生きていると思うかと訊かれたら、そう信じているというより、そう祈っていると答えたい」

「うん。この世には、本当に不思議なことがある。不思議なことが起こってほしい」


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