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82. 寝言

 宮殿の前には、すでに六頭立ての馬車の支度ができていた。御者を先頭するのは、僻地から戻ってきたばかりのカヌンの弟のほうのカワリである。彼は急を要する事態なのだと感じていて、自分は疲れ知らず、道を知っているからと先導すると自ら名乗り出たのった。


 部下の誰もがハヤッタを慕い、ハヤッタの身体を懸念していた。

 馬車の中は席が取り除かれ、背の低い寝台が用意されていた。馬が走り出すと間もなく、ハヤッタは壁のほうを向いて、黒眼鏡をかけたまま寝てしまった。どれほどお疲れのことだろうとリクイは申し訳なく思った。

 

 リクイはなかなか寝つかれない。

 あんなに捜索をしても見つからないのだから、兄さんが無事で戻るということがあるとは思えない。兄さんと二度と会えないかもしれないと思うとこんなに悲しいことはなかったと胸がかきむしられる思いがする。どうしてこんな辛いことが起きるのだろうか。

 

 ぼくは弱い。でも、ニニンドは強い。偉いとリクイは今さら思う。十歳で母親を亡くしたのに、年老いた仲間を引き連れて生きてきたのだ。

 彼は言ってくれた。

「お兄さんがこの谷のどこかにいるのなら、私が見つけてみせる。どこかに飛んで行ってないかぎりね。私がこういう場所を走り回るのが得意だということを知っているだろ。なにせ昔はあれだったんだから」 

 ニニンド、ありがとう。


 ああ、これが夢であればいいのに、そう思って無理に目を閉じて眠ろうとしたら、「リクイ」とハヤッタが呼んだ。

「はい」

「サンクリ・・・」

 

 ああ、寝言だった。ハヤッタ様は何と言ったのだろうか。頭の中で、音をゆっくりと再現してみると、「サンクリカンド」、ではなかったか。


「サンクリカンド」

 それはどこかで聞いたことのある名前だ。

 そうだ、とリクイは思い出した。あの鬼ヶ谷の樵がぼくのことを「サンクリカンド様ですか」と訊いたのだった。

 ニニンドが第二王子の名前だと言っていた。

 

 あの樵の額の真ん中には、大きなほくろがあったから、帰ったら、探してみよう。見つけられるかもしれない。

 なぜぼくが亡くなった王子のサンクリカンドに間違われ、ハヤッタ様が夢の中でその名前を呼んだのだろうか。


 ハヤッタ様が目覚めたら、すぐにでもその名前は何なのかと訊きたい気持ちはうずいている。早く起きてくれないかとじりじりする。

 でも、樵から尋ねられたことも、ハヤッタ様の声を聞いたことも、うちに秘めておいたほうがよいと心の声が言っている。なぜだろうか。


 カワリの先導する馬車はすさまじい勢いで、国境に向かっている。その後を十二人の精鋭部隊が続いている。明日の昼頃には第七師団に到着することだろう。


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