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75. 腕相撲のチャンピオンと恋人

 ニニンドが井戸で腕相撲のチャンピオンに会ったと言うと、サララは口の中の饅頭を噛むのをやめた。


「どんな人だった?」

「若い人だった」

「筋肉もりもり?」

「いや、意外と痩せていたよ。背丈は私と同じくらい」

「そうか、痩せは強いんだ」

 サララは自分の右腕の筋肉をつかんでみた。

 

 ニニンドが井戸に行った時、その彼は肩脱ぎをして、汗を拭いていたのだった。

「勝ちましたか」

「腕相撲で、どうにか勝てました。どうしても、勝ちたかったんです」

 とその彼が微笑んだ。

 それはよかった。

「あなたは」

「早食いに出ましたけど、だめでした。残念ながら」


 勝ちたいと思っても、誰もが勝てるわけではない。ニニンドも、どうしても勝ちたかったけれど負けてしまったから、その青年のことをラッキーだと思った。


 振り返ると、店のあるほうから褒美の花冠をつけた女の子が歩いてくる姿が見えたので、彼は急いで袖に手を通した。

 その華奢な女の子はそれはうれしそうな顔でやって来たのだが、ニニンドに見られていると気づくと、恥ずかしがって、うさぎのようにチャンピオンの後ろに隠れた。

 彼が腰をかがめると、彼女がその耳に小さな声で「見つけました」と囁いた。ちょっとアクセントがあった。


「好きなものが見つかったのかい」

 と彼が訊くと、彼女はこくりと頷いた。

「それじゃ、それを買いにいこう」

 彼はニニンドに頭を下げ、ふたりは店のある方に、仲良く歩いて行った。


「とてもお似合いの恋人同士だった。きっとふたりは一緒になって、幸せな人生を歩むんだろうな」

「二にはそういうの、羨ましい?」

「どうなのだろうか。まぁね」


 サララが「見つけました」とその女の子を真似をしてみせたので、ニニンドが笑った。

「違うよ。そこのところが、羨ましかったわけではない」

「どこが羨ましいわけ? ニニは恋愛気質だから、困る」

 とサララがぐいっとお茶を飲んだ。


「私が恋愛気質、まさか」

「いつもニニの宮殿の周りには、きれいな姉ちゃんがうろうろしている」

「女官達のことかい。仕事で来ているだけだよ」

「さっきも、化粧をしたきれいな姉ちゃん達が集まってきたら、その顔を見て、むせてしまったじゃない?気になったわけ?」

「違うよ。あれは、前の列の子の目が、カリカリにそっくりだったんだよ」

「わたしのカリカリに」

 そういうことか、とサララは少し安心した。



「ところで、三頭のラクダはうまく育っているのかい」

「ラクダはいいんだけど」

 サララはこれまでは砂漠の道案内として雇われていたのだけれど、自分のキャラバンを組みたいと思っているで、ラクダが増えたのを機に、人をふたり雇った。リクイの畑にもひとりいるから、計三人を雇っていることになる。


「人を使うのって、大変。ひとりではできないことは知っているし、人がいると助かるのは本当だけれど、大変なことも増える」

「うん、わかる」

「三人の男を雇っただけであたふたしているなんて、情けない。ラクダだって、これから十倍にも、三十倍にも増やしていかなければならないのに、何やっているんだろう、わたし」

「特に、最初が難しいよ。人はこっちが思うようには動いてはくれないからね」

「そこよ、そこ。これまでは自分の仕事をこなしていればよかったんだけど、そうはいかなくて、今さら、キャラバンの親方を見直している。ニニは若くしてたくさんの手下がいたけど、どうやっていたの?」


「たくさんと言っても、十六人だから、そんなに多くはない。私の場合は生まれた時からそこにいた仲間なんだけど、みんな年寄りで、でも、一応山賊だからね、昔は暴れていた者が多いんだ。気が荒くて、でも、身体がついていかない人達。難しいよ。突然、子供みたいな私が親分になっただろ。それは面白くなかったはずだけど、自分達だけでは食べていけないからね、私に従うしかなかった。山を下りて、一座を組んで、それでなんとか食べられるようになった。サララには恥知らずと言われそうだけど、実際、人気のもとは私で、私の稼ぎで生活できていたようなものだからね、みんなも、それなりに認めざるをえなかったと思う。私は内心、心配が山ほどあって眠られない夜もあったけど、ぶれるなと自分に言い聞かせて、飄々《ひょうひょう》としていたんだ」


「そうなの。浮いた感じなのは地なんだと思っていた」

「それはあるかもしれないけど、親方が動じているところを見せてはいけないからね、そんなふうになったのかも」

「その人達のことは、今も心配?」

「それはね。帰国の時に、国王から随分とお金をいただいたから大丈夫なはずだけれど、あまり計画的な連中ではないのでね。一度、逝って様子を見てこなければならないと思っている」

「そうなんだ。わたしが案内人の時は、道を間違えないようにとか、強盗が襲ってこないかとか、砂嵐とか、そういうことは用心はするけれど、他人の心配はしなくてよかった。でも、ようやく目的地について荷物を渡したら、おっさん達はほっとしたバザールの蒸し風呂に行ったり、姉ちゃんと遊んだりするからね。そういう時が危険なんだ、こっちも女だから、一応」

「一応じゃなくて、サララはレデイだよ」

「レデイなんて言われたことはないなぁ」

 とサララが照れた。


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