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73. 好きな人

「ところで、リクイくんには好きな人はいますか」

突如、ハヤッタが訊いた。


「好きな人ですか」

 すぐには言葉が返ってこない。


「まだお若いですからね。変な質問をしてしまいました」

「変な質問ではないです。それは、いますよ」

 小さな灯の中で、リクイがハヤッタを見た。あの美しい緑の目で。


「そ、それはよかった。相手の方に、気持ちは伝えたのですか」

 また沈黙がきた。


「気持ちって思っているだけでは、伝わらないんですか」

 それを聞いて、ハヤッタはもう少しで笑ってしまうところだった。自分も、そう思っていたことがあるから。


「それはそうでしょう。でも、私にはわかります、リクイくんのお気持ちは」

「わかるんですか」

「わかりますよ」

「その人は、全然気づいてくれません」

 と声が少し小さくなった。「仕方ないです。ぼくは人からあまり好かれないんです」


「そんなことはないでしょう」

「ぼく、おもしろくないタイプだから」

「真面目なんですよね。私もそうです」


「特におもしろいことをしなくても、周囲から騒がれる人もいますけど」

「ああ、ニニンド様のことですか」

「わかりましたか」

「女官たちからずいぶんと人気があるみたいですね」


「ニニンドが通るだけで、女子が大騒ぎしたり、でも、中には恥ずかしがって隠れたりする子もいるんですよ。贈り物とか、手紙だって届いています。あれって、何なんでしょうか」

「私も、何なのだろうと思っているところです。彼はその手紙に返事を書いたりするのですか」

「彼は近くの人には全然興味がないみたいで、贈り物はあけてもいないし、手紙は読んでもいないと思います。それなのに」

 ふたりは声を合わせて笑った。しかし、その笑いは短く、夜の中にしりすぼみで消えた。


「ハヤッタ様が宮廷に来られて、一番大変だったことは何ですか」

 リクイが質問して身体をもぞもぞと動かし、横向きになった。

「一番大変だったこと」

 とハヤッタが繰り返した。

 今がその時かもしれない。ハヤッタはこの夜の中で、あのことを話してみたいという衝動に駆られて起き上がったのだが、隣りからはリクイの安らかな若い寝息が聞こえてきた。

 

 ハヤッタは微笑み、額をこすりながら立ち上がった。そして、蝋燭を掲げて奥の部屋に行き、重ねられた爺さまの本を前にして、長いこと座っていた。


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