66. サディナーレが自分を語る
「私の話、聞きたいですか」
「うん。どんな物語なんだろう」
ジェットは姫が市場で語った物語のことを言っているのだと思った。
「そうじゃなくて、私の話です。あまりおもしろくはないけれど・・・、聞いてほしい気持ちになりました」
サディナーレは自分のことをあまり語りたくない人のように思っていたから、ジェットは驚いた。
「もちろん聞きたいよ」
サディナーレは斎王だったので、毎日、祈って暮らしていたのに、十三歳になっても、十五歳になっても、十八歳になっても、一向に幸せが訪れなかった。その気配さえもなかった。だから、心の中では、火山神様から嫌われているのではないかと思ったりもした。
H国の歴史の中で、十五歳までにお相手が決まらなかった斎王はいなかったのだから。そして、十九歳になり、一生、ここで過ごすことになるのかと諦めかけた時、J国からのお話があったのだ。
でも、そのお相手の国王は父王よりも年が上だったので、ショックを受けた。
サディナーレは心の中では火山神を恨んでいて、神事も自分でせずに女官に任せてしまったから、それがさらに火山神の怒りを買ったのかもしれないと思った。
けれど、あまり考えて生きてこなかったのが幸いして、間もなく立ち直った。乳母から、人の齢の取り方は千差万別、王の年齢など気にすることではないと言われて、そうかと思って考え方を変えたのだ。
それより何よりここにいるよりはましだと思い結婚の道を選択したのだが、その話も順調には進まず、輿入が決まるのに二年もかかった。それがようやく整い、J国に向かっていたのに、途中で、突然何者かに襲撃された。
お付の三百人はどうなったのかもわからず、育ててくれたオキオキンも生きてはいないと思う。すべて、自分への罰なのだろうか。
サディナーレはあの時、夜道を走りながら、世の中に、こんな辛い人生を歩かされる人も多くはないだろうと思った。自分は、前世にどんな罪深いことをしたのだろうか。
そして、恐ろしい水の流れが月に光った時、あの世のほうが住み心地がよいだろうと思い、水に飛び込んだのだった。オキオキンの、姫はまだ人生を生きていないという言葉が蘇ったが、でも、これが自分の人生なのだと思った。
「こんな話、おもしろくないでしょう」
「いいや。姫の人生はもっと華やかで楽しいものだと思っていたけれど、大変だったね」
「でも、今は楽しいです」
「今が、楽しい?」
川でおぼれているところをジェットという兵士に助けられ、その先にはこんな楽しい日々が待っていた。そのことを感謝しようと、サディナーレは本当に久しぶりに祈ったのだった。
「毎日が楽しいから、感謝しました」
サディナーレが美しい瞳で言った。
「こんな日々が楽しいのかい」
「はい。とても」
「いったいどんな日々を送っていたんだい?」
とジェットが笑った。
「私は、日々は耐えるものだと思って生きてきました」
とサディナーレは真面目に答えた。「でも、本当はとてもつまらなくて、・・・」
「お姫様なのにね」
「毎日、火山神が怒りませんようにと祈るのが私のおつとめ。明日に特別なことがあるわけでもなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々を送るだけ。でも、そんなことは我儘ですよね。だから、誰にも言いませんでしたが、本当はいやで仕方がなかったのです。ただ待つのではなくて、何か行動をしたいと思っていましたから、今がとても楽しい。ずうっと旅が続くといいのに」
彼女が無邪気に微笑むと、ジェットは下を向いて、口を一文字に結んだ。ジェットが顔を上げて笑うと、頬に片えくぼができた。サディナーレはそのえくぼがとてもかわいいと思った。
「ジェットさんは神様を信じていますか」
「いや、何も信じていない」
そうさらりと言ったが、あることが浮かんできて、あっと小さな声を出した。




