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62. サディナーレとジェットの旅

 その頃、サディナーレの一行が何者かに襲われたという知らせが、J国の宮廷に伝えられた。


 国境を目前にして、突然、襲撃されたのだという。

 国境まではH国が送り届け、国境を越えたところで、J国の警備に変わり、グレトタリム王の宮廷までお連れするというのが二ヵ国の間の取り決めだった。

H国が姫を国境まで行列をして連れていくと強く主張したいたのは、威厳を示そうとするサディナーレの兄だった。


 知らせを受けて、すぐに軍隊と王宮警察が現場に向かった。第一報では姫は無事であるという報告され、王は胸を撫で下ろしたのだが、二報、三報と相反する知らせが届き、混乱のうちに、姫の輿は全焼し、女官や家来達の多くが殺されたとわかったのだった。

 

 またも悲劇が起こったのか。自分は呪われているのか、とグレトタリム王は悲しみに沈み、部屋に鍵をかけて籠った。

 ただちにハヤッタがH国に出向いて、サディナーレ姫を弔った。H国の父王と兄は膨大な賠償金を請求した。しかし、事件が起きたのがJ国の領地ではないこと、犯人が誰なのか判明していないことなど、J国に責任はないのだが、この幸せ薄き姫のことを偲び、多額の奉納金を贈った。


 

 実はサディナーレ姫があの輿には乗ってはおらず、ジェットと都に向かっているとは誰も知る由もなかった。        


 ジェットとサディナーレの旅が始まった。

 ジェットは旅人の服装、サディナーレは着ていた小姓服を、あぜ道で牛をひっぱりながら歩いていた男児の服と交換した。サディナーレはあの大好きな四季のストールは手放さないで持っていた。


ジェットが持参したのはナイフ、毛布に竹笛と少しの金だった。現金はすぐになくなったが、笛には多少の自信があったから、市場に行って、ジェットが笛を吹いて日銭を稼いだ。投げ銭を集めて、野菜のはいった蒸し饅頭まんじゅう一個を買い、ふたりで分けて食べた。サディナーレはその饅頭がとてもおいしいと目を輝かせたので、ジェットが笑った。


「こんなおいしいもの、はじめて」

 姫があまりに喜ぶものだから、ジェットはもっとおいしいものを食べさせたいと思った。


 ジェットはサディナーレに何か芸はできないかと訊いた。歌とか、踊りとか。彼女は何もできないと首を振った後で、「お琴」と答えた。そう、サディナーレは琴が弾けるのだった。


「でも、琴は高価だから、買うのはむりだなぁ」

ジェットはどこかへ行って竹を切ってきた。それに穴をあけて笛を作り、吹き方を教えた。

「ふたりで吹いたほうが音が大きくなるし、もっと稼げるかもしれない」

 サディナーレは教えられたとおりに練習した。彼女は一途な性格なので、一度やり始めると、唇に血がにじんでも吹き続けるのだった。


 こんなことがあった。川の近くで野宿をした時、久しいぶりにその川で水浴することにした。まずジェットが行って、埃で汚れた身体を洗い、すっきりした顔で戻ってきた。

「デニアも、身体を洗うといい。気持ちがいいよ」


「どうするの?」

 あっ、そうか。姫は川での入浴の仕方がわからないのか。

 ジェットは姫を川のそばまで連れて行き、すべらないように、ゆっくりと歩くことなど、水への入り方を教えた。

 

ジェットは枝を拾ってきて焚火の炎を大きくし、洗濯ものと髪を乾かしながら、彼女が戻ってくるのを待った。川の水で冷たくなった身体があたたかくなると、眠気に襲われてうとうととしてまったらしい。

 どのくらい眠っていたのだろうか。起きてあたりを見回すと、サディナーレの姿がなかった。

 あれっ、まだ戻っていないのかな。


 まさかと思って、川まで転がるようにして駆けていくと、川の中には人の影があった。水につかったまま、小さな唇を紫色にして、失神寸前になっていた。

 

 ジェットは彼女を水からひっぱり上げて服で包んで、焚火まで運んだ。

 何があったのだろうとジェットは混乱した。確かに自分は水につかるとは言った。しかし、水は冷たいのだから、早々に身体を洗って、すぐに出る。そんなことはあたり前、子供でもわかることだ。

 でも、彼女にはわかっていない。彼女はあることをするように言われたら、その通りにする人なのだ。そのようにして、育ってきた姫なのだった。

 

 こんな場合、ジェットの幼馴染みの女子だったら、「こんな冷たい水に入れって言うのか。ばっかじゃないの」と叫んで飛び出してくるだろう。しっぺをされるかもしれない。彼女ときたら、そのコツを熟知しているので、そのしっぺときたらひどく痛い。クラスの男子がみんな被害にあって、悲鳴を上げた。ジェットは「サララのしっぺを受けてみよ」という声とその姿を思い出した。なつかしいなぁ。


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