59. ジェットとの出会い
「何か飲む?」
青年が茶碗に白湯をいれて持って来た。手には取ってみたけれど、その茶碗ときたら、これまで見たことがない粗悪な作りで、どんなに喉は乾いていても、口に触れることができる代物ではなかった。
兵士がいくら質問をしても、この不思議な女性は何も言わないので、彼は自分のことを語った。
「おれの名前はジェット、国境で見張りをしているんだ」
彼は第七師団に属する兵隊で、この小さな小屋に住み、夜になると提灯を持って国境線を見回り、怪しい人影を見つけると花火を打ち上げる。そうすると、駐屯地から助っ人がやって来る。
小屋に住むのが三週間、次の三週間は駐屯地に戻り、また小屋にやってくるという生活をかれこれ三年も続けている。兵役は五年だから、あと二年で除隊になる。そうしたら、アカイ村という故郷に帰る。
そこで生まれたわけではないけれど、アカイ村が自分の故郷。村にはリクイという五歳年下の弟がいる。
「リクイ、どうしているのかなあ」
とジェットが懐かしそうに言った。
「リクイさん・・・・」
ジェットは初めて彼女の声を聞いた。
「うん。リクイは学校に行って、将来は教師になるんだよ」
と彼が誇らしそうに言った。
「教師?」
「そうだよ。リクイは頭がいいし、教師になると、兵役が免除されるんだ。きみの名前は」
「サディナーレ、でも、デニア、口がだめで」
サディナーレは寡黙で、話すのが得意でないから、女官から「クチナシ」という意味で「デニア」と呼ばれていると言いたかったが、話し方がたどたどしくて、ジェットには何を言っているのかわからなかったが、それは言葉のせいだと思った。
「外国の人?」
ジェットが尋ねると、彼女はこくりと頷いた。
「どこの国の人?」
彼女はきょろきょろした後、眉の間に皺を寄せて東の方を指さした。
「話せなくても、おれの言っていることは、わかるのかい」
彼女はこくりと頷いた。
「おれはデニアと呼べばいいのかい」
彼女はまた頷いた。
サディナーレは結婚が決まってから、教師についてJ国の言葉を熱心に勉強していた。けれど、教師以外の人と話すのはその日が初めてで、言葉が少し通じたのがうれしかった。
「故郷でのご職業は何ですか」
とサディナーレが尋ねてみた。
「ご職業」
と彼は笑った。「仕事のことだね」
「おれは村では、ラクダの仕事をしていたんだ。他の家のラクダを預かって、砂漠に連れて行って世話をするんだよ」
そう言われても、サディナーレは砂漠でラクダを預かる仕事があるなどとは聞いたことがなかったから、想像できなかった。でも、おもしろいと思った。もっと知りたいと思った。
干してあった衣服が乾いたのをジェットが確かめて、彼女に渡した。デニアの顔にも、ようやく色が戻った。これから食事の支度をするから、野菜を取ってくる。その間に、着替えるといいと言って、ジェットが小屋の外に出ていった。ほんの少し会話をしただけなのに、随分と話をしたようにサディナーレは感じていた。異性の若者と話すのは初めてだったけれど、想像していたより難しくはなかった。女官達と話すより、楽しいような気がした。
ジェットが作ったのはカボチャのスープだった。支部近くの農家ではひょろ長いかぼちゃがたくさんできるから、兵隊にも分けてくれる。それを地下に埋めて貯蔵しているのだという。サディナーレはひょろ長いかぼちゃを見たことがなかったが、せっかく作ってくれたのだから、一口すすってみた。お腹はすいていたけれど、においといい、味といい、食べられたものではなかった。サディナーレは木の匙を置いて、首を横に振った。
「デニア」
ジェットが大きな声を出したから、サディナーレは身を縮めた。
「これしかないのだからね、食べないとだめだよ。ちゃんと煮てあるし、塩だってはいっている。おれ達は毎日、こういうものを食べて生きているんだ。臭いがいやなら、鼻をつまんで飲めばいい」
ジェットの声は強くても、その瞳は悲しそうだった。
「はい」
サディナーレは匙を手にもったものの、なかなか口に運べなかったが、匙を置いて碗を手に取り、一気に飲み込んだ。彼女はこれまでも、オキオキンから言われたことには従ってきた。それが正しい生き方だと信じてきたから。
「ごめんね、デニア。そのうちに、何かおいしいものを見つけるから」
ジェットがやさしく言った時、サディナーレは申し訳なくて泣きたくなった。ジェットさんはよいお方なのだと思った。




