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57. 黒眼鏡の下

ふたりが並ぶと、王弟の背丈はハヤッタの肩ほどだった。

「その眼鏡の下の目は、緑色なのではないですか。だとすると、すべてに説明がつくのです」

 とブルフログが言い、王弟はハヤッタの眼鏡の下から、その瞳を覗き込んだ。


「言っていることがわからない。何がどのように説明がつくというのか」

 と国王が言った。


「つまり、緑目だった王子はリマナマリ王妃とハヤッタの子供で、黒目王子はすり替えられた他人よその子であるのではないかと考えられます」

「どうして、誰がそんなことを何のためにするのだ」

「緑目の子供が、兄王から生まれるはずがないからです」


「だとしたら、緑目のほうはどこにいるのだ」

「緑目と言えば、すぐに思い浮かぶ人物がおります。ハヤッタが特に目をかけているあの少年、リクイです。ニニンドの学友として宮廷に招き、その館に住まわせているリクイこそ、その緑目王子なのではありませんか」


「なんだと。リクイを学友にすることは、ハヤッタが決めたわけではない。想像が過ぎるのではないか」

「想像か、事実か、それを見抜くのは簡単なこと」

 ブルフログがにやりと笑った。


「ハヤッタが、その眼鏡を外して、その瞳を見せてくれれば、真相が解明いたすでしょう。彼の目は緑色なはず」


 部屋の中は、人が息をしていることも感じられないほど音がなく、今、何かを落としたら大理石の床が鳴り響くだろうというほど静まり返っていた。


「そういうことでしたら、承知いたしました」

 ヤッタの低い声が部屋に響いた。

 

 彼は眼鏡のつるに指をかけて、ゆっくりと持ち上げた。

 ブルフログが近づき、王弟のために、灯りをかかげた。

 ハヤッタが眼鏡を外した。

 彼が目をあけると、灯にうつった瞳は、漆黒しっこくだった。

 

 王弟がよろけて尻もちをつき、ブルフログにぶつかった。ブルフログが手にもっていた蝋燭が転がって消え、油が床を流れた。


「申しわけないことをしてしまったようだ」

 ブルフログが王弟を抱き起こそうとしたが、なかなか立ち上がれなかった。彼はブルフログの手を払い、床に両手をついて、ようやく立ち上がった。


「いいえ。眼病のためとはいえ、私が夜でも色のついた眼鏡をかけるなど、不可解な態度をとっていたために、誤解を呼んでしまいました。申し訳ございません」

 とハヤッタが頭を下げた。

 

 国王が王弟に近づいて、よしよしと肩を叩いた。

「いやいや、私としたことが。私は何度もハヤッタと狩りに出かけ、蒸し風呂にもともに入ったがある。その時に、彼の眼鏡なしの姿を見ていたというのに、肝心な時に肝心なことをすぐに思い出せないのは誠に情けないことであった。すまないことをした。最近は年のせいだろうか、記憶力が悪くなって、すぐに思いだせないのだ。マグナカリよ、この兄がそのことをすぐに思いだしていたら、こんな思いをさせないで済んだのに。許されよ」


「いいえ。兄王に、すまないなどと言わせてしまうなどとは、断腸の思いでございます」

 王弟は枯れた百合のようにうなだれて、絹の袖で涙を拭いた。


「先ほどの所見を撤回いたします。私は己が王になれる器でないことはよく承知しております。次の王太子はニニンドに。けれど、その次の王太子はカイリンにするということをお約束ください」

「さてさて、わが弟マグナカリよ。今夜の話はなかったことにしないか。言わなかった、聞かなかった。今夜のことはなかったことにしよう」

 王弟が力なく頷いた。


「カイリンのことは、実にめでたいことだ。こんな大事なことは手順を踏んで、正式に始めようではないか」

「ありがたき幸せにございます」

「では、この件については、日を改めて、話すことにしよう。ハヤッタはどう思うか?」

「はい。陛下と王弟殿下がよしけれど、私に異存などあるはずがありません」

「では、そのように」

 王弟はブルフログに支えられながら部屋を出ていった。


 部屋の緊張が解けて、ぴりぴりしていた空気が凪いだ。

「すまなかった」

 と王が言った。

「いいえ」


「それにしても、弟に子供がいるというのは本当であろうか。重ね重ね、摩訶不思議まかふしぎな夜であった。すべてが夢で、朝になったら、露のように消えているのではないだろうか。そのことは明朝、ゆっくりと話すことにしようではないか」

「わかりました」


 グレトタリム王が立ち去り、部屋には蝋燭の灯りと静寂だけが残っていた。ハヤッタは長い間、その部屋にひとり残って動こうとはしなかった。


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