56. ハヤッタへの質問
若者がいるといないとではこんなに違うものか、と王は感じていた。
色が消えて、なんだか殺風景になった部屋には、国王、王弟と通訳、そしてハヤッタが残っていた。
「私はあなたのことを調査させてみました」
ブルフログがハヤッタに向かって言った。もちろん、王弟が言わせたのだが。
「私のことをですか」
「あなたは十数年前のある日、突然、宮廷に現れ、まず翻訳室で採用され、それから間もなく書記室での仕事を得ました。外国人でありながら、短い間に、長年の功労者を差し置いて、国王の第一補佐官、そして宰相にまで上りつめました。このような人物は他にはおりません。ここに何か不自然なものを感じます」
「それは違うぞ」
と国王が言った。
「ハヤッタの博学と判断力の的確さを見抜いて、この私が自ら抜擢したのだ。この国は多民族国家であり、宮廷での三割は外国人であるぞ。マグナカリの手話士も外国人ではなかったかね。そなたの名前はなんと言ったか」
「私はこのJ国の生まれです。ブルフログと呼ばれておりますが、本名はクマシンアオルベでございます。宮廷にお仕えしてほぼ二十年にもなります。クリクリオ姫君の捜索にも参加いたしました」
「あの捜査隊にいたのか参加したのか」
「はい。馳せ参じました」
「では、ニニンドのところにいるナガノを知っているか。捜査隊は捜索を途中で諦めたが、ナガノが姫を見つけたのを知っているか」
「はい」
王は眉をしかめた。
「なぜ、そのことを知っているのか」
王弟が自分を指さして、
「ブルフログは単なる通訳士ではなく、私の補佐官でございます。ですから、知っております」
と付け加えさせ、さあ、話を続けなさいと指示した。
「リマナマリ第三王妃に王子が生まれなさった時におそばにいた女官が、こう言っております」
なに。
なぜ急にリマナマリの話になるのだと王が渋い顔をした。
「その女官がはじめて王子をお見かけした時、王子の瞳は美しい緑色をしていたと。しかし、次に呼ばれた時、赤ん坊の瞳が黒かったそうです」
「何の話だ。両親の目が黒いのだから、子供の目は黒いに決まっている。目や肌の色が変化することはあるし、女官が見間違えたのであろう。それがどうかしたのか」
「ハヤッタが宮廷にやって来たのは、その一年ほど後のことでしょうか。ハヤッタは以前、S国で眼科医をしていたというではないですか。それがなぜ、この国に来て、宮廷で働くことになったのでしょうか。思い出してみてください。リマナマリ王妃は父親がS国の著名な眼科医で、マグナカリ王弟殿下が眼病を患った時に、陛下が彼を招かれて、治療をさせました。その時、国王は父親の手伝いのために同行されていたリマナマリ様に好意をもたれるようになられました。そこで考えるのですが、もしかしてハヤッタはその眼科医院で働いており、リマナマリ様とは以前よりの知り合いだったのではなかったのかと考えられます」
「たしかに私は眼科医でしたが、そういうことはありません。S国には眼科医はたくさんおります」
とハヤッタが静かに答えた。
「眼科医だったあなたが、どういうわけでこの国にやって来たのですか」
「それは個人的な事情からでございます」
「言えないことか」
「いいえ。それは若気の至りでございまして、ある女性に失恋をいたしまして、祖国から出たいと思ったということでございます」
「その話なら聞いている」
と国王が言った。
「そのある女性とは、リマナマリ王妃のことではありませんか」
「どうしてそういう話になるのでしょうか」
「王妃になられる前のリマナマリ様とあなたには、恋愛関係があったのではないですか」
「どんな想像をなさつておいでなのでしょう」
「では、あなたはなぜ黒い眼鏡をかけていおられるのですか」
マグナカリが立ち上がって、ハヤッタに近づいた。
「ハヤッタ、あなたの目は何色ですか」
ブルフログがすごんだ声を出した。
グレトタリム J国の国王
マグナカリ 国王の異母弟
ブルフログ マグナカリの通訳
ハヤッタ 国王の右腕 S国出身の謎の男
リマナマリ妃 国王が最も愛した三番目の王妃、すでに他界




