52. サディナーレの結婚
サディナーレの心は決まったというのに、グレトタリム王との婚姻話はうまく進んではいなかった。
J国では、H国から王妃を迎える話には乗り気なのに、ここのところ足踏み状態が続き、難航していた。なんとしても世継ぎがほしいというJ国の状況を知ったH国側が、次々と条件を追加してきたからである。
ひとつ要求を飲むと、それはますますエスカレートしていき、結納金のさらなる増加、グレトタリム王が亡くなった場合、将来の王太子、つまりサディナーレの息子、その祖父であるH王が摂政になる、などと書き加えられたからである。
グレトタリム王にはそれはとんでもない話だと激怒して、一度は結婚話をご破算にしたのだった。今や、王にはニニンドがいるのだから、そんな話を受け入れる必要はないのだ。
年寄り王のくせに何を言うかとH国のふたりの男は憤慨して話を蹴ったのだが、しかし、サディナーレ姫は諦めなかった。いつもはおとなしい姫だが、もうここにはいたくないという気持ちが、止められなくなっていたのだ。
ある日、白装束を着たサディナーレ姫と薙刀を携えた乳母のオキオキンが宮殿に現れた。
姫が父王の部屋を訪れたのはまだ子供の頃なので、こんな悪趣味な部屋だったのかと驚いた。狩猟の獲物が壁にずらりと並んでいる。少なくても、グレトタリム王は違うだろう。もっと趣味がよいはずとサディナーレは自分に言い聞かせた。
「お父さま、お兄さま、お久しゅうございます」
とサディナーレが礼儀正しく挨拶をし、それからその白い顔を上げた。
「私がいくつなのか、ご存知でしょうか。斎王として仕えてすでに何年になるのか、ご存知なのでしょうか」
「もちろんだ。姫の日々の奉仕は感謝している」
「私はもう二十歳を過ぎました。私は死ぬまで斎王としてお努めしなければならないのでしょうか」
「そんなことはないが」
「私はJ国に嫁ぎたいと思います。グレトタリム王の王妃になりとうございます」
「あそこの王は年寄りだし、大体、条件がよくない。そなたには、もっとふさわしいよき縁談がくることだろう」
「いつでございますか。どなたでございますか」
サディナーレ姫はそう言って椅子から立ち上がり、王と正面の床に座り、小刀を前に置き、オキオキンがその後方に座った。
「この結婚を勧めてくださらない場合に、私は死にましょう」
「なんだと」
王の眉間の血管が網のように浮き出た。
「おろかなことだ。それほどに結婚したいというのか。そんなことを口にして、姫として、見苦しいとは思わないか。恥というものはないのか。そんな姫に育てた覚えはない」
「それはないでしょう」
とオキオキンがすごんだ声を出した。「姫さまをいつ、どのようにお育てになったと言うのでしょうか」
オキオキンは死を覚悟してやってきたので、怖いものは何もなかった。
「姫さまはこれまで自分の意思で、人生を生きたことがございません。その姫さまがご自分の人生を全うしたいと考えて、勇気をもって発言なさっておられるのです。何が見苦しいがありましょうか」
「私を結婚させてください。私はどうしても、ここから出たいのです。許してくださらない時は」
サディナーレが小刀を首に当て、オキオキンが薙刀を左に構えた。




