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49. 授業は難しい

「宿題・・・、やって行きたいんだけど」

 ニニンドが眉をしかめて困り顔をしてから、思い切ったように言った。「何が何だか、さっぱりわからないんだ」


「授業が、難しい?」

「うん」

「そうなの?」

 リクイは驚いて、屋根の瓦にしがみついた。


「本当ですか。わからなければわからないと言えばいいのに」

「それはそうなんだけど」

「わからないと言ったら、そんなこともわからないのかって、先生ががっかりするだろう。私は学校に行ったことがかないから、基礎というものがないんだ」

「ぼくも学校に行っていません」


「でも、リクイはたくさん本を読んでいて、知識が豊富だからね」

「ニニンドだって、いろんな経験があるから、何でも知っていると思っていた」

「全然だよ。耳年寄りで、世間のどうでもいいことは知っているけど、難しい学問はだめ」

 それに、近々逃げ出すつもりなのだから、難しい学問はいらないのだ。無理することはないと思っていた。


「ニニンドは講義をどのくらい理解できているの?」

「八十パーセントくらい」と夜空を見上げて、「わからない」


 えっ。

 リクイがその数の大きさに驚いた。


「ぼくもわからないけど」

「そうなの? どのくらい」

「でも、七十パーセントは理解できているかな」

「私より、三倍くらいは理解できているということだよね。きみは全部わかっているように思っていた」

「ニニンドこそ、余裕の態度に見えたけど」

「そうかい」

  と言って、くくくくと笑った。


「周囲が大人ばっかりだったから、わからない時には無表情、無言でいる癖がついているんだ。そういう知恵はあるんだよ」

「ニニンドは試験を受けたことがないよね。きみはそれで済むけど、ぼくは八十点以下を取ると追い出されるんです」

「そうなのかい。八十点なんて、大変じゃないか」

「だから毎晩、勉強しているんです」

「うん。部屋の灯が見えているから、知っている」

「ぼくはただで学ばせてもらっているだけではなくて、給料も出ているのだから、勉強するのは当然です。苦痛ではないですよ。勉強するのは、楽しいです」

「それはよかった」

「ぼくは三年間落第せずに卒業できたら、兵役も免除されるんです」


「私がきみの足を引っぱっているのかい」

「それはないです」

「リクイに落第はしてほしくない。私、ひとりになるじゃないか」

「ぼくが落第しても、王子の学友になりたい人は砂の数ほどいますよ」

「他の者はいやなんだ」


「ニニンドは、講義がそのくらいわからなかったら、毎日がつらくなかったですか」

「死ぬとか生きるとか、そういう問題じゃないから。つらいという話じゃないよ」

 ニニンドが瞳を半分閉じて、小指の爪を噛んだ。


「じゃ、先生に、もっと基礎から教えてくれるように頼んでみませんか」

「リクイはそれでいいのかい」

「もちろんです」

「でも、それって、きみにとっては時間の無駄だろ」

「基礎を繰り返すのに、無駄なんてない。その逆です。これからは毎晩、一緒に宿題をしようよ」


「私はいいけど。リクイがそんなことを言ってくれるとは思っていなかった」

「ニニンドはぼくのことを頭が固くて、融通の利かないやつだと思っていたの?」

「そうじゃないけど、リクイはじぶんにも、他人にも厳しい人だと思っていた。私はいい加減な人間だから、相手になんかしてもらえないだろうと思っていた」


「ごめんなさい」

 リクイが謝ったから、ニニンドは驚いた。ここは謝る場面ではないだろう。

「どうして、きみが謝るの?」

「ぼくには男子の友達がいなかったから、付き合いが下手なんだ。ニニンドとは友達になりたいと思っていたけど、やり方がわからないんだよ」

「どうして、私と友達になりたいの?」

「だって、そこにいるのはきみだけじゃしかいないから。もっとたくさんの生徒がいると思っていたんです」

 リクイは宮廷の学校には三十人くらいの生徒が来ているものとばかり思っていた。そこで出会った人と友達になろうと思ってやって来たのに、学習室にはニニンドしかいなかった。


「はじめの計画ではもっとたくさんの生徒をいれる予定だったけど、私が拒否したんだ」

「そんなことができる?」

「うん、できた。最初は、学友にはサララがよいと言ったんだけど、それはこちらが折れた」

「わかります。ぼくが王子だったら、やはりサララを選びますから」

「そうなのかい」

「でも、だめです。サララは動いていないだめな人だから、来ませんよ。じっとしているのが苦手です」

「わかるなぁ。私もじっとしているのはだめだ」


「ぼくはサララ姉さんのようにはできないけど、きみとどのように付き合えば、本当の友達になれるのか、教えてほしい」

「リクイとはもうずうっと前から友達だよ。屋根を案内すると言っただろ。私は友達にだけそう言うんだ。やってみるかい」

 リクイは頷いて、首の赤い紐を握った。

「それ、何?」

「ぼくが落第しないように、サララ姉さんが作ってくれたんです。屋根にも効くかと思って」

「いいね」

 ニニンドが羨ましいそうな目をした。リクイはちょっと考えてから、赤い紐を首から外してニニンドに渡した。


「くれるの?」

「うん。きみのほうが必要だから」

 ニニンドがうれしそうに首にかけた。

「これからは試験を受けることにするよ」


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