47. 授業の開始
リクイとニニンドの巻
秋の初めに授業の準備が整ったという連絡があり、リクイは宮廷に参上した。
入学の祝いに、サララのお母さんとタンタンが服を用意してくれた。上は長袖の白シャツで、襟とその周辺には茶色と赤のふちどりが縫い付けられている。下は茶色の短めのゆるいパンツで、サララが自分で編んだ赤い紐を首にかけてくれた。
宮廷では第一王子が住んでいた宮殿が改築され、ニニンドがそこの新たな主人になったのだった。それまで同じ部屋に同居していて、入口で目を光らせていたナガノだったが、今度は同じ宮殿の一室を与えられ、不満顔で引っ越しをした。
リクイが宮廷につい、門番に学校の場所を訊くと、王宮に学校などないと言われた。
やっぱりそういうことか。たくさんの給料をくれて、勉強させてくれるなんてありえない話だ、と心のどこかで思ってはいた。
しかし、王宮事務局からの手紙を見せると、その教室は王子の宮廷内にあると言って案内してくれた。
あったのか。
一瞬でも村に帰れると思ってうれしかったから、がっかりしたような、ほっとしたような気分がした。
学校がちゃんとあっただけではなく、リクイは王子の宮殿の中に個室を与えられた。その部屋ときたら、村の爺さまの家よりも広かった。
宮殿の主であるニニンドの部屋に挨拶に行った時、リクイは彼を遠くに感じた。以前とは住んでいる場所も、衣服も違っただけではなく、王子らしい風格を感じさせていた。
リクイは今、自分がすべきなのは、しっかり勉強すること。この与えられた仕事を務めあげようと思った。
ニニンドの宮殿には学習室があり、そこで授業が行われるという。毎朝、専門分野の先生がやってくるのである。
リクイは本を読むのは好きだが、勉強は自己流で、大体学校というところで学んだことがないのだった。だから、先生の講義が理解できるかどうか、とても不安だった。選抜された優秀な生徒と並んで、うまくやっていけるのだろうか。
初日に、リクイが学習室に行くと、そこには誰もいなかった。リクイは三十人の生徒がいると聞かされていたのだが、部屋に用意されている生徒用の机はたったふたつで、それが縦に並んでいた。
これって、王子とふたりだけで学ぶということなのか、と思ってすくみ上がった。
リクイが後ろの席に座っていると、ニニンドがおもむろにやって来て、顎で前の席に移れと合図した。それでリクイが前の席に座り、先生を目の前にして講義を受けることになったのだ。
歴史、哲学、天文学、数学など、その内容は難しかったので、リクイは毎晩、遅くまでかかって宿題を終わらせ、予習をした。三年間、なんとしても落第しないで、授業についていかなければならないのだ。
サララがくれた赤い紐は落第しないためのおまじないで、それにすがる日々が続いていた。
リクイは懸命に学業に励んだ。宿題は忘れたことがなかったし、積極的に質問もした。
ところが王子ときたら、いつも余裕の様子で、毎日のように遅刻をしてきたし、時には居眠りをしたり、落書きをしているようなのだった。
王子が学習室にふらりと入ってくる時、先生に向けて二本の指を上げると、それは「昨夜は会議で多忙だった」という意味で、宿題は免除された。
彼は毎晩、宮廷の会議に出ているようで、課題などやって来たことがなかったし、試験は意味がないと拒否した。それでも、彼は王子だから、なんでも通るのだ。
リクイはこの高貴な学友に、何度か話しかけようとはしたが、声をかける勇気がなかった。
ニニンドが毎晩忙しいのではないことに、リクイは気がついた。夜には宮殿の屋根にいて、笛を吹いていることが多かったから。
ある夜、リクイは思い切って屋根に上がってみた。屋根というところは思ったよりも高くて、足がひとりでにがくがくと震えた。
「お邪魔してよろしいですか」
「いいけど」
リクイは高いところが得意ではないので、屋根に手をつきながら、ぎこちなく近づいて行った。
「今夜は会議はないのですか」
「ない。用事はなに」
「それが」
「屋根を案内しようか」
「それは、遠慮します」
「私に何か用事か」
「殿下、あのう」
呼びかけるリクイの声が少し震えた。
「そういう呼び方はなしだったろう、リクイ」
「いいんですか」
「ちょっとこっちにおいで」
とニニンドが手招きをした。
リクイがそばに行くと、顔をくっと近づけて、
「本当に緑色なんだ」
と両手で顔を挟んだ。
「やめてください。物ではないのだから」
「物でないは、よかったな」
とニニンドが笑った。
「ぼくは、ラクダと鳩のお礼を言おうと思って来ました。直接、言っていなかったから」
「そんなことは、いい。私が用意したわけではない。サララはラクダが気にいったかい」
「とても」
「それはよかった」
「あのう、ラクダパンツと軟膏は役に立っていますか」
えっ。ニニンドが不思議な反応をした。
「送ってくれたの?」
「もうずうっと前です」
「ずうっと前?」
「ラクダや鳩が届く前です。サララ姉さんがキャラバンの途中で届けました。ニニンドは狩りに出かけていていませんでしたけど、メモを残したと言ってました」
「ちょっと待ってて」
ニニンドが屋根から飛び降りて、駆けて行った。




