46. 王の資質
グレトタリム王はナガノを呼んで、ニニンドの様子を尋ねた。
「それが、若さまはここのところご機嫌がよろしくないように見えます」
「理由は何か」
「ご健康なのですが、なぜなのかはわかりません。とてもおさみしそうな様子なのでございます」
「学校が始まったら、そういうこともなくなるだろう」
数日後、東国からみごとな大海老が届いたので、王は料理長に、切ったりはせずに、形を残したまま軽く茹でるように命じた。
そして、ニニンドを夕食に招いて、赤く茹で上がった大海老を見せた。
「見たことがあるか」
「ありません。これはどこにいるのですか」
「海だ」
「海というものを見たことがありません。こんな大きなものが、魚のように泳ぐのでしょうか」
「海底を歩くそうだ」
ニニンドは懐から紙を出して、写生し始めた。
「どうしたのだ」
「座員に食べ物に目がない老人がおりますので、見せてやりたいと思います」
「では、味はどう伝える?」
料理人がそばで刃物をもって待機していたが、ニニンドは手で制止して、海老の触角を手でつかんで引きちぎり、固い殻をばりばりと剥がした。
「とげがあるから気をつけないさい」
「大丈夫です。元山賊ですから」
ニニンドは殻に顔を近づけた。
「なるほど、これが海のにおいというものですか」
「好みか」
「いいや。あまり好きなにおいとは言えません」
「味はどうだ」
「私は食通ではないので、味のことはよくわかりません。ただこれはあの老人には無理かと思います。弾力がありすぎて、あの爺さんには、噛みきれません」
そうか、と王が一口食べてみた。
「うん。これは茹ですぎたようだな。それでは、これで汁でも作らせようか」
「いいえ。その必要はありません。口と目が慣れていなかっただけで、だんだんとおいしさが分かってきました。ありがとうございます」
食事の後で、王が言った。
「ニニンド、きみは国王に向いている」
ニニンドは流されることがなく率直だが、人に対する思いやりがあると思った。
「向いているとは、どういう意味でしょうか」
「資質があるということだよ。王の座につくと、大きくなる者、小さくなる者、悪くなる者がいるが、ニニンド、きみは大きくなる。きみならやれる」
「ではお聞きしたいのですが、王の使命とは何でしょうか」
「ニニンドはどう思うのか」
「国土を守り、国民の生活を守ることでしょうか」
「そうだ。それと、国土を広げなければならない」
「国土を守るのはわかりますが、なぜ、国土を広げなければならないのでしょうか」
「まだ世の中は混沌の時代だ。たとえば、我国にはなくて、他国にしかない貴重な資源がある。国民の生活を守るためには、それを手にいれなければならない」
「この国にも他国にはないものがあるでしょう。他国の指導者が王と同じ考えなら、戦いは永遠に続くといことになります」
「そうなのだ。いつか、戦争がなくなる安泰な時代がくるかもしれない。それは千年も二千年も先のことだろうし、また決してそういう世の中はこないかもしれない。おのれのよくのために、世界を支配しようとする独裁者が出てくるかもしれぬ。世の中には、消えていった国は数知れないのだ。J国は戦い抜いて、生きながらえねばならない」
「私には、そういう大それたことができるとは思えません。私の過去をご存知ですよね」
「ニニンド、きみは世界の国王の歴史を勉強すべきだ。彼らの過去をだ。きみはまだ過去というほどの時間をいきてはいない。きみが過去と呼んでいるものなどは、大砂漠に咲いた赤い薔薇の花だ」
「気にすることはないという意味でしょうか」
「私にとって、砂漠の赤い薔薇はかわいい」
「私の過去が汚点になるか、美点になるか、それは私次第だということでしょうか」
「頭の回転がいい」
「いいえ。その回転には自信がありません」
「それは側近に頭のよい者を置けばよいのだ。この私のように」
と王が笑った。
「側近の条件としては頭脳、迅速果敢、信用、この中で一番難しいはどれだと思うか」
「信用でしょうか」
「また合格した」
と王が愉快そうに言った。「このように、私は何でも、三つの条件で考える」
「たとえば」
「さて、どれにしようか。たとえば、私が好む女性の条件は、気にいった容姿、気にいった性格、そして相手がこちらを好いてくれることだ」
「条件にかなった女性に会われましたか」
「いや、それが一度もない」
と王がはははと笑った。
「ニニンド、きみはどうなのか」
「最後のひとつが、難しいです」
「全くその通り」
と王がまた笑った。今夜の王はよく笑う。
「そなたはよき王になれる。私の目を信じなさい」
と王が立ち上がった。
「私には無理です」
「そなたのためならば、働いてあげようという気を起させる何かがある。あの芸人達もそうであったし、ナガノなどには、そなたのためならたとえ死んでもよいという気構えがある」
王はニニンドの肩に手を置いた。
「私もそうなのだよ。ニニンドがここに来た日から、私は生きているのが苦痛だと思わなくなった。それまでは朝は辛いものと決まっていたが、今は朝が待ち遠しい」
「そういうことは、言ってくださらないほうがよかったです。私は小心者ですから、そういわれますと意識してしまい、もうこれまでのようには行動ができません」
ははははと国王は肩を揺らして笑った。その正直なところも、それを口にできるのもよい。ニニンドと会話するのはなんと楽しいことか。
第一王子は、例えばボールを投げると、すぐにキーンと打ち返す性格だった。しかし、このニニンドはボールをまず両手で受け取ってから、ふんわりと返してくる。話をしていて楽しい人間が世の中にいて、それも身内だというのだから、王は妹には感謝しかない。
しかし、私は話していて楽しいが、ニニンドがそう思っているかは別だ。
「ニニンドには、信頼できる若い友人が必要だな」
「私には友など必要ではありません」
「なぜか」
「友は通り過ぎていくだけの存在です。初めからいなければ、いないからといって、寂しがることもありませんから」
「学校が始まれば、必ずよい学友ができるだろう」
「その学校のことで、お話があります」




