43. 野宿
「時間がたつのって、早くない?」
サララは野宿の焚火を弄りながら、左手で右手首を握りながら言った。
そうですね。リクイは頷きながら、サララが時間が早いと感じるほど、楽しい時を過ごしたのだと思った。
火中の小枝が縮むような音を立て、その炎は先端を伸ばして、狂うように踊っていた。
リクイは土産にもらった鶏肉を焼き、サララは揺れる炎の一点を見つめていた。
サララはラクダの練習を始めた頃、あまりに疲れ過ぎて立ち上がれないでいたら、ジェットが現れて背負って帰ってくれた夜のことを思っていた。
リクイは兄と星を見ながら、詩を歌った砂漠の夜を思い出していた。炎には、人の心を過去に引き戻す魔力がある。
「ジェッタは今、何をしているんだろうか。どうして手紙をくれないんだろうか」
「兄さんはきちんとした人だし、約束は破ったことがない。きっと何かの事情で、配達が遅れているんだ」
リクイは両手を頭に回して、夜空を見た。
「ぼくはこう思うんだ。もし幸運の量というものが決まっているのなら、手紙なんか届かなくてもいい。兄さんが、元気で帰ってくるほうに使ってほしいって」
「いいこと言うね。それ、本で読んだのかい」
「自分で考えました」
「好きという気持ちは相手に届くものだと思ってきたけれど、いくら思っても、届きはしないということがわかった。ああ、心に羽根があればいいのに」
「本当に、そう」
とリクイが言った。本当に、心に羽根があればいいのに。
「サララ姉さん、ラクダを三頭ほしいなんて、よく言いましたね」
「あいつを困らせてやろうと思っただけで、断られると思っていた」
「ニニンドは大丈夫でしょうかね。怒られたりしませんかね」
「国王がなんでもくれると言ったのだから、いいんじゃない。こっちは税金は払っているんだし、ジェッタは兵隊に行っているんだし」
「そうですよね。でも、ラクダ三頭はすごいなぁ」
「自分でもそう思うけど、あいつが自慢話ばかりするから、頭にきたから言ってやった」
「ニニンドがそんなこと言いましたか」
「自分は運動神経が抜群で、美しくて、もてると言っただろ」
「ああ。でも、それって、本当のことですよね」
「それを自分で言うかい」
「たしかに。でも、もしかしたら、S国の人は、そういう自慢話をする傾向があるんじゃないですか」
「知らないけど、たぶんあいつだけではないか」
「でも、ニニンドはよい人ですよ。あんなに謝っていたじゃないですか」
「うん。しおらしく謝っていた」
ふたりは火を囲みながら、いったい誰が、何のために、旋風を射撃したのだろうと話した。狙われたのはニニンドとしか考えられない。彼が王の血縁だということを知っている人はまだごく少ない。
「ニニンドが死んで、得をする人は誰なのだろうか」
とリクイが言った。
「あいつは王の跡を継ぐことなど考えていないと言っていた。後継者問題ではないとしたら、誰かに恨まれているとか」
「殺すのなら、ほかにもいろいろな方法があるだろうに。なぜわざわざラクダ競争の時に殺そうとしたのだろうか」
リクイがよい色に焼き上がった鶏の足を渡した。
「すごく上等な鶏肉です。ニニンドも今夜は鶏肉を食べるのでしょうかね」
「あいつは、もとは芸人で、その前は山賊だと言っていた。そんな話は聞いたことがない」
「そんな人間は見たことがないですよね、世の中には、いろんな人がいるんだって思いました」
「あいつは屋根の上が好きだと言っていた。あそこにいることがばれたら、また狙われるかもしれない。屋根はあぶないだろう。やめさせたほうがいいな」
「そうですね。でも、どうやって伝えればいいですか」
「わたしは一刻も早くラクダパンツを縫いあげるから、そしたら、宮廷に警告に行こう」
「ニニンドのことがそんなに心配なんですか」
「誰かの生命に危険があるとしたら、心配するのは当たり前だ」
「そうですね。サララ姉さん、感情欠陥症とかって呼ぶのはだめですよ。とても傷ついていましたよ」
「あいつは、簡単には傷つきはしないさ」
「悲しい目をしていました。ぼくにはわかります。サララ姉さんはやさしい人なのに、肝心な時には、そのよさが全く出てこないです。兄さんの時にも、ニニンドの時にも、強気なところばかりが目立ちます」
「そんなこと知るか」
とサララはふふんと笑ったみたものの、リクイの心配そうな顔を見てつけ加えた。
「ニニンドは変なやつだ。人を好きになったことがないというのだから、感情欠陥症だろう。でも、そのほうが、人は幸せかもしれない」
「どうしてですか」
「人を好きになったら、胸がいたいし、苦しいから」
「でも、ぼくだったら、胸が痛くてもかまわないです」
「リキタ、あんたは子供で、恋なんかした経験がないからね」
「ありますよ。ぼくのこと、何歳だと思っているんですか」
「ああ、そうだった。リキタはすごく成長したって感心した。今回のことで、リキタがどれほど利口で、頼りになるか、よくわかった。ひとりで寂しいと泣いていたチビのリキタはもういない。リキタはもう大人だ」
「ありがとう、サララ姉さん」
満天の星が模様ガラスみたいに滲んで見えて、リクイは幸せを感じていた。ぼくはなんてきれいな世界に住んでいるのだろう。




