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42. ピンクの空

「恋とか、そういうのって、時間の無駄じゃないですかね」

「じゃ、ニニンドは、それほど時間を有効に使っているというわけ?」

「恋なんて、なんでしょうかね。一時は好きになったとしても、それが一生続いた人なんか、いますか。恋なんか、やがては冷めてしまうものだから、そんなことにエネルギーを費やすのは無駄というものでしょう」

「ああ、あんたはやっぱり馬鹿だった。感情欠陥けっかん症だ。もう一度、しっぺをしたい」

 サララが指を振り上げたから、ニニンドは恐れをなして腕を後ろに隠した。サララが面白くないといって、ぷいと部屋を出ていった。


「気にしないでください。サララ姉さんはそういう話になると、いつもカッカするんです」

「どうして」

「ジェット兄さんのことを思い出して、攻撃的になってしまうんです」 

「私は嫌われてしまったようだ」

「そんなことないです。逆ですよ」


「じゃ、好かれているのかい」

「好かれてはいないけど。でも、たとえば」

 とリクイが天井に眺めた。

「たとえば」

 とニニンドが言葉を待った。


「たとえば辛いものを食べた人が、辛すぎてどうしていいのかわからず、熱いお茶なんかを呑んでしまって、逆高価になっている状態。好きではないとしても、嫌ってはいませんよ」

 ニニンドはよく理解できなかったけれど、少し安心した。


「リクイは何でも知っているんだね」

「知らないことばかりですよ」

「きみ自身のことはどうなの?」

「自身の場合って」

「好きな女子とか、いるんですか」

「どうなんだろうか。ぼくは人生ってどうなるのかわからないから、流れに任せようと思っているんです」

「そうか。そうだな」

 とニニンドが感心したように言った。


「ぼくはサララ姉さんのためなら、何でもしたいと思っているんです。ぼくはずうっとサララ姉さんについて行くつもりなんです」

「リクイはいくつ」

「十五です」

「ずいぶんと若いんだね」

「ニニンドはいくつですか?」

 リクイが訊いた時、サララが戻ってきた。

「十七」

「若っ。子供だ」

 とサララが大げさに驚いてみせた。


「さ来月は十八だ。サララは?」

「とっくに十八さ」

 サララが胸を張った。

「先月じゃないですか、なったのは。そういうの、五十歩百歩って言うんです」

 とリクイが言った。


「この子はね、いい子なんだけど、爺さんの残した本ばかり読んでいるから、古い知識を振り回すのが困りもの」

「ぼく、振り回していないでしょう」

 とリクイがサララの袖を引っ張った。

「振り回してないよ」

 とニニンドが言った。

「ありがとう」


「ねぇ、宮廷というところは、世間の噂にあるように、愛と欲がうごめいているところなの?」

 とサララが訊いた。

「サララ姉さん、ニニンドはここに来て日が浅いんだから、知るはずがないよ」

「いや、知っていますよ」

 とニニンドが得意げに言った。

「ほう」とサララ。


「私はよく宮廷の屋根に上り、下で起きていることをじっくり観察しているからね」

「どうして屋根なの」

「趣味だよ」

「あんたのこと、見直した」

 とサララが喜んだ。


「今から案内しようか」

「その尻では無理だ」

 とサララが吹き出した。

「屋根は慣れているから、大丈夫だ」


「今日はこれから帰らなければならないんです」

 とリクイが言った。

「今晩はここに泊まって、明日帰ることにしたら。ちゃんとした部屋を用意するから」

「だから、素人は困る」

 とサララが、おまえは何も知らないのうと首を振った。明朝に発つと、村に着くのが明後日の夕方になる。でも、これから帰ると、途中で野宿をしても、明後日の朝には着く。そしたら、すぐに仕事ができる。砂漠の民は忙しいのさ」

「では、送らせます。野宿なんか、危険じゃないですか」

 ニニンドがそう言うと、サララが、誰に向かって言っているのかというように、ははははと笑った。

「杖は借りても、人の手は借りない。わたしは戦って負けたことのない女さ」

 サララ姉さんとリクイがまた袖を引っ張った。姉さん、どうしたの?今日は特に態度が大きすぎるよ。


「では、贈り物の用意ができたら、すぐに届けさせます。次は屋根を案内しますから、ぜひ来てください」

「ありがとうございます」

 とリクイがった。


「今度来る時には、あんたに厚い尻当てのついた差し縫いのパンツを作ってもってきてあげる。そのラクダパンツをはいて乗れば、たとえ落ちても、そんなに痛くはないからね」

「そんなのがあるんだ。うれしいなぁ」

「ぼくは伝書鳩をいただいたら、そのうち二羽を特別訓練して、王宮から飛ばしたら、ぼくの所に来るようにしつけます。そしたら、ニニンドが怪我をした時なんか、連絡をくれたら、すぐに軟膏を届けることができます」

「ありがとう。あの軟膏はよく効いたよ。私はよく怪我をするからね。軟膏はすぐにでも必要だよ」

 サララがニニンドを見ながら、臀部を叩いてみせた。すると、ニニンドがびっこを引きながら近づいて、サララの手首を掴んだ。

「それ、本当にやめてほしい」


 ふたりはちょっと睨みあったが、サララが「わかったってば」

 と彼の手を払った。

「冗談のわからん男はつまんねー。帰ろうぜ」

とリクイに合図をした。

「言葉、言葉」

 リクイがすみませんと頭を下げた。

「それにしても、ここは臭い」

 とサララが言った。「ここで毎晩寝ているの?」

「そうだけど」

「よく眠れるね。神経太いね」

 ニニンドの目が平たくなって、唇から少し歯が見えた。ニニンドの笑った顔を初めて見たとリクイは思った。もっと笑えばいいのに。

 

 その夜、ハヤッタがニニンドの部屋に行くと、ふたりの姿はもうなかった。一泊すると聞いていたのだが、「もう帰られましたよ」

とナガノが言った。

「何かご用時でも」

「いいや。ちょっと確かめたいことがあったのだが、それはいい。ところで、ニニンド様はどこでしょうか」

「いつものところでございましょう」

とナガノが上を指さした。

 

その頃、ニニンドは腰を抑えながら、屋根の上まで這い上がっていた。サララとリクイが仲良く帰っていく姿が、目の中に残っていた。ふたりと一緒に行けたら、どんなに楽しいことだろう。

 ニニンドは折り曲げた膝の間に頭をいれて、ずうっとそのままの姿勢でいた。

「またいつ会えるのだろうか」

 サララはラクダパンツを縫ってくれると言っていたし、リクイは伝書鳩を届けてくれると言っていたから、また会える日はあるはずだ。夕方はいつもここに来て過ごしているのに、ピンクに染まっていく空が、こんなに寂しいとは知らなかった。


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