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39. 砂漠の学校

サララは椅子の肘掛けに手をついて、立ち上がった。

「絶対王者のわたしが、新米に危害を加えて勝とうとしたなんて、ありえない。絶対に勝てるとわかっているのに、どうしてそんな阿保なことをする必要がある。それに、うちの村では、ラクダは特別に大切なもの。矢を射る者など、ひとりもいない」


 そうです、とリクイも立ち上がった。

「旋風に刺さった矢尻を見ましたが、それは鋭くて毒が塗ってあったと思われます。ラクダは口から大きな風船のようになった白い舌を出し苦しんでいたので、傷口を小刀で切り開いて矢尻を抜き出し、酒で消毒しました。処置が遅れていたら、きっと死んでいたでしょう。ぼく達、砂漠の民は、ラクダにそんな苦しみを与えるようなことは決してしません。矢尻は役所に届けましたが、どこのものか調べましたか」

 役人は書類を覗いて、そんな矢尻は届いていないと言った。


 その時、ハヤッタはこの少年の目の色が他とは違うことに気がついて、黒眼鏡をずらした。この少年は緑色の目をしている。彼は急いで報告書をめくった。


 その時、王弟のところに目つきの鋭い使いがやってきて、耳打ちをした。すると、王弟の顔が灰色になって、震える指で何かを伝えた。そして王に急用ができたと告げさせて、よろよろと、それでも急ぎ足で会議室を出て行った。

 

 サララはその手話が読めた。その指は「熱は高いのか。医者は呼んだのか」と訊いていた。サララは家族の誰かが病気なのかと、目でその後ろ姿を追った。テントのなかみでもそうだったが、この王弟は人の会話は聞けるが、言葉を発することができないようだ。

 しかし、王弟の行動には関心を払うものはいなかったから、馬かラクダが病気なのかもしれないと思った。


「リクイさん、あなたはどこのお生まれで、ご両親はどなたですか」

 とハヤッタが尋ねた。

「ぼくは砂漠の生まれで、両親は砂漠の民、ラクダを育てて生活していました。けれど、不運なことに、両親はぼくが幼いころに他界しました」

「それは残念なことです。さぞお寂しかったことでしょう」

「いいえ。ぼくには兄がおりますから、寂しいことはありません。兄は今、兵役についていますが、ぼくは兄の婚約者のサララ姉さんと兄の帰りを待ちながら、幸せに暮らしていますから、ご心配はいりません。サララ姉さんは村の誇り、ぼくの誇りです。今回のこともサララ姉さんがニニンド様を助けたのですよ。褒められるというのならわかりますが、逮捕されるなんて納得ができません。怒り心頭に発しています」


 リクイがいろいろと難しい言葉を使うので、本を読む人は違うとサララは感心した。いつの間にか、こんなにたくましい利口な少年になっていたのか。それに、自分をジェットの婚約者だと話を盛ってくれたところが、すごく気にいった。


「あなたはとても利発な方で、言葉遣いもご立派だとお見受けするのですが、どこの学校へ行かれましたか」

「特別な学校です」

 とリクイが答えた。

実際には小学校に、それも三日しか行っていないのに、そんな大口を叩いて彼らしくない。どうしちゃったのだろうかとサララは心配になった。


「どこの学校ですか」

 ほらきた、とサララが下を向いた。

「砂漠の学校です」

 とリクイは顔を上げた。

「砂漠の学校・・・」

とハヤッタが繰り返した。

「屋根があるばかりが学校ではないでしょう。学べるところはすべて学校。ぼくはたくさんのことを砂漠の学校から学びました」

 グレトタリム王とハヤッタが顔を見合わせて笑った。


「ぼく達はニニンド様のことは全く存じあげませんでしたが、美しい方だったので、最初は役者ではないかとふたりで話しておりました」

 ニニンドがサララを鋭い目で見たので、サララはふんと反対の方向を向いた。


「でも、旋風のような特別のラクダに乗っておられたので、どこかの大金持ちの御曹司おんぞうしかとも思いました。けれど、テントに王弟殿下が迎えに来られたので、王室関係の方だとわかりました。そして今、王子と呼ばれ、こうやって国王の隣りに座っておられます。このことから考えて、ニニンド様はお世継ぎなのかもしれません。ですから、今回のことはラクダ競争の勝敗とは関係なく、この機会を利用して、誰かがニニンド様に危害を加えようとしていた、そう考えるのが自然なのではないでしようか」

「なるほど、説得力がある」

 と王が頷いて、「周囲をもっと詳しく調査せよ」と命じた。


「ぼく達はニニンド様のことは何ひとつ知りませんでしたし、狙う理由がありません」

「たしかに。このふたりを逮捕したのは間違いだ」

 と王がハヤッタに言った。

「たしかに」

「調査を一からやり直させましょう。そして、ニニンド様のおそばには特別護衛隊をおつけしましょう」

 なにっ、とニニンドが表情を変えた。

「自分の身は自分で守りますから、それはやめてください。ご存知でしょう。私の名前はニニンド、自由なのですから」

「よし、わかった」

 と王が言った。



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