31. ラクダの「旋風」
グレトタリム王はとにかく、ニニンドが気にいっている。甥だから好きなのか、好きだから何から何まで好きなのか、そこのところはわからないが、彼の顔も、姿も、喋り方も、その飄々とした歩き方も、全部気にいっている。彼が部屋にはいってくると、清風が吹いたようで空気が若くなり、呼吸が楽になる。
特別な食材が届けられると、国王はよくニニンドを食事に招いた。すると、彼は普通の顔でやって来る。特別に喜んでいるようには見えないが、義理で着ているようでもない。表情はあまりないのだけれど、言葉が多いわけでも、少ないわけでもない。媚びるところもなければ、冷淡なところもない。国王はニニンドに会うと、生きる勢いを与えられた気分になる。そして、次はどんな理由で招待したらよいものかと考えるのだった。
ラクダの練習の初日、ニニンドは腰を抑えて、足を引きずりながら戻ってきた。
「若さま、どうなさいましたか」
ナガノが青くなった。
「馬とは違う」
彼がぽつりと言った。
ナガノは慌てふためいて、教育係のところに走った。国王から怪我だけはさせるなと言われているのに、これはどうしたことなのだ。教育係は責任を感じて、頭を抱えていた。
旋風がどうしてもニニンド王子を乗せようとしないのだ。そこをみんなで押さえつけて乗ってもらったら、暴れて振り落とした。それが十五回も続いたのだという。
やめさせたいのだが、王子がどうしてもやめてくれない。それではもっと穏やかなラクダを替えましょうと言ったら、二度と言うな。言ったらクビだと言われたと半泣きである。
「若さまがクビだと言われたのですか」
「はい。すごい目で睨まれました」
ナガノは腰を抜かしそうになった。
これまでどんなできの悪い座員にも、クビを言い渡したことなどないのだ。よほど乗れなくて悔しいのだろう。
部屋に戻ると、ニニンドは、明日は絶対に乗ってみせると猛り立っている。
「これ以上お怪我をしないうちに、おやめになってください。若さまに、ラクダは無理でございます」
しかし、この「無理でございます」がことを大きくしてしまった。ナガノは口を洗いたい。
ニニンドは旋風から落とされ続け、翌日は二十一回、三日目は三十二回落とされた。彼は人の肩を借りなくてはあるけないほど痛めつけられて戻って来る。
そして、うんうん唸りながら、寝台にうつ伏せになるのだ。これでは若さまが壊れてしまう。ナガノは責任を感じ、脳みそを極限まで働かせて、この難局をいかにして乗りきればよいのかを考えた。
ナガノはニニンドのところに来て、そのズボンの腰の部分に手をかけた。
「何をするつもりなのか」
とニニンドは驚いて抵抗した。
「湿布を用意いたしました。打ち身によく効くという異国の薬草でございます」
「そんなものはいらない」
「高価なものでございます」
「高いものがよいとは限らない」
「何を恥ずかしがっておられるのですか。このナガノは若さまをこの世に引っぱりだし、産湯を使わせ、毎日おしめを変えた者でございますよ。私は若さまのことなら、お身体の隅から紙まで知っているただひとりの人間、何の遠慮がいりましょうか」
ナガノはそう言って、無理矢理に背中と臀部に、すり下ろし芋に特別なエキスを加えた湿布を貼ったのだった。
「冷たい。臭い」
とニニンドが身体を反らした。
「この臭いはなんだ」
「鶯の糞でございます」
「糞はやめてほしい」
「傷跡が残らないためでございます。とても貴重なもので、ようやく手にいれました」
しかし、ニ週間過ぎても、あちこちの傷や尻の打ち身は増えるばかりで、部屋は鳥の糞の匂いで充満した。




