22. 姫の縁談
縁談のお相手が年寄りだと知った時、サディナーレ姫は気絶しそうになった。
姫はロマンス物語は読んだり聞いたりしたことはあり、大好きなのだが、実際には恋をしたこともないどころか、男性の姿さえ見たことがないのだ。ところが待ち焦がれた相手ときたら、父王よりも年上なのだ。こんな物語はこれまで聞いたことがない。ああ、気持ちが悪い。
お付きの女官オキオキンもうろたえ、その肉付きのよい頬と唇がぶるぶると震え、サディナーレ姫は寝床から起き上がることができず、初めて神殿に行くのを休んだ。
しかし、オキオキンはこんなことをしている場合ではないと落ち着きを取り戻した。自分が行動しなければ、何も起きない。
いろいろな情報を集め、寝ても起きても、姫の将来を考え続けた。もし待ち続ければ、はたして、よい縁談がくるものだろうか。
今やH国は弱体化しつつあるのに、国王は過去の栄光を偲び、王太子は理想を追うばかりで、現実が見えていない。この国は衰退していくだけだろう。
それに比べてJ国のグレトタリム王は若くはないが、まだ力がある。宗教にも寛大で、第三王妃はキリスト教だったが、結婚の際にはキリスト教を認め教会を建てたと聞いている。サディナーレ姫のためにも、火山神の神殿を建築するという一項が書かれている。こういう条件をくださる国王が、二度と現れるだろうか。
J国からハヤッタという王の代理の方が何百人という家来を連れて来られて、その熱意を示された。
オキオキンはその会見を覗きに行ったのだが、手をまわして、ハヤッタと秘密で会うことができた。
ハヤッタが黒眼鏡をしていたのには思わず引いた。しかし、その気持ちに気づかれたようで、これは眼病のためであると丁寧に説明され、申し訳ないと謝罪された時、心が開いた。
オキオキンはハヤッタの態度と雰囲気に、誠意を感じた。これまで自分が出会ったのは狡猾な男ばかりだったが、この方は信用がおけそうだ、この方のいる宮廷なら大丈夫かもしれないと思った。
ハヤッタはたくさんの贈りものをもって来たのだが、姫はずっと寝込んでいて、誰とも口をきかず、神殿に行かない日が続いていた。オキオキンはハヤッタに姫の現状を隠さずに話し、彼は協力と努力を約束した。
姫は贈り物の山には手を触れようともしなかったが、オキオキンがあまりに勧めるので、ある時、寝台の上に置かれた薄絹のストールを手に取ってみた。四季をデザインしたストールで、春にはピンクの花に蝶々が舞い、夏は青地に白い月が輝いている。秋は金色に光る無数の蛍、冬は銀色に降る雪の刺繍がされていた。
サディナーレ姫はそれを手に取って、じっと眺めていた。
オキオキンには、姫がこれを気にいっていることがわかった。
「これほど美しい刺繍は、わが国にはありませんから、私も見たことがありません」
とオキオキンが言った。
サディナーレがこくりと頷いた。
刺繍を施した人の魂が感じられる気がした。それは生命力というのかしら。どんな方がどんなことを思いながら作られたのかしら。
「あちらの国には、こういうすばらしいものを作られる方がたくさんおられるのかもしれませんね。どんな国なのでしょうかね」
とオキオキンが言った。
サディナーレが頷いた。
「姫さま、少しあちらのことを少し調べてみませんか。お断りになるのは、それからでもよいのではないでしょうか」
サルディナーレは何も言わなかったが、首を横に振ることもなかった。
しばらくすると、グレムタリム王の新しい肖像画が届いた。絹布を広げてみると、豪華な衣装を身につけた国王は黒髪で、輝くような白馬に乗っており、顔つきは精悍で、想像していたよりもずっと若く、物語の世界の王子に似ていた。
「男性の年齢というのは不思議なものでございますよ。三十歳までは大体、同じ速さで歳をと取るようでございますが、三十の坂を越えますと、老ける一方のお方もおれば、いつまでも若いお方もおられます。グレトタリム王は後者かと思います」
オキオキンはサディナーレの瞳が濡れて光っているのに気がついた。
「このオキオキンも、このなけなしの脳を振り絞って、深く考えてまいりました。姫さまはもう十九歳でございます。もしこのお話を断られたら、どんな将来が待っているのでしょうか。明日のことが見えればこんなに苦しみはしませんが、人間には未来が見えません。もしかして、明日には理想のお相手からのお話があるかもしれませんが、その逆も考えられます。この国の現実を見ますと、それでも申しこんでくださる勇気のある国王や王子が他におられるとは思えません。その場合、このままこの神殿で、一生を過ごされることになってもかまいませんか。姫さまにそういう強いご意志おありなら、オキオキンはどこまでもお従いするつもりです」
サディナーレは大きな瞳から、水晶のような涙をぽろぽろと流れた。美しい人は涙まで美しいとオキオキンは思った。
「いやです。ここにいるのはもういや」
美しい人の、久しぶりの、いや、初めての自分の声だった。




