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1. リクイの寒すぎる夜

リクイの巻

 兄さんとの約束は、一度だって破ったことがなかったのに。

 リクイはロバのスマンの首をとんとんと叩いた後、ぎゅっと抱きついてから、すとんと地面に下りた。


 このあたりは砂漠といっても瓦礫のような沙漠で、硬い地面の上には荒い砂が走り去った跡がある。今夜の風はやたらと冷たく悪賢く、重ね着しているシャツの隙間を抜けて、腹のあたりまではいってきたから、思わず震えた。生きるのが辛くなるような寒さだ。


 もう十一月にはいった。

 今年の冬はひとりだ。来年も、再来年もずうっとひとりだ。今からこんなことでどうするんだ。弱音は吐かないって兄さんと約束しただろう。

うん、がんばるんだと頷いてはみたものの、砂嵐みたいな寂しさが押し寄せてきて、リクイは泣きだしてしまった。


「大丈夫。ひとりになったって、寂しがらない。ぼくはもう十三歳だよ」

 リクイが兄さんにそう約束してから、まだ二ヵ月も経ってはいないのに、もう限界まできてしまっているような気がする。

 朝も、夜も、兄さんがいたから、寂しさがどんなに恐ろしいものなのか、さっぱりわかっていなかった。


 いつもそばにいた人が、今は影さえも見えないというのはどういうこと?問題が起きても、話を聞いてくれる人がそばにいないんだ。すべての風景が同じで、兄さんのにおいもここにあるというのに、姿だけがない。そんなことって、あっていいの?リクイはわけのわからないことを思ってしまう。おかしいとはわかっていても、脳の一部が渋滞してしまいそこに悲しみが溜まるばかりで、少しも外に出ていってくれないのだ。

 

 ジェット兄さんは徴兵された。

  村の外れに集められ、そこから引率されて、遠くに行ってしまった。

 この砂漠の果てには山岳地帯がそびえ立ち、そこから七つ峠を越えたところの国境地帯に配置されるということだった。貧しい者ほど、遠くに行かされると村人が言っていた。

 

 リクイは隣村までくらいしか行ったことがないから、その国境がどのくらい遠いところなのかはわからない。ただスマンに乗って訪ねて行けるような場所でないことはわかっている。

 スマンは椀を伏せたような愛嬌のある目と、丸い胴体をした小さなロバで、目と鼻の周囲が白い色をしている。スマンとは物心が付いた頃から一緒にいるから、言葉が通じる。


 兄さんからの手紙が届いていないから、まだ住所もわからない。手紙が届くのは、三ヵ月、六ヵ月、いや一年先かもしれないニヵ月でもこんなに辛くて大変なのに、五年も会えないなんて、そのうちに気が違って死んでしまうかもしれない。


「どうしよう。ねぇ、どうすればいいと思う? 今まで、こんなに困ったことはなかったよ」

 リクイが虫のような声を出した。

 

 茶色い土で作られた家の玄関には、青い木製の扉、それを開けると赤に青色の砂除けの絨毯がぶら下がっている。その向うは、いつもはあったかい世界だった。爺さまがいて、兄さんがいて。でも、もう誰もいない。

 リクイは今では、泥を重ねて作った茶色の家にはいるのが怖い。あそこには、虚しさが広がっている。


「ほんとうのことを言うとね、ぼくはこの夜を越せる気がしないんだ」

 リクイは思い切って言ってみた。

「じゃ、どうするんですか。死ぬんですか」

 スマンの大きな瞳が責めるように尋ねた。スマンまで、こんな突き放す言い方をする。


「こわいんだよ。何もかもがこわいんだよ」

「そんなに弱い坊ちゃんでしたっけ」

「弱いよ。ぼくは世界一の臆病者なんだ。こんなに間抜けで弱いとは、自分でも知らなかった。世の中の人って、どうして、みんな強いの?」

「それは、坊ちゃんが、ようやくおのれを知りかかったということ。前進したということじゃないですか。ふんばりなさい」

「ぼく、がんばったんだよ。でも、もうだめな気がするんだよ」

 リクイががっくりと肩を落とした。

「弱虫だなぁ」

 スマンが大声で笑った。


「スマン、今夜は外で、一緒に寝ることにしたいけど、いいかい」

「またですか。今夜は特に寒いですよ」

 スマンはやれやれと首を上下に振って見せたが、目は笑っている。



この時、

リクイ十三歳

サララ十五歳

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