18. ニニンドには乳母がいる
いやいや、それはないですとニニンドが首を振った。
「私もいつもはこのように饒舌ではありません。部下には不安なところは見せられないので、岩のようにどっしりと構えてはいますが、中身は風に揺れる柳です。誰にも、心の中のこと、将来の嫁のことなど、話したことがありません。でも、心のどこかに話してみたい、解放されたいという気持ちがあり、もう二度と会うことができないお方を前にして、話してしまったように思います。ですから、私はハヤッタ様の質問に答えるにはふさわしくない人物です。答えがわかりませんから」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
「ところで、医院に行かれたそうですが、どこかお悪いのでしょうか」
「いいえ、私ではありません。一座では、年寄りの半数が持病を抱えている上、三人が重い眼病、ひとりはもう盲目寸前です。この国自体は砂漠ではありませんが、隣国から砂塵が飛んでまいります。砂の中の菌が乾いた眼につくので、たくさんの眼病患者がおります。その全盲になりかかっているのが私の乳母のナガノでして、痛さのために、夜も眠れずにいます」
「ニニンド様には、乳母がおられるのですか」
「はい。なにせ母上が姫君なので、この山賊は乳母に育てられました」
ふたりはまた顔を見合わせて笑った。
「ナガノの眼病をどうしても治してあげたくて、所々で名医を訪ね、高額な薬も試してみましたが、思うような効果がありません。私はこう見えても、稼ぎは多いのですよ。けれど、大半を治療代にもっていかれるので、実は火の車です」
「我々はよく似ていますね」
とハヤッタが苦笑いをした。
「その薬を見せてください」
「これです」
ニニンドが薬の袋を渡し、こちらが煎じ薬、こちらが洗眼薬だと教えた。ハヤッタは腰を曲げて、黒眼鏡を上げて薬に目を近づけ、指に薬をつけて少し舐めた。
「若い頃の話ですが、私はJ国に来る前、私は祖国で眼科医をしておりました」
「ああ、そうなのですか。祖国とはどこでしょうか」
「S国です」
「西洋の神が国教の国ですよね」
「キリスト教を国教としている国です」
「えー、まさか、あそこですか」
とニニンドが明るい声を出した。
「年寄りのひとりが、あそこには眼病の権威がいるというので、そこに連れて行こうとしたことがあります。でも、その病院はすでに廃業したと知りました。ハヤッタ様は、その権威の先生のことを聞いたことがありますか」
「はい。その先生が誰のことなのか、わかります。その先生から教わったことがあります」
えーっ、それはすごいとニニンドがのけ反った。
「どうしてその医院がなくなったのですか」
「詳しいことはわかりませんが、権威の先生は亡くなられたと聞いています」
「ハヤッタ様、もしよかったら、一度、乳母の目を診てやってくれませんか。昨夜も、泣き声が聞こえていました。よっぽど痛いのだと思います」
「みなさまはどこにおられますか」
「町外れの定宿におります」
「では、これからすぐに参りましょう。馬はあるのですが、乗馬はでおきになりますか」
ニニンドがうれしそうに笑って「はい」と答えた。どうも馬は得意らしい。




