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125. 自信と孤独と


「でもね」

 サララが言おうかどうか迷っていた。


「リクイ、わたしは本当はね、不安でたまらなくなることがあるの。宮廷なんかで、ちゃんとやっていけるのかって。わたしなんか、できるわけがないんだから。誰だってそう思っているはず」

 リクイの前では、本音が出た。誰にも見せない初めての弱気だった。


 リクイが近づいて、サララをやさしく抱きしめた。

「サララにできないことがあるのかい。今までだって、できないことがあったかい」


 こいつ、とサララはリクイの髪の毛をぐじゃぐじゃにして、涙をぬぐう。前はわたしより小さくて、何にも知らないで、慰めてくれることなんか、できない子供だったのに。


「逃げる?すべてを捨てて、逃げる」

 とリクイが言った。

 サララがリクイを見上げる。


「サララが逃げるのなら、ぼくはどこまでも付き合う。一緒に地の果てまで行こうか」

 うん、とサララが笑う。「行く」


「うん。じゃ、行こう」

 とリクイが笑う。


「リクイがそう言ってくれたから、大丈夫になった」

「そうじゃないよ。サララはもともと大丈夫なんだから」

「そう?」

 リクイから離れたサララの目が涙が光っている。 


「うん。新しいことに向かう時は、誰だってそうだよ。サララは特に何もしなくても、そのままでいいんだから、不安がることはない。そこにいてくれるだけで、ニニンドは力がでるんだから」

「そんなに、いやだよ」

 とサララが口を尖らせた。「わたし、何かをしていたいもの」


「そうだね。サララにはじっとしていることのほうが無理だね。やりたいことをやればいいんだよ。ニニンドだって、そう言っているんだから」

 そうなんだよ、とサララが片足で跳んで見みせた。


「ぼくだって、外国で勉強して、ちゃんと医者になれるか、わからないのから、不安なんだ」

「リクイもそうなの」


「うん。サララは自分に自信を持って進めばいいんだよ」

「その自信というのが、わからない。自信って、なに」

「自分にはできるって、思うじゃないかい。すぐにはできなくても、必ずできる。できるまで、やることじゃないかな。ひとりじゃ無理でも、ニニンドがいるじゃないか。ニニンドとサララはすごく合っている。似ている」

「どこが」

「諦めないで、ねばるところが」

「それは言えてるかも」


 サララがもうリキタとは呼ばないで、リクイと呼んでいることに気がついていた。リクイも、サララ姉さんと言わないで、サララと呼んでいる。


「ありがとう。遠い国に行っても、寂しく感じないように、リクイのことは思っているから」

「ぼくは子供の頃から、困っている人を助ける人間になりたいと思っていたんだ。でも、小さな村で、人とも付き合わないで暮らしていたから、どんなふうにすればそういう人になれるのかはわからなかった。でも、今は西国の学校に行って、医学をしっかりと学んだら、人の命を助けることができる。それはとてもうれしいことなんだ。だから、一生懸命、励もうと思う。寂しくても、それを超えて行けると思う」

「勉強は難しいんでしょ。おまじないの赤い紐は必要?」

「ありがとう。でも、今度はおまじないなしで、やってみる」

 そう。それがいいね、とサララが頷いた。


  リクイは思う。人は誰でも、孤独を感じる心の穴を持って生まれてくる。その穴が大きい人もいれば、小さい人もいる。ぼくが子供の頃は、その穴にはジェット兄さんがいたから、寂しいことがなかった。兄さんが兵隊に行って、その穴がからになった時、どうしようもない寂しさを感じたけれど、サララ姉さんが助けてくれた。

 それからというもの、ぼくはサララの後をついて行った。サララがいると寂しくなかったから。


  孤独の穴は愛とか、仕事、何か夢中になる者で埋められる。でも、それができない人は賭博とか、酒とか、麻薬に走ったりするのだろう。その寂しさを愛する人の愛で埋めることができたら、一番幸せなのかもしれない。でも、誰もが望む愛を手に入れられるわけではない。ぼくはそこを勉学で埋めていこうと思う。

               

でも、本当のところ、それができるかどうかはわからない。でも、サララ、わかるかい。ぼくに他の道はないのだからね。

 

 そして、今、この孤独というものの正体がわかりつつある気がする。ずうっと恐れてきたけど、それは決して冷酷なものではなくて、実はあったかいものなのではないかと思うんだ。それが、ぼくを次の場 所に押し上げてくれる。孤独の神か悪魔がいたとしたら、その手は冷たいけど、心はあったかいのではないだろうか、そんな気がしている。


 今度会える時、どんなサララになっているのだろうか。王太子妃になるのだからね、変わっていくのだろう。でも、たとえ真っ直ぐな黒髪になったとしても、明るくて、強気で、勝気なサララのままでいてほしい、と願うのはこちらのわがままなのだろうか。幸せでいてほしい。


 サララが窓から外を見上げた。白月の前を、煙みたいな雲が通り過ぎると、銀色の点々が無数に 散らばっていて、今夜は星の光だけで、砂漠を歩けそうだ。

「リクイ、少し砂漠を歩いてみない?」

 とサララが振り向いた。

「うん、それはいいね」  

  リクイは、サララがつられて笑ってしまうくらいの大きな笑顔を見せた。


 サララは思う、それはあの十三歳の夜、翌日は町に行こうと誘った時のリクイの笑顔とそっくり。リクイ、これから歩む道の途上で、あなたにこういう輝かしい笑顔の機会がいくつもありますように。

 リクイ、あなたはわたしの大切な弟、大切な人、どうぞ、幸せでいてね。




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