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122. リクイの旅立ち                      

 リクイが西国に向けて、発つ日が近づいていた。

 西の国は遠く、今、出発しなければ、医学学校の新学期に間に合わない。しかしハヤッタは怪我をしてから三ヵ月たっても、まだ意識が戻っていないのだった。


 リクイはハヤッタが目覚めてから出発しようと決めていたので、医学学校に行くのは一年伸ばそうかと考えていた。


 しかし、ハヤッタを診るためにたびたび宮廷を訪れているハニカ医師がこう言った。

「ハヤッタ様は手を握ると握り返すようになられた。意識が戻るのは間もなくだと思われる。もう心配しなくていいから、行きなさい」

「はい。でも」


「この私がそばで見ているからね、リクイくんは安心して学校に行きなさい。そして、一日でも早く多くの患者を救うことのできる医者になりなさい。それがきみのなすべきことではないのかい」

「はい」

 リクイは何度もためらったが、ハニカ医師に強く促されて、新学期に間に合うように発つことを決めたのだ。


 出発する前に、リクイは数日間の予定で、荷物の整理のためにアカイ村に戻った。爺さまの本は数冊だけを持っていくことにし、残りは革の箱に入れて鍵をかけた。

 

 伝書鳩や畑は手伝ってくれていた者に譲り、家とナツメヤシを見守ってくれるように頼んだ。

 

 もしかしたら、ジェットが帰って来るかもしれないという望みは捨ててはいない。

 だから、革の箱の上には、ジェット当ての手紙を残した。

 その一行目には、

「ジェット兄さん、お帰りなさい。ずうっと待っていました」

 と書いた。



 赤い村での最後の夕方、サララがカリカリに乗って現れた。

 白いシャツにレンガ色の裾広がりのスカート、青、オレンジ、小豆色の複雑な模様の長いスカートをはき、コートの前を開いて羽織り、首には大きいレンガ色の丸いペンダントをしている。


 もうサララとは会うことはないだろうとリクイは思っていたから、最後に、この場所で会えてうれしかった。

 今日のサララは一段ときれいだと思った。


「実家に行って来たところ」

 サララがスカートをつまんで照れた。

「すごく似合っているよ」

 とリクイが大きく笑った。


「何か食べた?」

「まだ」

「よかった。今夜はわたしが豆スープを作ってあげる。今日は特別に、羊の肉いり。食材は母さんのところで、もらってきたから」

「ありがとう。うれしい」


「みんな、元気だったかい」

 カリカリに積んであった荷物を家に運びいれた時、リクイが尋ねた。

「元気。母さんも、タンタンもようやく元に戻ってくれたわ」

 とサララは渋い顔をした。


「本当に、人生で 一番、驚いた」

 そう言いながら、サララが料理を始めたので、まな板を叩く包丁の音が部屋に響いた。

 なんて懐かしい音。

 この音も、これで最後なのだなぁ。そう思うとリクイの心は切なさであふれた。 


  実は、マグナカリ王弟とブルフログから精巧な武器を注文され、それを製作していたというのが義父のスネリオだということがわかり逮捕されたのだった。


「どうりで、夜中にこそこそと注文主がやってきたり、やたらと報酬がよかったり、変だとは思っていたけど」

  義父自身は注文された品物を作っていただけで、そんな大それた事件に関わっていることは、皆目、知らなかった。


 しかし、あの矢尻によって、多数の犠牲者が出ているのだから、罪にならないわけがない。身柄を拘束されて、一ヵ月あまり投獄されていたけれど、グレトタリム王の判断で猶予がついた。


 現在スネリオは王宮付属の犯罪者の更生施設で、装飾品作りの技術指導をしている。一年間、そこで試して、うまく いったら、各地にそういう工房を作り、国の産業にしていきたいと国王は考えている。

他国と比べて、J国民は手先が器用だと教えたのはキャラバンの経験から各国のバザールの様子を知っているサララで、それを王に進言したのはニニンドだった。


「わたしのことがあるから、義父のことを大目に見てくれたのだと思う。だって、息子の嫁の父親が、犯罪人じゃやはりまずいでしょ」

 とサララが笑った。

 ニニンドはグレトタリムの養子になったのだった。


「家に行ってきたのは、今度、タンタンが結婚することになって、婚約のお披露目があったから。 忙しいのに、ニニも来てくれた。会議がいくつも入っているから、すぐに帰らなければならなかったけど」

「それはよかった。彼、お母さんやタンタンに会えて、喜んでいただろう」

「すごく。あんなに楽しそうなニニは、見たことない。彼にも、ようやく本当の家族ができたんだから」

 サララが豆スーブの鍋をかき回しながら 微笑んだ。


「お祝いに、少しだけ舞ってくれたの。わたし、ニニの踊りを初めて見た」

「どうだった?」

「才能あるよね。感動しちゃった。息ができなくなっちゃった」

 とサララが笑った。


「王太子にしておくのは、もったいない。ずうっと見ていたかった。ものすごくうまい」

「それほど上手なんだね」

「見たことないの?」

「・・・・・・ない。一度もない」

 ニニンドが、夜旭町で、あそこの姉さん達のために踊ったのを見たことはあったけれど、あれは話が別だ。忘れよう。


「母さんったら、でれーっとした顔しちゃって、お茶、こぼした。タンタンもニニの大ファンになっちゃってサインをねだっていた。役者じゃないっつうの」


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