115. 血文字の手紙
「私を王に会わせなさい」
スノピオニの唇が小刻みに震えている。
「ただ今、グレトタリム王は重要な会議が入っておいでです。予約をお取りしましょう」
とリクイが言った。
「何が重要な会議だと。マグナカリ殿下亡き今、王太子になられるのは、この子、マグナカイリン様であられるぞ。このこと以上に、重要なことなど、あるものか。さあ、今すぐに、王のもとに連れていきなさい」
「わかりました。それでは、ご案内いたしましょう」
リクイはまた長い回廊を案内して、王の宮殿に向かった。
リクイはカイリンを抱くことをもうし出たけれど、「触るでない」と断られた。
娘のルルビオ二が、その小さな手で、リクイの手を掴んだ。
だっこする?
リクイが両手を差し出すと、ルルビオニはううんと首を横に振ったから、びかびかした黒髪が揺れた。
スノピオニは斜めに冷たく見たけれど、何も言わなかった。
スノピオニ親子がようやくグレトタリム王の書斎に着くと、人払いが行われ、王とスノピオニがふたりきりになった。
「私はスノピオニと申します。お目にかかれて光栄でございます」
「どなたでしょうか。どうなさいましたか」
と王がやさしく尋ねた。
「マグナカリ王弟殿下より、私のことにつきまして、何か聞いてはおられませんか」
「スノピオニさんと言われましたね。何も聞いてはおりませんが、何か関係がおありですか」
スノピオニは国王の目を見ながら、懐から書状を取り出した。
「まずは、これをお読みくださいませ」
王はおもむろに、その折り畳まれた書状を開いた。そこに書かれた字は、確かにマグナカリのものだった。
「私、偉大なグレトタリム王の弟マグナカリは、ルルピオ二が私の長女、マグナカイリンが私の長男であることをここに誓います。これは、紛れもない真実で、誰も曲げることはできません。 マグナカリ王太嗣」
と書いてあり、署名がしてあった。
グレトタリム王はその書状を手に取り、顔を近付けてまじまじと見た。
「半年前に書いたのだな」
「さようでございます。何かの時のために、是非、一筆残しておきたいと言われ、このように書かれたのでございます。こんな悲しい別れの時が早く訪れようとはゆめゆめ思ってはおりませんで したが、ああ、なんと、ご慈悲の深い父親の愛情でございましょうか」
「そうだな、突然であった。私にとってはたったひとりの弟、断腸の思いである」
国王は少し首を傾げて尋ねた。
「ところで、あなたは王弟とはどのような関係でしょうか」
スノピオニはえっという顔をした。今、手紙を読まれたではないですか。
「この私、スノピオニはふたりの子の母親、マグナカリ殿下の妻でございます」
王はおやおやという顔をして、机の引き出しから、一枚の手紙を取り出した。
「しかし、ここにこういうものがあるのだが。あるお方が先週、書いたものである」
とその手紙をスノピオニに渡した。
「スノピオニがマグナカリ王弟殿下との子供だと主張しているふたりの子、ルルピオ二とカイリンはふたりの間の子ではありません。王弟殿下は子供のできないお身体、ふたりの父親はブルフログでございます。 これは真実だと誓います。
ソリウイロ」
それはソリウイロが最期の時にニニンドに握らせた手紙だった。
「ここに相反するふたつの真実がありますが、真実はひとつなのでは」
「こんな手紙は嘘っぱちに決まっています。誰が大夫の言葉など、信じるでしょうか」
「彼女のことを知っておいでのようですね」
「それは知っていますよ。故郷が同じですからね」
ソリウイロは冷静にならなくてはと内心焦った。口がポロが出ないように気をつけなくては。
「ソリウイロは死に際に、なぜ、こんな嘘の手紙を残したのでしょうか。私への嫉妬、嫌がらせに決まっています」
「あなたには、どうして、ソリウイロが、死の間際に書いたものだと分かるのですか」
スノピオニはまたやってしまったか。もう少し言葉には気をつけるべきだったと後悔はしたが、動揺は見せずに、目を凝らした。この国王は想像したよりしたたかな人のようだ。しかし、負ける気はしない。私がどんな女か、見せてやる。
「ソリウイロとは同郷だと申しあげましたでしょう。同郷者が、矢に刺されて死んだという噂は、流れてきましたから」
「ソリウイロが死んだということは、誰も知らないはずであるが」
「世間では壁に耳ありと申しましてね、巷の噂とはそういうものがございますよ。それに、今見せてくださったソリウイロの手紙は血で書いてあるではないですか。死に際だとわかりますよ」
「なぜソリウイロが矢に刺されたということまで、知っているのか」
「矢の毒で亡くなった人の話はよく耳にしますから、そのあたりは想像がつくというものです」
「あなたは想像が随分と豊かなお方ですな」
王はマグナカリが書いた書状を手に持って、窓際に行った。
そしてそれを蝋燭の上にかざした。白い紙は下三角の端から黒くなって上に伸び、みるみる勢いをつけて燃えあがった。
「王ともあろうお方が、何をなさるのですか」
スノピオニが仰天して書状を取り返そうとしたが、王が手を放すと、その紙は炎になって、大理石の床に火の粉を散らしながら、ひらりと落ちた。
数日前のある夜も、この部屋で、こんな炎が上がった。
あの時、王弟の手紙を読んだ国王は声を上げて泣きながら、手紙を蝋燭の炎にかざしたのだった。中に何が書かれているのか、炎にはわからない。火がついた紙はめらめらと燃えて、マグナカリの人生のように、空しく消滅した。
なんということを。
スノピオニはソリウイロの手紙を丸めて口に入れた。ムシャムシャと鬼の形相で噛んで飲み込み、これでどうだと睨みつけた。
「これで、カイリンがマグナカリ様の子供だという証拠はなくなりましたが、そうではないという証拠もありません」
とスノピオニが尖った声で笑った。笑い声が急に止むと、部屋には緊張した不気味な沈黙だけがあった。
「スノピオニ、あなたは何か忘れておられる」
と国王が静かに言った。
「忘れているとは、何でしょうか」
「私が王だということです。王に証拠はいらないのですよ」
なんだと、そんなことがあってよいものか。
「でも、せっかく来られたのですから、ふたりの子達に会いましょう」
と王が言った。
「殿下の子と認めない子供に、どうして会う必要があるのですか」
「親は誰であれ、マグナカリが愛した子供だというのは真実なのだから」
スノピオニが青筋を浮き立たせて震えた。
「会わせるものか」
スノピオニが子供の名前をできるかぎりの大声で呼ぶと、隣りの部屋に控えていたリクイがふたりを連れてきた。
「さあ、帰るのよ。こんなところに、もう用はないのだから」




