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108. ロバのスマンだけが

翌朝、リクイが厩舎に行く途中で、鳩小屋に行ってみると、サララからの鳩が届いていた。

 足についた筒を開けると、「ニニ、今から向かう」という伝言が書いてあった。

 ニニンドがサララには鳩を飛ばし、でも、サララからのこの返事を待たないで、出かけて行った、そういうことだ。


 今は国家危機の真っ最中で、ブルフログの行方もわからないというのに。ニニンド自身の生命も危険なのに、どうしてこんな時に、司令官の彼がサララに会いに行くことがあるのだろうか。


「まったく、ニニンドときたら、今がどんな時かわかっているのかい」

 リクイがロバのスマンに話しかけた。

「朝からここに来るなんて珍しいですね、坊ちゃん。ここに来た当初は、よくここに来ていたものですがね」

 厩舎では、ロバのスマンが自分のへやを持っており、旋風の房もある。


「旋風を見に来たのですか。いませんよ。昨日、ニニンド様を乗せて、一心不乱に飛んで行きました」

 やはり、そうだったか。ニニンドは旋風に乗って出かけたのだ。


「どこへ行ったか、わかるかい」

「ニニンド様はお友達の多いお方ですから。どこでしょうかね」

 スマンもニニンドがサララのところに行ったとは思ってはない。


「先日、夜旭町というところへ出かけたのだけれど、ニニンドはすごい人気だったよ」

「坊ちゃんも、行かれたのですか」

 リクイが頷くと、スマンは両方の耳をたてて震わせた。

「ああいうところは、坊ちゃんには向くところではないでしょう」

 と長いため息をついて、アハアハアハと鳴いた。


「スマンは夜旭町を知っているのかい」

「ロバの社会にも、噂は流れて来ますから、そりゃ、知っていますよ」

「ぼくは全然相手にされなかったけど、ニニンドには大勢が寄って来た」

「なるほど。坊ちゃん、うらやましいのですか」

「そうではないけど」

「ああいう場所でもてるなんてことは、誇れることではないですから。爺様が生きておられたら、ご立腹ですよ」

「ああいう場所にって、スマンも固いね。あそこには人情に厚い方が、おられましたよ」

 リクイは、その生命をかけてまでニニンドを慕ったソリウイロという花魁のことを思った。どうしてそれほど愛することができたのだろうか。


「スマンはどう思っているの?」

「ニニンド様のことでございますか。あのお方を嫌うことはできません。時々、私のところにも 来て、背中を叩いて、相変わらず小さいね、なんておっしゃるんですから。今更、大きくなるわけがないじゃないですか」

 スマンは前足を上げて、アーアハッと笑った。


「ニニンドは誰からも好かれるんだ」

  リクイはスマンに寄りかかった。


「ぼくは運命の神さまから嫌われているのだろうか」

「どうしてでございますか」

「大事な人が、みんな離れて行く」

「私に言わせると、運命の神なんていませんよ」

  スマンは大きな鼻の穴から。ぶっと息を吐き出した。

「ぼくは特別ひとりに弱いというのに、いつもひとりになる」


「その弱さは克服したはずでしょう」

「そう思ったこともあったけど。でも、克服なんかできていなかった。もとの弱いぼくに戻ってしまったような気がする」

「前進したり、戻ったりしながら、人は成長していくんです。まあ、坊ちゃん、落ち着こうではないですか」

「うん、そうなんだけど」

 リクイが泣きそうな目をした。

「ひとりといっても、私がいつもいるじゃないですか」

「・・・・・・そうだね」


「わたしらはずうっと一緒じゃないですか。もし運命に神がいるとしたら、神が私を坊ちゃんのところに遣わしたということになります」

「うん。スマンがいれば、ぼくはいい」

 スマンは耳を盛んに動かして、ウウーッ、アハアハと鳴いた。


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