105. サララは思う
砂丘の刃物できったようなてっぺんをめざして、ニニンドがサララを抱いて登っていった。
白い砂の上 に、右側に人の影が伸びた。砂は慣れない者には歩きにくく、足が流れて、埋もれてしまう。ニニ ンドは前につんのめって、砂の上にサララを落とし、自分も倒れてしまった。
「ごめん」と二ニンドが言うと、サララが愉快そうに笑った。
「よし」と、背負って上がることにした。今度はうまくやりたい。
ニニンドが腰をかがめて待っていたので
「こういうの、ホンモノの恋人みたいで、いやだ」
とサララが躊躇った。
「ホンモノの恋人じゃないのかい。プロボーズだってしただろ」
「ああ、そっか」
サララはその背中に乗った。ニニンドはその振動にちよっとぐらついたが、まぁ、うまくいった。
「わたしがニニのことを好きなのは知っていた?」
背中で、サララが首に回した手に力を入れた。
「少しね。でも、嫌われているとも思っていた」
「どうして」
「不甲斐のないところばかり、見せているから」
「そんなこと・・・・・・」
サララはそんなことない、と言いかけたが言葉が止まった。そういえば、わたしはニニンドの かっこいいところは見ていない気がする。それなのに、なぜ好きなのだろうか。容姿?その雰囲気?そんなことで好きになっているとしたら、安っぽすぎないだろうか。
そして、このわたしも、 自分のよいところを全然見せてはいないのではないだろうか。ニニンドはわたしの何を知っているのだろうか。 サララは突然、不安になった。不安になる時ではないのに。
わたしはなぜニニンドが好きなのだろうか、とサララがまた自問する。これまで、何度も諦めようとしてきたけれど、好きなことは何より確か。答えが必要でない「なぜ」だってあるはず。そう、ただ好きというだけで、充分。そう思うことにしたい。
「ニニの心が見えればいいのにと思っていた」
「同じだよ」
「ニニにも、不安なんてあるの?」
ニニンドが立ち止まって、よいしょとサララを背負い直した。
「不安ばかりだよ」
「でも、人の心は見えないのは、いいことなのかもしれない」
「なぜ」
「世の中の、みんなの心が見えたら、大変なことだと思う。たとえば、ニニのことを好きな人はたくさんいるから、その人達の心がいちいち見えていたら、どうする? ニニの心の誰かが見えたら、うろたえちゃうだろうし」
「変なこと、考えるなよ。いないから、そんな人」
砂丘の上について砂に降りた時、「ここに来てみたかったの」とサララがわーっと空に両手を広げた。
「いつも見ている砂漠なのに、ここはこんな風景なんだ。砂を歩くのは難しいから、わたしには遠かった」
「これからは、見たい時にはいつでも頼んで。ここ、空けて待っているから」
ニニンドが自分の背中を指さした。
「ニニ、ありがとう。大好き」
サララも魔法の言葉を言ってみた。 大好き、そう声に出して言えた自分に、サララは驚いていた。言ってみると、思っていたより簡単で、気分がよくて、何度も言えそうだった。世の中の恋人は、こんなふうに愛を叫ぶのだ。
「サララ、大好きだよ」
そう言ってくれるニニンドの笑顔はなんてすてきなんだろう。
わたしは今、どんな顔をして笑っているのだろうかとサララは思う。
「ニニが芸人か山賊ならよかったのにと思っていた」
「どうして」
「王子と付き合うのは荷が重いから」
「私も、そう思っていた。でも、そうでなくても、このままでもやっていけるだろ」
うん、そうだね、やっていけるねとサララが頷いた。
ふたりは砂丘の上に座った。砂ばかりの世界。 大きなお椀のようになめからな砂の窪み、日の当たっているその二つの窪みの間に、陰になって いる場所があり、そこは蛇が這ったようなぎざぎざ模様になっていた。空はどこまでも、薄い水色 で、煙のような白い雲が漂っていた。 ニニンドがサララの肩を引き寄せ、サララがニニンドの肩に頭を乗せた。
サララは砂の中に手を入れてみた。砂の上は冷たいけれど、中は暖かい。今日の昼間、暑かったということだ。夏には、砂が触れないほど熱くなるけれど、中は冷たい。砂漠の人間なら、誰でも 知っている。そういうことを、ニニンドは知らない。でも、それは重要なことではないし、自分が 知らないたくさんのことをニニンドが知っている。そんな知らない何かをひとつでも知った日は、 幸せな日だと思うことにしよう。
そして、そういう日をたくさん積み重ねていきたいとサララは思った。 わたしの心には愛がたくさんある。それを誰かに投げてみたいといつも思っていた。でも、それ が誰なのか、わからなかった。でも、今はわかった。いいえ、初めからわかっていた。ただ。認め たくなかっただけ。愛したい人がニニンドだとわかっても、叶うはずがなかったから。
ニニンド、あなたが今、わたしを大好きなことに嘘はないことはわかる。でも先のことはわからない。わたしには特別な魅力はないのだから、あなたの熱が冷めてしまうことはあるかもしれない。わたしは弱気なのではない。ただ暑い夏が永遠ではないことを知っているだけだ。 でも、わたしは今を生きる。
ニニンド、あなたと行けるところまで、行ってみよう。




