第一話 始めまして
中学三年の頃、俺の目の前で自殺した俺の両親。
近くに身内が住んでいるわけでもなく、人付き合いの悪かった両親のため、残された俺はとある家に引き取られることになった。
別に何処の家だろうと構わなかったけど、俺はどうやらとんでもない家に引き取られてしまった。
「あらぁ、あなたが三鷹颯真君?随分と大きいのねぇ。」
俺の名前は三鷹颯真。16歳。身長は高校に上がって180センチに突入。
健全な高校生男子である。
「これからお世話になります。美代さん。」
「よろしくねぇ、颯真君。」
随分とゆっくりな喋りかただな。第一印象は、何処にでもいる普通の人。
母さんとは全く違う印象だ。
鷹野美代さん。41歳。子供はいないらしい。
「部屋は二階の一番奥を使ってね。好きに模様替えしていいからわよ。」
それだけ言って、美代さんは階段を指差した。
「ご飯作るから、それまで部屋を片づけておいてねぇ。」
そう言って自分はさっさと台所に向かい、皿を洗い始めた。
俺は素直に荷物を持って二階に行き、一番奥の部屋のドアを開けた。
「すっげー・・・。」
思わず出る感心の声。
部屋は今まで使われていなかったとは思えないほどきれいに片付いていた。
逆に俺が使ったら余計に汚くなんじゃないかと思うほど。
今日から俺はこの家で暮らすんだ。
だからだろうか、そんな実感が湧いてきてすごくワクワクしている自分がいる。
一緒に暮らす人も、ご近所さんも、学校もクラスメートも全部変わるんだっ!
「ふん、ふふんっ、ふふんっ」
鼻歌なんか歌いながら、荷物の整理に取り掛かろうとした時だった。
「逃げんじゃねぇよ糞あまぁ!!!」
びくっとするくらい近くで不良の声が聞こえた。
あまり不良に関わってこなかった俺は、どうやら不良に苦手意識を持っているらしい。
「うっさいわね!腕使えないくせに来れるもんなら来てみなさいよ糞ったれ!!」
そしてなぜか、俺の部屋についている窓が勢いよく開けられたのだ。
「え・・・?」
「あ。」
窓から人が飛び込んできた。しかもなんだ。金髪だし着ている制服は泥だらけだし口は悪いし。
「あんたこの家の人?ちょっと匿ってくんない。」
「不法侵入。」
「うっさいわね!匿えって言ってんだろ!?」
キレた。
なんだこの単細胞女は。
無言で女を見る。普段の俺なら睨みつけて部屋から叩き出したいところだが、相手は不良だし、女だ。
「誰に追われてたの?」
しばらくしてから俺が尋ねると、女は無表情のまま答えてくれた。
「兄貴のダチ。あいつさぁ、兄貴の彼女を無理矢理犯したのよ。それであたしはプッツンときたわけ。」
「・・・それで、男に何したの?」
「腕の骨折ってきてやった!!したら追いかけられてさ。こういう状況になっちゃった。」
よく平気でそんな事ができるなぁ。
俺ならまずそんな事にならないよう女を守るっていう思考になるけどね。
「匿ってくれてあんがと。あんた名前は?」
答えるべきだろうか。
「三鷹颯真。楓に真って書いて颯真。」
「あたし富竹かんな。よろしく、颯真」
いきなり呼び捨てかい。
そんな風に思いながら、俺はかんなをまじまじと見た。
「随分と泥だらけだね。」
「殴られた時に倒れちゃったから。」
「殴られたの!?」
かんなは、当たり前のように言った。
「まぁ、私も殴り返したけどね。あたしはあんたみたいにお利口さんじゃないから。」
そう言って、靴を脱いで窓辺から部屋の中に入ってくるかんな。
今までは距離をとって話していたが、近づいてくるとこっちが困る。
いつ殴りかかるかわからないし。
「なぁに見てんのよ。」
「なっ、何でもない。」
よくよく見れば、かんなはとても美人なのかもしれない。
金色の髪は動く度にキラキラして綺麗だし、顔立ちもいい。スタイルだってモデルみたいだ。
何より、今まで男子校にいた俺にとっては女という生き物はすごく新鮮だった。
そのせいか、一気に女子のイメージが転落していく。
女って、女ってこんな怖い生き物だったか?
「楓真、あんたいつここに引越してきたの?」
「今日だけど。」
「今までね、あたしは喧嘩があったらこの部屋に逃げ込んできたわけ。だからさ、急に来るなって言われても無理だから。また来るよっ!」
そう言って、スカートをひるがえして窓から飛び降りていくかんな。
「お、おい!また来るってどういう意味・・・!?」
「その通りよぉー!」
庭に着地したかんなは、俺に手を振ると塀を飛び越えて路地に消えていった。
俺はただ見ているだけだった。止めようともしない、行けとも言わない。
「なんだあいつ。」
首を傾げて、窓辺に肘を置いて目で跡を追いかける。
「変な奴・・・。」
窓辺から離れて、いったん自分の部屋から出る。
階段を降りて、リビングに出る。
さっきまで閉じられていた、大きい吹き抜け式の窓が開けられ、随分と涼しい。
外は猛暑。30度くらいはある。
でも、この家の温度はそれを感じさせないくらい心地良かった。
「美代さん・・・?」
辺りを見渡す。
「なぁに?楓真くん。」
驚いた。庭に座って本を読んでいる。
「どうしたの?」
「いえ。ただ・・・ちょっと出掛けてきます。」
「はぁーい。」
それだけ言って、美代さんは本に視線を戻した。
(・・・一瞬、誰かと思った。)
スニーカーに足を突っ込み、玄関のドアを開ける。
「あっつ・・・。」
外の気温は30度を越えていたのだった。
さっきの不良少女、富竹かんなが去って行ったほうを見る。
「こんな路地裏に一人で入ってって。絡まれんのは当たり前だろう。」
思わず呟く。
これからどうする。新しく通う学校でも偵察しにいくか。
「あれ・・・?」
おかしかった。この学校、今授業中のはずだけど人気が全くない。
休みなのか・・・。それとも廃校したのか。
「あれ?颯真じゃん。何やってるの?」
はいぃ?声がするほうに振り返ると、そこにはあの不良少女、富竹かんながいた。
「お前・・・学校は?」
「サボリ。だってあんなところいたって退屈じゃーん。」
かんなは当然のように後ろで手を組みながら学校を眺めている。
「そんなにつまんないのか?」
「つまんない。ほかの奴はすっげー馬鹿だし。喧嘩も弱ぇし、女の裸の事ばっかり考えてるし。」
「つまり変態ってわけ。」
「そうなのよ!だから私は強くなったの!あんな馬鹿共に負けないように合気道とか習ってね!」
思わず吹き出しそうになった。
こいつ、おもしろいっ!
「だから、あたしはまだあんたのこと信じきってるわけじゃないからね!」
「はいはい・・・。じゃあ俺は家に戻るよ。富竹は学校に戻んな。」
「へーへー。」
さっきみたいに手を振って、さっきみたいにスカートを翻して彼女は学校の中に入っていった。
それを確認すると、俺は家に戻った。
家に着くと、美代さんがまだ庭で本を読んでいる。
「ただいま、美代さん。」
「お帰りなさい。学校はどうだった?」
「え・・・。」
そう質問をすると、美代さんは目をつぶって椅子に寄りかかった。
「どうだった?」
「静かでした。」
そう言うと、美代さんは口の端を吊り上げた。
「えっ・・・でも何で学校に行ったって解ったんですか?」
「何でかしらね・・・。」
悪戯っぽい笑みを湛えながら、そのまま美代さんは眠りについた。