異常な犯行
強盗の片棒を担ごうとしている飯田正美は出水同様に問題のある家庭環境で育ったとはいえ、前年の1993年まで昼は紡績工場で働きながら保育士を目指して夜間の短大に通うなどまっとうな生き方をしていた。
だが、出水というゴミ男と出会ってから人生が変わってしまったようだ。
流されるままに窃盗を繰り返しながら、一緒に各地を転々とする生活を送るようになったのである。
出水が真面目に働かずに悪さばかりすることに嫌気がさして別れようとしたこともあったが、結局よりを戻した。
互いに魅かれ合うものがあったので、このクズ男と一緒に行動し続けたのである。
優柔不断で自己主張ができない弱い性格だったとも考えられるが、ここまで出水に付き従って協力している以上、共犯者というそしりは免れ得ないであろう。
犯行は飯田が203号室のチャイムを鳴らし、中の松本を呼び出すことから始まった。
「隣の部屋の者ですが、ちょっと換気扇の調子がおかしいんですけど、見ていただけませんか?」
夜中にもかかわらず対応した松本は困った顔した飯田にそう言われて、何の疑いもなく205号室に向かってしまった。
隣に住んでいるのは名尾という男子大学生であることは松本にも分かっていたはずだが、前述のとおり昨年7月に出水と飯田が名尾宅を訪れた際に顔を合わせており、特に話をした仲ではなくてもお互いに顔を知っていたのだ。
だから名尾の部屋に飯田がいても、以前に見た顔だから知り合いが来ているのだと判断したようである。
だが、もし松本が名尾とよく口をきく仲だったら、彼が出水から脅されていたことや、隣の部屋で起きている異常事態に気づいて警戒したかもしれない。
隣の部屋の中では出水が台所にあった果物ナイフを持って控え、そうとは知らずに入ってくるターゲットを待ち構える。
出水は威勢がいい男ではあったが、暴力を専門とする武闘派の悪党ではなかったからかなり緊張していたらしい。
やがて、松本が部屋に入って来るや、じっとりと汗ばんだ手で握るナイフを突きつけて上ずった声と引きつった顔で、松本を脅した。
「オラ!大人なしゅうせいや!殺てもうたろか!おおん!?」
一方の松本もスポーツマンとはいえ荒事には慣れておらず、元々品のない顔を余計ひきつらせて、刃物片手にわめく出水を前にして声を失う。
その間に、飯田は松本の後ろに回り込み、部屋にあったビニールひもで後ろ手に縛りあげた。
完全にターゲットの制圧に成功した出水と飯田は、縛られた松本を彼の部屋である203号室に引っ立て、そこで足も縛った。
完全に身動きできず恐怖に震える松本は、飯田にナイフを突きつけられ、出水は部屋内を物色して金品を探る。
その一方で出水は部屋内でタバコを吸ったりテレビゲームをしたりもしていたので、松本にとって生きた心地がしない時間はかなり長かったはずだ。
やがて、航空大学校合格を祝って東京在住の母方の伯母がくれたお祝い金5万円の他に、現金3000円とキャッシュカードが見つかって出水に奪われ、暗証番号も吐かされた。
それでも満足できない出水は「もうないんか?殺てまうぞ!」と、さらに金品を要求。
また、「殺す」というチンピラらしい脅し文句も何度か使っているうちに、本当にやる気になってきたとみられる。
これまでの行動から考えて、こいつは行き当たりばったりな性格であったはずだから、感情のおもむくままに犯罪行為をエスカレートさせる傾向があったとみて間違いないだろう。
「金ないんやったらもう用なしや。どっちみち殺るつもりやったけどな」
「ツレに貸した金と、あとあと、サラ金からも借りてくるから!」
「たった5万円で殺さないでくれよ!」
「黙ってるから!警察には絶対言わないからさ!」
恐怖を存分に感じ続けていた松本は出水の雰囲気から自分を今にも殺そうとしていることに気づき、泣いて命乞いをした。
難関の航空大学校に受かって、これからパイロットへの道が開けようとしているのに、死ぬなんて絶対にごめんだ。
だが、この必死の懇願は出水のような社会のゴミには逆効果であったようで、加虐の炎を余計にたぎらせる結果となる。
「死ぬ前に気持ちええことさせたるわ。冥途の土産にせい」
いたぶるようにそう言い放つや「正美、コイツにまたがってイカしたれや」と、飯田に松本と性交するように命じたのだ。
「いや!絶対にいや!!」
飯田は当然拒んだが、結局いつもどおり強引な出水の言いなりになる。
服を脱いで縛られたままの松本の下半身からズボンとパンツをおろしてまたがり、性交を始めたのだ。
飯田は20歳とはいえ性的魅力に乏しい小汚い女だったが、23歳の男の体は正直であった。
松本は気持ちよさそうな顔をするようになり、飯田も反応して体をのけぞらせる。
これを見ていた出水は、だんだん腹が立ってきた。
命じたこととはいえ、自分の女が他の男とヤッて感じているのを実際見ていると面白くないのだ。
「もうええわ!やめいや!!」
飯田を松本から引き離すと代わりに自分が飯田の中に入って絶頂に達し、行為を強制終了させた。
「さて、もうそろそろ死ねや!」
自分がさせたとはいえ、自分の女とヤッた奴なら、何のためらいもなく殺せる。
この異常な3Pの狙いは、そこだったのではないだろうか?
しかし、いざ殺そうとした時に手足を縛っていたビニールひもが緩んで手足が若干動くようになっていた松本が、窓側に転がって立ち上がり、外に向かって大声で叫んだ。
「あああああ!!殺されるうううう!!」
この大声は近所の住民にも聞こえていたことが、後に分かっているが、間に合わなかった。
直後に出水に羽交い絞めにされて、刃物で背中を刺されたからだ。
飯田は前から腹を刺し、二人は胸、頭、首を刺し、切る。
血だらけになって崩れ落ちた松本は、さらに首に電気コードを巻き付けられ、とどめとばかりにしめ続けられて絶命した。
夢の実現に手が届くところで、しかも23年という短い生涯を絶たれる無念はいかほどのものであろうか。
松本が出水と飯田に向けた最後の言葉は「恨んでやる…」だったという。
何の落ち度もない有為な青年を殺した出水と飯田は205号室に戻って、返り血を浴びた衣類や血を拭いたタオルなどを放置し、無神経にも16日の早朝まで寝た後マンションから姿を消した。